椅子取りゲームの宣戦布告
それからの日々は、怒涛の濁流だった。
舞元による過酷なレッスン、そしてメディアによる狂騒。ネットを開けば「WORLD RESISTANCE」――通称『セカレジ』の名が躍り、彼らは一夜にして時代の寵児(ちょうじ)であり、同時に最大の異端児となった。
「……ここが、俺たちの最初の戦場かよ」
視察に訪れたライブイベント会場。桑田がギターケースを背負い直しながら、不機嫌そうに吐き捨てた。
目の前には、対照的な二つのステージが鎮座していた。
一つは、豪華な照明と巨大なモニターを備えたメインステージ。そこでは、池田の息がかかった国民的アイドルグループや、既存の「売れっ子」たちが華やかなリハーサルを行っている。
対するもう一つは、その隅に追いやられたような、無骨で小さな特設ステージ。
「ふざけるなよ。僕たちの実力がこれっぽっちだって? 舞元、あのハゲ親父(池田)にナメられてるんじゃないの?」
不破がタブレットを叩き、メインステージの音響スペックと自分たちのステージの差を比較して鼻で笑った。
「池田社長は『実力を見せろ』と言っているのよ。大きな器(ステージ)を与えられるのを待つのは、ただの操り人形(パペット)でしかない。あなたたちは反逆者なんでしょう?」
舞元はサングラス越しに、冷ややかに彼らを突き放す。
だが、荒崎だけは違った。
彼はメインステージで踊るアイドルや、それを眺める数千人の観客の動線をじっと見つめていた。その瞳には、絶望ではなく、獲物を狙う猟犬のような鋭い光が宿っている。
「……文句を言うな、不破。桑田」
荒崎がゆっくりと、小さなステージの中央に立った。
「いつものことをすればいいんだ。場所が狭いなら、その分、音と熱で壁をぶち破ればいい」
荒崎は、隣の巨大なメインステージを指差した。
「これは戦争だ。隣に集まった数千人の観客、あの椅子取りゲームの参加者どもを、俺たちがまるごとジャックする。あっちの華やかな演奏を、俺たちのノイズでゴミクズに変えてやるんだよ。どっちがより多くの人間を『釣り上げる』か、勝負だってことだろ?」
その言葉に、三人の顔色が変わった。
田上が不敵に眼鏡を押し上げ、不破がニヤリとキーボードを起動させる。桑田は、没収された古いピックの代わりに手に入れた特注のピックを握りしめた。
「椅子取りゲーム、か。……僕たちが座る椅子は、自分たちで奪い取る。そういうことですね」
田上の声が冷たく響く。
「……面白くなってきた。メインステージのスピーカー、僕らの音を『強制混入(ミックス)』させて、あっちのファン全員こっちに向かせてやるよ」
不破の指が、既にハッキングのシミュレーションを開始している。
荒崎は、遠くで自分たちを観察しているであろう池田と舞元の視線を真っ向から跳ね返すように、空に向かって人差し指を立てた。
「セカレジの初陣だ。世界を驚かせる準備はいいか?」
小さなステージから放たれる圧倒的な殺気が、巨大な会場の空気をヒリつかせ始めた。
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