老兵の旋律


事務所の練習室。桑田のアコースティックギターが虚しく響き、荒崎の歌声はどこか浮ついていた。


「……ダメだ、乗らねえ」


荒崎はマイクを放り出し、床に座り込んだ。歪んだギターや激しいドラムで誤魔化せないバラードは、今の荒崎にとって「武器を持たずに戦場に立つ」ようなものだった。


その様子をドア越しに眺めていた舞元が、呆れたように口を開く。


「あんまり根を詰めすぎると、その綺麗な顔が台無しよ。息抜きにメンバーで学校にでも行けば? 今のあなたたちなら、登校するだけで最高のアトラクションになるわよ。良い刺激も知識も、案外足元に転がってるものよ」


「……あんな退屈な場所に何があるんだよ」


毒を吐きながらも、荒崎は現状を打破するために渋々メンバーを引き連れて久々の登校を決めた。


狂乱の校舎と音楽室の主


登校した瞬間、静かだった学び舎はパニックに陥った。


「セカレジだ!」「荒崎くんだ!」


廊下はスマホを構えた生徒たちで大渋滞となり、教師たちが必死に壁を作る始末。かつての「はみ出し者」は、今や学校最大のスターとして囲まれていた。


喧騒から逃れるように、四人は音楽室の扉を開けた。


そこには、いつも冴えない顔で教壇に立っている音楽教師、根本(ねもと)がピアノの前に座っていた。


「……先生、相談がある」


荒崎は今の苦悩を吐き出した。ロックとは正反対のバラード。自分の声が、曲調に全く馴染まないことを。


根本は眼鏡の奥で優しく目を細めると、無造作にピアノの鍵盤を叩いた。


「荒崎くん。バラードは弱さを隠すための曲じゃない。自分の『核』を剥き出しにするための歌なんだよ」


次の瞬間、根本の口から放たれた歌声に、四人は硬直した。


音楽室の壁が震え、空気が一変する。それは優しくもありながら、聴く者の魂を鷲掴みにする圧倒的な声量と表現力。教室全体が、まるで巨大な劇場に変わったかのような錯覚に陥った。


「……っ、アンタ、一体何者なんだよ」


歌い終えた根本に、荒崎が戦慄しながら問いかける。


根本は照れくさそうに頭を掻き、いつもの冴えない教師の顔に戻って微笑んだ。


「元ミュージカルスターとして、一瞬だけ舞台に上がった老兵だよ。……怪我でね、現役は引退したけれど。どうだい、ロックじゃなくても『世界を震わせる』ことはできるだろう?」


荒崎は、自分の拳を強く握りしめた。

目の前の「老兵」が見せたのは、テクニックではない。歌という「弾丸」そのものの重さだった。

「先生……俺に、その声の出し方、教えてくれ」


予定調和の象徴だと思っていた学校で、荒崎は最強の武器を授かろうとしていた。

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