雨の妖精【短編小説】

くす太【短編小説作ってます】

雨の妖精

公園の休憩所で雨宿りをしていると、見知らぬ女の子が声をかけてきた。


「初めまして!ボクは雨の妖精。キミはここで何をしてるの?」


少女はきれいな黒い髪に空色のワンピースを着ていたが、全身雨でびしょびしょだった。髪や服の端から、ぽたぽたと雫が垂れ落ちている。

ふいに話しかけられ少し戸惑いつつ、僕は答える。

「何って……雨宿りだけど。」

「雨宿りか!そうだね……この公園だと、この休憩所くらいしかないもんね。」

話しながら少女は僕の隣に座った。彼女も雨宿りに来たのだろうか?

少女はずぶ濡れなのに、ニコニコとご機嫌な様子だった。

年は同じくらいに見えるけど、下校時間なのにランドセルを背負っていない。

ひょっとするともっと年下なのかも?


「ふふ、今日の雨はいい雨だね!」

彼女はこっちに向き直り話しかけてきた。

勢いよく振り向いたので、ぴしゃっと水滴が飛んできた。

「雨、好きなの?」

「うん、大好き!今日の雨は特に好きかも!」

「そうなんだ……雨が好きなんて、変わってるね。」

「え、そうかな?ふふん、まぁボクは……雨の妖精だからね!」

どやっと胸を張って答える少女。雨の妖精、か。やっぱりどこか変わってる子だ。

「ね……さっきもそれ言ってたけど、雨の妖精って何?何かの遊び?」

「遊びじゃないよ、ボクのコト!ボクは雨の妖精なんだ!雨の日にしか現れない……不思議な不思議な妖精なのっ!」

顔を真っ赤にしながら説明する少女。すごい必死だ。

きっとそういう設定で遊んでいるんだろうな、と現実的に捉える。


「ふーん、そう。どうりで不思議な子だと思った。」

「あ、何だよその目!やる気ない受け答え!キミ、信じてないだろ!」

「そ、そんなことないよ。」

「ん~、どうだか。……あは!ま、どっちでもいいけど~。」

じとっとこっちを睨んだかと思ったら、急に笑顔になる。コロコロ表情の変わる子だ。

「キミは……雨は好きじゃないの?」

「うん。僕は雨、嫌い。」

ざぁざぁと降り続ける雨を眺めながら答える。

体はほとんど濡れていないのに、この音を聞いているだけでぶるっと体が震えてしまう。


僕の答えを聞いた雨の妖精はがっくりと肩を落とした。悲しそうに息を漏らす。

「そっかー……雨、嫌いかぁ。ボクは大好きなんだけどなぁ。」

「……普通、嫌いなんじゃないの?雨好きな人の方が少ないと思う。」

「えー、そんなことないよ!キミは雨の何が嫌いなの?」

「うーん……全部かな。ずぶぬれになるのも気持ち悪いし、雨水は冷たいし、じめじめヘンな匂いするし。キミだってびしょびしょに濡れてて寒いでしょ?」

少女はびしょ濡れなのに体を拭こうとしない。

タオルを持っていないのかもしれないが、ずっとそのままだと風邪をひいてしまいそうで少し心配になる。

「ううん、ボクは平気だよ!雨の妖精はね、濡れてたほうが元気がでるくらいなんだ!まぁ普通の人だと寒いかもね~?」

明るく答える雨の妖精。

余裕のある振る舞いは単に強がっているようには見えなかった。

「まぁ、寒くないならいいんだけど。」

「えへへ……心配してくれたの?ありがとうね!キミは優しいんだねぇ!」

少女は嬉しそうにほほ笑んでいた。なんだかこっちの調子が狂ってしまう。


「ね、少しだけ聞いてくれる?」

彼女は急に真面目な顔をした。一言一言、丁寧に話しだす。

「雨ってさ……悪いことだけじゃないんだよ?」

じんわりと、彼女の声は耳に染み込んでくる。

「キミが知ってるのは……雨の全部じゃない。

雨には、もっと素敵なところがあるんだ。」


潤んだ瞳でこちらを見つめる。吸い込まれそうな瞳は、深い水たまりのようだった。


「……ね!ほら目をつむってみて!」

「え……なんで?」

「いいから、ほら!目をつむって!」

「しょうがないな……ん。」

言われるまま目をつむる。

「よしよし……ふふ。そうやって目をつむってると、雨の音がよく聞こえるでしょ?」

