不協和音の残響
ブルーバードとのライブ以降、世間の喧騒はさらに激しさを増していた。専門家たちは「アイドルの完成度」と「セカレジの衝動」を比較し、連日のようにネット上で議論を戦わせている。しかし、当のメンバーたちの心には、埋められない溝が生まれ始めていた。
事務所の会議室。舞元がテーブルに一枚の華やかなパンフレットを置いた。
「海外の大型フェスから招待が来ているわ。この波に乗れば、セカレジは本当に『世界』を手に入れる。……どうする? 荒崎」
荒崎はパンフレットに目を落としたが、すぐに視線を外した。練習室の隅で、桑田が一度もギターを鳴らさずに床を睨みつけている。不破は無言でスマホをいじり、田上は複雑な表情で窓の外を見ていた。
「……悪いが、メンバーの向いてる方向がバラバラな今は、答えが出せねえ。少し待ってくれ」
舞元は肩をすくめ、「賞味期限が切れる前に決めなさいよ」とだけ残して部屋を出て行った。
深夜の衝突
その日の夜。荒崎は桑田の家を訪ねた。
部屋に入ると、そこには手入れもされず放り出された数本のギターと、暗闇の中で膝を抱える桑田の姿があった。
「桑田。ギターへの想い、そんなもんだったのか?」
荒崎の静かな問いかけが、火に油を注いだ。
桑田は弾かれたように立ち上がり、荒崎の胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。
「……なんでお前が、そんなにヘラヘラした顔できるんだよ!」
桑田の瞳には涙が溜まっていた。絞り出すような声が、静かな部屋に響く。
「あの2%の差が、俺にはどうしても許せねえんだよ……! 俺のギターが、俺の音が、あのアイドルたちに負けたんだぞ!? 悔しくねえのかよ! なんでそんなに冷静でいられるんだよ!」
荒崎は逃げも隠しもせず、桑田の怒りを真正面から受け止めた。そして、桑田の手を力強く引き剥がすと、怒鳴り返した。
「悔しいに決まってんだろ! 喉が焼けるほど、今すぐすべてをぶち壊したいほど、俺だって悔しいよ!」
荒崎の剣幕に、桑田がたじろぐ。荒崎は一歩詰め寄り、桑田の目を射抜くように続けた。
「だがな、確かに俺たちの音であの場を変えたのは事実だ。負けは負けだ、それは認めなきゃならねえ。だが、あの経験は変え難い、俺たちにとって絶対に必要な経験だったんだよ!」
荒崎の声が、夜の静寂を切り裂く。
「負けを受け入れてこそ、次の勝ちが見えて来るもんだろうが! この悔しさを飲み込んで、血肉にして、次は誰にも文句を言わせない圧倒的な差で勝つ。……それ以外に、俺たちが救われる道なんてあんのかよ!」
桑田は息を呑み、力なく拳を下ろした。
荒崎の体も小刻みに震えている。それは恐怖ではなく、次なる爆発を待つマグマのようなエネルギーだった。
「……ギターを持て、桑田。その2%の断絶を埋めるのは、涙じゃなくてお前の音だろ」
暗い部屋の中に、沈黙が流れる。
やがて、桑田は震える手で、床に転がっていた一本のギターを拾い上げた。
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