3.おばさん(ゆうひ)/双子コーデ(あさひ)
・ゆうひ
わたしのクラスでは女の子のアイドルが流行っている。わたしも密かに好きだけれど、みんなわたしが女の子のアイドルを好きなことを知らない。
「ふへ、ふ、ふ、ふへ」自分の部屋で女の子のアイドルが歌って踊る動画を見ながらわたしは笑っている。「ふへ、ふへ、ふへ」かんわいい。わたしのなかのおばさんが気持ち悪く喋っている。「かんわいいわねぃ。ねぃ。ねぃ」気持ち悪いおばさんが喋っている。
「それっておばさんじゃなくて、ゆうひじゃん」
女の子のアイドルの動画に見入っているわたしを観察していたあさひちゃんが言った。
「え、おばさんじゃない? わたし? この気持ちわるぅいの、わたし? それにどうして、おばさんはわたしの心の中にしかいないのに、どうして」
あさひちゃんはひゃひゃひゃと笑った。「喋っちゃってんじゃん。ゆうひ、心の中の言葉、しゃべっちゃっているよ」
え、い、いや、そんなはずわゎゎ。「ふへ、ふへ、ふへ」
あさひちゃんは、わたしがあげたポテトチップスを平らげると、帰っていった。わたしは心の声が聞かれていたのが恥ずかしくて、太ももを搔きむしった。青筋の見える太ももに赤い痕が残った。
「もうアタマおかしいんじゃないのか!?」
心の中のおばさんがヒステリックに叫んでいる。
アァ、たしかに、だめかもしれない。
ほんとうに、だめかもしれない。オワっているかもしれない。
でも、そんなこと思いながらも、わたしはまだ女の子のアイドルの動画を見ている。ミュージックビデオを見ている。
わゎぁぁ、かわい。
女の子のアイドルの笑顔が救いになると、わたしは思っている。もうだめだと思いながら、もうだめだと自分に言い聞かせながら、ほんとうのところでは、アイドルで欲求を満たしている。だから完全にだめになっているわけではないし、ほんとうに苦しんでいるわけではない。
わたしは本当に憂鬱になれるほど恵まれていない。
「おわゎゎぁ」
今日はオナニーして眠る。
・あさひ
「あさひちゃんとゆうひちゃん、すごく似ているよね、顔とか髪型とか、もう双子みたいだよね」
お昼休みに教室でゆうひとお昼ご飯を食べていると、うすべにが来て、言った。あたしとゆうひは目を合わせた。
「似てるかな?」あたしが言うと、ゆうひも「え、似てるかな?」と言った。あは。おもしろい。
「アー、声も似てるなー。マジで双子みたい。ねえ、もっとなんか双子っぽいことしてよ」
「えぇ、なんかあるかなァ」
「あるかな……あ」ゆうひが何かを思いついた。
「なに?」
「あのぉ、ふ、双子、コーデ、とかどうかなあの同じ服着るやつ」
「おあー、いいじゃん。かわいいいいじゃん」ナイスアイディアじゃん。
あたしは身を乗り出して、向かいに座っているゆうひの頬っぺたにチュウした。
「おわゎゎゎ」ゆうひは目を白黒させた。
土曜日にゆうひと双子コーデして遊びに出かけた。
髪型はツインテールにして、アイスクリームの絵柄の書いてあるシャツを着て、空色のスカートを履いてみた。
「ふおぉ、かわいいじゃん」
うすべにがカメラを持って騒いでいる。
あたしはゆうひの格好を眺めた。
うすべにの言うみたいに、鏡で自分の姿を見ているみたい。背丈は同じだし(百六十五センチ)、顔も似ているし、ほくろの位置だって鏡写しになっている。
「こんなに似ているなんて珍しいよね」あたしはゆうひの目ン玉の中を覗き込みながら言った。ゆうひの瞳は真っ黒な穴で、何にも写っていない。
「あの、わたし、喋っていいの?」
「いいいに決まってんじゃん。逆になんで喋んないの」
「い、いやなんとなく」
「ほげぇ。ま、遊びに行こうぜいこうぜ」
ショッピングモールの吹き抜けのステージで、ピエロが錯乱していた。
「ムオー! ムオー! 喋りたい! 意味のある文章を、喋りたい! ワタクシ生まれてこのかたピエロなもんでして、無意味な言葉や動きしかインプットされていないのでゴザイマスが、そろそろ、ワタクシそろそろ三十七歳になりますので、そろそろ教養のある、意味と含蓄のある言語を発したいッ! ムオォ、ムオー」
ピエロの叫びに誰も応えることはなかった。でも、みんなピエロのことを見て笑っている。スマホで動画を撮っている。ピエロは道化だから、道化の叫びはそういう芸だと思われているから、ピエロが本当のことを言ってもすべて無意味だと思われてしまうのね。
「かわいそう。ね、ね、あさひちゃん。ちょっと、あのピエロの声聞こえないところにいきたいけど、いいかな。だめかな」
ゆうひは最近あたしの袖を引っ張ってなにかを訴えることが増えてきた。
「いーよ。もっと楽しいとこ行こ」
ピエロは誰も本気で相手してくれないことを悟ると、近くで動画を撮影していた男の人を捕まえて、殴り始めた。それでもだれも止めないで、ピエロの暴行(もうすぐ殺害になる)をそういう芸だと思って笑っている。
あたしはゆうひの手を引いて、吹き抜けから遠ざかった。
男の絶命音とピエロの悲鳴が背後から聞こえた。
ゆうひとあさひ @oeee
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