確かにこうしていると、ざぁざぁ振る雨の音しか聞こえない。

「うん……雨の音はよく聞こえる、けど。雨の音くらい、目を開けてても聞こえるよ。」

「ふふ!もっとちゃんと、聞いてみて。そしたら色々聞こえるはずだから!」

「えぇ?」

もっとちゃんと?彼女が何を言ってるかよくわからなかったけど、もう少しだけ雨の音に耳を澄ませる。


雨が降り注ぐ音。

たんたん、ざぷん。ざー。

……じっと聞いていると、彼女の言っていたことがわかってきた。

規則的なようで、不規則な音も混じっている。


「……わかってくれたかな?雨の音には色んな音が混じってるんだよ。

雨粒が建物を叩く音とか、葉っぱに当たる音。

水たまりにちゃぽっと垂れる音。

雨が小さな流れを作って流れる音もある。

どの音も、ちょっとずつ違う。色んな音が混じってるの!」

楽しそうな声色で彼女は語る。彼女の声も雨音に混ざって、溶け合っていく。


「その時いる場所だったり、雨の降り方だったりでこの音も全然違うんだ!

一つだって同じ雨音はないの。

つまり……雨はいろんな場所でまったく違う音楽を奏でてる!

そう考えたらさ……なんだかわくわくしちゃうでしょ?」


ゆっくりと目を開ける。幸せそうに微笑むの少女の顔が、そこにあった。


「ん……まぁ、わからなくもない、かな。」

「ほんと!?やった、雨の魅力伝わったんだ!」


ぱちっとはじけるような笑顔になる少女。

濡れた髪がふわっと揺れ、雨の匂いが鼻をつく。

苦手な匂いのはずだったのに、不思議と嫌な気持ちにならなかった。


「もちろん、音だけじゃないよ!

雨に濡れた道路は違った色になって綺麗だし、雨に濡れた木の匂いだってみんな違う。キミは雨に嫌いなところがあるかもだけど……その日の雨は、その時にしか感じられないんだ。」

ようやく理解した。雨の妖精にとって……雨の日のすべてが、特別な宝物なんだ。

「その日の雨を感じるのがボクは好き!だからキミにも……その日の雨を感じてほしい!」

「うん。もう少し……この雨を、感じてみるよ。」

「えへへっ!うんっ、い~っぱい感じてね!」


僕はゆっくり目を閉じる。雨の音と……隣に感じるかすかな温度。この瞬間は今しか感じられない。

「……ごめんね。雨の妖精さん。」

「え、どうしたの?なんで謝るの?」

「キミの大事なものを嫌いって言っちゃったから。よく知りもしないのに……」

「ふふ、いいんだよ!キミはボクの大事なモノをわかってくれたしっ!」


ざぁざぁと強かった雨脚が弱まり、音が少しずつまばらになっていく。

雨が刻む音は、一定の形をとらず、変わり続ける。


「ふふっ。今日の雨は、特別だね!この雨に感謝しないとだ!」

「え、雨に?なんで感謝するの?」

「ほら、こうして雨が降ってなかったらさ……キミと出会えなかったもん。

キミと出会えた今日の雨を感じることはできなかったんだ!」


雨がぽつぽつと間隔をあけていく。

たん、たんと、胸の奥で鼓動が跳ねた。

不規則になった雨粒のように、僕の心臓の音も雨音に混ざって聞こえてきた。


「キミに会えて、よかった!」

「ん……そう。……僕も、楽しかったよ。」

「えへっ!それじゃあ……これからも雨のこと、いっぱい感じてね!」


そう彼女が言うと、ぽつぽつと振っていた雨が止んだ。

目を開けると、彼女はそこにいなかった。隣の席に濡れた跡だけ残っている。

僕は彼女を探そうと辺りを見回したが、どこにも人の気配はない。

雨に濡れてたたずむ公園がそこにあるだけだった。

妖精は雨上がりとともに、どこかに消えてしまった。


雨上がりの雲の間から日が差してきて、あたたかな虹を作っている。

水たまりには木々の雫がぽちゃんと落ち、不規則に波を広げる。

どれも雨が作ってくれた風景。

僕は黙って晴れた公園を眺めながら、ランドセルを背負った。

ぼんやりと、次の雨の日はいつだろうと考えていた。


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