第2話ー葛飾智という男
「葛飾君!課題写させてほしい!」
私は、毎朝のように同じ言葉を彼に投げかけている。
それはもう挨拶みたいなもので、今さら何かを感じることもなかった。
……はずだった。
その日、葛飾君は一瞬だけ言葉に詰まった。
ほんの一瞬。でも、私は見逃さなかった。
「……いいよ」
そう言って笑った彼は、どこか上の空だった。
理由は分からない。
ただ、私の中で小さな違和感が生まれた。
その日からだ。
葛飾君の様子が、全体的におかしくなったのは。
放課後になると、必ず教室に残っている。
誰かと話しているわけでもないのに。
——私のせい?
そう思うと、胸の奥が少しだけ熱くなった。
確かめたくなった。
だから私は、放課後、ロッカーの中に身を隠した。
彼を、近くで見るために。
葛飾の席はロッカーのすぐ前だった。携帯の画面も全部見える。私にとって、都合が良すぎた。
みなが教室から出ていなくなった隙に、私はロッカーに入った。
——数分後、葛飾君が独りで戻ってきた
葛飾君が席に座りLINEを開く。
…………は?
確かに見えた。私はこの目でしっかり見た。逃げ場のない現実をこの瞼に確かに焼き付けた。
葛飾君が平井指音という女と連絡を取っていた。
私は咄嗟にロッカーから飛び出てしまった。
——しまった。
葛飾君は時間が止まったように目をこちらにだけ縫い留められていた。
「え? 柊? お前そんなとこ隠れて何してんだよ」
言葉が、出なかった。
私と葛飾君は、その場で硬直したまま動けずにいた。
時間だけが、やけにゆっくりと過ぎていく。
耐えきれなくなって、私は視線を逸らし、その場をそそくさと離れた。
背中に、彼の視線が突き刺さっている気がして、足が速くなる。
——葛飾君。
——あの女、誰。
——バイトの人?
——まあ……連絡くらいは、取るよね。
——私が、過剰なだけか。
何度もそう言い聞かせて、その日はやり過ごした。
それからというもの、
「課題写させて」
その一言が、どうしても言えなくなった。
目が合いそうになると逸らしてしまう。
声をかけるタイミングを、無意識に避けている。
気まずい日々が、静かに続いていた。
解明square square君 @January2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。解明squareの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます