神話への挑戦状


台湾のマンモススタジアム。リハーサルの時間は、静まり返った空気の中で一変した。

重厚な足音と共に現れたのは、日本の音楽史にその名を刻むレジェンド、エターナルプリズムの二人だった。


「……本物だ」


不破が息を呑む。いつもは斜に構えている彼が、ベースを握る手に尋常ではない力を込めている。


二人がマイクの前に立ち、声を放った瞬間、会場の空気が物理的に震えた。数十年、数万人のファンに希望を与え続けてきた声量と、物語の重みを背負った圧倒的なオーラ。それはもはや音楽という枠を超え、神話のような威圧感となってセカレジの四人に襲いかかった。


「……これが、『本物』の重さか」


桑田が気圧されて一歩後ずさる。だが、その時だった。


「……おい。何ボーッとしてんだよ、お前ら」


低く、地這うような声。不破だった。

彼は憧れの存在を前にして、震えていた。しかし、それは恐怖ではなく、極限の興奮による武者震いだった。


「あの人たちは、俺が一番辛かった時に、ゲームの画面越しに『立て』って歌ってくれた人たちだ。……そんな人たちの前で、無様な音、出せるわけねーだろ!」


不破がベースの弦を叩きつけるように弾いた。


ドォン!!


地響きのような低音が、エターナルプリズムの二人が作り上げた神聖な空気を、暴力的に切り裂いた。


「不破……!」


田上が驚きに目を見開く。不破の指が、まるで意志を持った生き物のように弦の上を跳ね、うねり、吠えた。


それは、これまでの不破からは想像もつかない、感情を剥き出しにした「神がかったベースソロ」だった。


正確なリズムを刻みながらも、その奥底にあるのは「自分たちはここにいる」という証明のための咆哮。憧れを、敬意を、そして「次は俺たちの番だ」という宣戦布告を、すべての音に詰め込んでいた。

エターナルプリズムのボーカルが、歌を止め、驚きと共に不破を見た。


そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「いい音だな、少年。……その牙、本番まで折らずに持ってこい」


その言葉が、不破の魂に火をつけた。

不破は汗を拭い、荒崎と桑田を振り返った。


「聞いたか? 『いい音』だってよ。……だったら、俺たちが世界一の音だって、あの人たちに認めさせてやる。行くぞ!」


不破のベースソロによって、セカレジの四人の意識は一つに収束した。


レジェンドという巨大な壁を前に、彼らは「若さ」という名の最大の武器を研ぎ澄ませ、台湾の夜へと挑む。

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