第12話(最終話) 画面越しに、君を溶かしてもいいですか

【ルカ=ノエル配信画面】

 同接:6,800人

 コメント:重大発表ってなに!?/新衣装?/まさか引退?/ドキドキする

 スーパーチャット:アカリより 10,000円 「ルカくん、どんな発表でも受け止めます! ずっと応援してます!」

 ルカ=ノエル(この上なく優しい声で):ありがとう、アカリ。……引退なんてしないよ。むしろ、これからもっと、君を夢中にさせるから。……覚悟しててね?


 ✎ܚ


 恋人になってからの日々は、ある意味で「地獄」だった。

 幸せすぎて死ぬという意味での地獄だ。


 大学では、周りから見れば相変わらず「氷の王子」と「隣の席の地味子」。

 でも、机の下では手が繋がれていたり。

 教科書の貸し借りをする時に、付箋に『今日の夕飯、パスタでいい?』なんて書いてあったり。

 極秘交際(スパイ活動)のようなスリルと、独占欲を満たされる快感。


 そして今夜。

 ルカくんは配信で「重大発表」をすると予告していた。

 私はいつも通り、自室のベッドで待機している。

 ……いや、いつもと違うことが一つだけある。


 ピロン。

 LINE通知。

『今、聞いてる?』

『うん、聞いてるよ』

『じゃあ、始めるね。……君のためだけに』


 配信とLINEの同時進行。

 これが、カノジョの特権。


『……みんな、集まってくれてありがとう』


 画面の中のルカくんが、真剣な表情(アバター)で切り出した。


『今日は、いつも応援してくれてるみんなに、そして……俺にとってたった一人の「最推し」に、歌を贈りたいと思います』


 コメント欄がザワつく。

『最推しって誰?』『私たちこと?』『特定の誰か?』

 ルカくんは、ふっと微笑んだ。


『……俺の人生を変えてくれた、大切な人です』


 イントロが流れる。

 ピアノの静かな旋律。

 これは、彼が自分で作詞作曲したという新曲だ。


『♪ 画面越しの君に 恋をしてた』

『♪ 届かない声だと 諦めてた』

『♪ 氷のように 閉ざした心を』

『♪ 君の熱が 溶かしてくれた』


 歌詞が、刺さる。

 これ、私たちのことだ。

 私が彼に片思いしていたように、彼もまた、画面の向こうの私を想ってくれていた。


『♪ アカリが灯るみたいに 世界が色づいて』

『♪ 0センチの距離で 君を愛したい』


「……っ!」


 歌詞の中に。

 さりげなく、でもはっきりと。

 私の名前が入っていた。

「灯り」と「アカリ」。ダブルミーニング。

 でも、私には分かる。

 これは、私への名前呼びだ。


 歌いながら、彼からLINEが来る。

『分かった?』

『分かった。……泣いちゃう』

『泣かないで。……いや、嬉し泣きならいいか』


 サビの盛り上がりと共に、画面の演出で光の粒が弾ける。

 ルカ=ノエル様の歌声が、感情の奔流となって押し寄せる。

 上手いとか、そういう次元じゃない。

 魂が、叫んでいる。

「愛してる」と。


 数千人のリスナーが「神曲」「泣いた」「エモい」と絶賛している。

 でも、この曲の「本当の意味」を知っているのは、世界で私一人だけ。

 優越感と、幸福感で、胸がいっぱいになる。


 曲が終わり、静寂が訪れる。


『……届いたかな』


 彼はやりきった声で呟いた。


『これが、俺の今の気持ちの全てです』

『これからも、ルカ=ノエルをよろしく。……そして』


 彼はそこで一度言葉を切り、マイクに向かって、とびきり甘い声で囁いた。


『……俺の隣にいる、君』

『画面越しじゃなくて……これからは、ずっとそばで、君を溶かしてもいいですか?』


 コメント欄は『キャー!』『誰に向けて!?』『私!?』と大混乱。

 私は、涙でぐしゃぐしゃになりながら、スマホに向かって頷いた。

「……いいよ。……いくらでも、溶かして」


 配信終了後。

 即座に電話がかかってきた。

『……もしもし』

「……ルカくん」

『……どうだった?』

「……最高。……世界一、幸せ」


 彼は電話の向こうで、照れくさそうに笑った。


『……よかった。……ねえ、今から行っていい?』

「え? 今から?」

『……歌ったら、会いたくなった。……直接、抱きしめて、熱、確かめたい』


 彼の声は、配信の時よりもずっと熱っぽくて。

 これから始まる長い夜を予感させて。


「……うん。待ってる」


 通話を切る。

 画面の中の「推し」は、もういない。

 これから来るのは、私だけの「恋人」。


 画面を越えて、声が、体温が、心が重なる。

 私は窓を開けて、夜風を吸い込んだ。

 彼が走ってくる足音が、聞こえた気がした。

 私の物語は、ハッピーエンドなんかじゃない。

 ここからが、一生解けない「魔法」の始まりなんだ。


「……おやすみ、ルカ=ノエル」

「……大好きだよ、月野ルカ」


 夜空に向かって呟いたその言葉は、星のようにキラキラと輝いて、私の胸の中に溶けていった。


【完】

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画面越しに、君を溶かしてもいいですか 月下花音 @hanakoailove

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