その2 生きる意味が分からないまま、修行は続いた

 それからのロックは、クリフのもとで霊能者としての力を鍛えられる日々を送った。


 ひたすら神の祈りの呪文を唱えながら重圧のある滝に打たれたり、ある時は瞑想したり……。


 修行は容赦なく、ロックの心を何度も砕いた。

 

 滝行は骨の芯まで冷え、祈りは過去の傷を抉り、瞑想は絶望をさらけ出すだけだった。


 ――生きてしまった。後には何もない。何をしても意味がない。絶望しかない……!

 その感覚は簡単に剥がれず、朝が来るたびに胸に湧きあがった。

 

 それでも修行をやめなかった理由は、自分でも説明できなかった。

 ただ、終わらせたいと思うほどの苦しさの中でも、なぜか足は前へ出た。

 

 そこには、クリフがいた。

 軽薄で、変態チックで、失礼で、飄々としていて――

 

 だが、ロックのことになると、妙に粘り強い。

 失敗すれば鼻で笑うような顔をするくせに、成功するまで絶対に見放さない。

 「できねぇなら、できるまでやりゃいい。できなくていい理由を探す暇があるなら、できるまで続けろ」

 乱暴で、優しくなくて、慰めにもならない言葉なのに、どこか暖かな気がした。

 

 ある日の滝行でロックの膝が折れた。

 冷たい激流に飲まれ、そのまま意識が途切れかけた瞬間、背中を引き上げる荒々しい手があった。

 「死ぬな。ここで終わったら、お前の人生が“誰のための人生だったか”分からねぇままだ」

 その言葉に、ロックは意味を見出せなかった。


 だが――

 クリフの顔は笑っていなくて、冗談も浮かべていなくて、ただ必死だった。

 その目に「理由の説明できない焦り」のようなものが宿っていた。

 まるで、ロックが生き続けなければ困るのは、この世界でも依頼者でも神でもなく――

 クリフ自身であるかのように。

 

 その意味を考える余裕は、まだロックにはなかった。

 けれど胸の奥のどこかが、一瞬だけ痛んだ。

 その痛みは不快ではなかったが、理由が分からない痛みほど厄介なものはない。

 

 その日からも、相変わらず心は沈んだ。

 また絶望に落ち、翌日には少し浮かび、また沈む。

 上がっては落ち、落ちては上がり――

 もがき続けた日々の中で、いつしか浮かぶ回数の方が僅かに増えていった。

 

 瞑想の闇の奥にひびが走り、その翌日にはまた暗闇に戻った。

 だがさらに翌日、ひびから光が差し込んだ。

 その光は弱く、頼りなく、すぐに消えそうだった。

 それでも、灰色一色の世界に確かにひとつの色だった。

 

 ロックはまだ強くない。救われたわけでもない。

 絶望は完全には消えず、心は何度も揺れ戻る。

 

それでも――

 「生きることに意味なんてない」という呪いの言葉が、

 いつしか「それでも生きたいのかもしれない」にゆっくり形を変え始めていた。

 

 クリフは何も言わなかった。

 ただ、ロックが立ち上がるたび、隣でにっと笑った。

 その笑みが何を意味しているのか――

 この時のロックはまだ気づかなかった。


 そしてロックには現在、もう一人、旅の仲間がいる。


 長い銀髪に真っ赤な瞳を持つ、美しい少女――エレーヌ。16歳。

 強力な魔術の才能を持ちながら、その孤独と絶望に押しつぶされかけ、自ら命を絶とうとしていたところを、ロックが必死に説得して救った相手でもあった。


「心優しいあなたを必要としてくれる人は、世の中にたくさんいますよ。生きましょう」


 あの時、自分でも驚くほど素直にそう言えた。

 あの言葉に、エレーヌが震えながら縋りついてきた感触を、ロックは今でも忘れられない。


 それから3人は、霊障に悩む人々からの依頼を受けては、各地を回る日々を送っていた。」


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2025年12月28日 22:00

津波に呑まれた僕は、異世界で霊能者として生かされる 如月 架叶 @amaterasuindevil

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