第6話 屋根の下のダチ公
夜明け前に目が覚めた。
理由は簡単だ。狭い。
「……おい」
翔吾は身動きが取れなかった。
左にゴブリン。右にもゴブリン。足元にもゴブリン。
グロウガを筆頭に、五十匹近いゴブリンがボロ屋敷に詰め込まれている。
「兄貴、苦しい」
ゴブタが潰れた声を出した。
「俺もだ」
翔吾は天井を見上げた。
これはマズい。根本的にマズい。
外に出ると、グロウガが立っていた。
巨体が朝焼けを背に、静かにこちらを見ている。
「ヘッド。話がある」
「ああ」
「このままじゃ、部下たちが参っちまう」
グロウガの声には、珍しく切迫したものがあった。
誇り高い戦士が、頭を下げている。
「俺に何かできることはねぇか」
翔吾は腕を組んだ。
「お前、力仕事は得意か」
「ゴブリンキングを舐めるな。力なら誰にも負けねぇ」
「なら手伝え。家を建てる」
グロウガの目が見開かれた。
「家……だと?」
「ああ。全員が寝られる、でっけぇやつをな」
その時、空中に文字が浮かんだ。
『【果たし状】が届きました』
『差出人:【炉の女神ヘスティア】』
「ヘスティア?」
ナビ子が眼鏡を押し上げた。
「家庭と炉を司る女神ですね。建築にも関係があります」
『内容:家を建てるのね。手伝ってあげる』
『条件:全員が入れる住居を完成させなさい』
『報酬:炉の加護、建築知識』
翔吾の頬が緩んだ。
「渡りに船じゃねぇか」
「やけに女神に好かれますね、翔吾さん」
「知らねぇよ。俺は俺のやりてぇことをやってるだけだ」
『【炉の女神ヘスティア】: あら、照れなくていいのよ』
『【深淵の暇人】: モテ期きてんなw』
翔吾は廃材置き場に向かった。
「グロウガ、お前の部下を集めろ」
「了解だ、ヘッド」
グロウガが指示を出すと、五十匹のゴブリンが動き始めた。
木材を運ぶ者。石を集める者。穴を掘る者。
統率が取れている。さすが元王だ。
翔吾は廃材の山に手を当てた。
「いくぞ」
構造が見える。組み合わせ方が浮かぶ。
ガシャン。ギュイン。バチバチ。
火花が散り、木と金属が融合していく。
柱が太くなり、梁が強化される。
壁材が連結し、一枚の大きな板になる。
「完成だ」
翔吾の手には、巨大な建材セットがあった。
「【爆轟キング・組み立て式バラック】」
「相変わらずのネーミングですね」
『【鍛冶神ヘパイストス】: バラックか。悪くないな』
『【炉の女神ヘスティア】: 派手ね。でも、温かみがあるわ』
「お前ら、組み立てろ」
翔吾が指示を出す。ゴブリンたちが動く。
柱を立て、梁を渡し、壁を張る。
グロウガが自ら柱を支えていた。
汗が額を流れる。巨体が震える。
「ヘッド」
「なんだ」
「……なんで、ここまでしてくれる」
翔吾の手が止まった。
「あぁ?」
「俺たちはゴブリンだ。どこへ行っても嫌われる。追われる。殺される」
グロウガの声が、わずかに震えた。
「なのに、お前は俺たちに飯を食わせて、今度は家まで建てる」
「お前、何言ってんだ」
翔吾はグロウガの目を真っ直ぐ見た。
「お前らは俺の舎弟だろうが。家族だろうが」
グロウガの目が見開かれた。
「家族に屋根がねぇとか、そんなの許せるわけねぇだろ」
静寂が落ちた。
ゴブリンたちが手を止めて、翔吾を見ている。
グロウガの喉が動いた。
拳が、かすかに震えている。
「……ヘッド」
「なんだ」
「俺は、お前についてきてよかった」
翔吾は鼻を鳴らした。
「当たり前だ。さっさと手ぇ動かせ」
「おう」
グロウガの声から、硬さが消えていた。
夕方。
巨大なバラックが完成した。
電飾はないが、頑丈な造りだ。
五十匹のゴブリンが余裕で入れる広さがある。
『果たし状:達成』
『【炉の女神ヘスティア】: よくやったわ。これが約束の報酬よ』
翔吾の頭に、知識が流れ込んだ。
基礎の打ち方。断熱の方法。煙突の設計。
そしてバラックの中央に、小さな炉が現れた。
「火か」
「炉の加護です。この火は消えません」
ゴブリンたちが、恐る恐る炉を囲んだ。
温かい。安心する。ここは、自分たちの場所だ。
その光景を見て、翔吾は口元を緩めた。
「ナビ子」
「はい」
「次は何だ」
ナビ子が眼鏡を光らせた。
「そろそろ、この次元の外に目を向けてもいい頃かもしれませんね」
翔吾は東の空を見た。
どこかで、次元駆動炉が静かに眠っている。
「……次元集会、か」
炉の火が、ゆらりと揺れた。
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