第3話 十年の月日

「よいしょっと」


 俺は作業用のボロボロの手袋を嵌め、切り分け用の幅広のナイフを装備する。

 目の前には、簡単な木の板でしかない作業台。そこには壁に積まれていた廃棄物から持ってきた、モンスターの肉片。


 骨と、所々に筋のようなものが残っている。


 俺はナイフを入れる前に祈りを捧げる。

 もう、これは神官としての習慣のようなものだった。俺の信じる神々は万物に宿る八百万の神々。


 つまりはこれから処理しようとする目の前の肉片さえも、それは変わらない。


「『万物に宿りし神々よ、いと安らかたれ』」


 それは単なる祈りの言葉。魔法を使うには至らない、しかし俺としては真摯な祈りの文句。


 俺は何べんも口にしてきたはずの祈りの言葉を唱えたはずだった。だがこの時、俺はいつもとは違う、ある感覚を得ていた。


 その感覚を無理やり言葉にするとしたら、こうだ。

 これから処理しようとしていた目の前の肉片が、祈りの言葉を唱える前よりも、ひどく身近に感じられたのだ。


 まるで長年使い込んで、よく見知った物のように。


 ──ああ、これはオークジェネラルの肩の所の骨と筋、か。切り離すとしたら、この角度で刃を寝かせるように滑らせていけば……


 その不思議な感覚のままに、ナイフを入れていく。それはすっと目の前の骨と筋へと入り、気がつけばあっという間にバラバラになっていた。


 ──神々よ、感謝いたします……


 解体の終わったそれを前に、俺は改めて神への感謝を捧げる。そのまま次の肉片の処理へと移る。

 もちろん、先に祈りを捧げるのは忘れない。


 そうして、俺は無心に取り組んでいくのだった。


 ◆◇


 一年が経った。


 俺は変わらずにギルドの解体場の裏手で、廃棄物と向き合っていた。


 廃棄物の処理に際し、常に神への祈りを捧げてから取り組むのを、俺は一時も欠かしたことはなかった。

 そのせいか、今では一連の廃棄物の処理は流れるように済ませることが出来ていた。


 一年前に始めた頃は、廃棄されるものの物量に対し、処理できる量は追い付いてのだが、あるときからそれが逆転したのだ。


 つまり、壁に積み重なっていた廃棄物はとうの昔に全て処理を終え、今では日々出されてくる廃棄物の処理を済ませても時間が余るほどだ。


 そのため、不燃のものを余裕をもって廃棄場に埋めに行けていた。


 今もすでに可燃部分の切り分けと、その焼却も終え、あとは灰と不燃物を埋めに行くだけ。

 日も高々とのぼっている。


 だからそれは時間があったゆえの、ほんの気まぐれだった。

 不燃として埋めにいく諸々の一番上に乗っている、一本の骨。

 それを手に取る。


 それがオークジェネラルの肩の骨だったのは、たまたまだ。


 骨は燃やすのに、かなりの火力を要する。そしてモンスターの骨ゆえか、非常に硬い。とはいえ防具や武具にするには脆く、錬金術等の素材としても、使えないと聞いたことがある。


 ゆえに破棄される不要物なのだ。


「『万物に宿りし神々よ、いと安らかたれ』」


 毎日毎日、飽きることなく唱え続けたその祈りを今日も捧げる。


 その時だった。

 神からの啓示のような衝撃が、俺の体を走る。その啓示のままに手にしたオークジェネラルの肩の骨に手にしたままだったナイフの刃を当てて優しく滑らせていく。


 それはまるで並べられた大量のドミノの一つを倒したら、連鎖的に全てが倒れていくかのような光景。

 俺のナイフの刃が通った所を起点に、手にしたオークジェネラルの肩の骨全体へと、次々にヒビが広がっていく。


 気がつけば俺の手のなかでオークジェネラルの骨は完全に粉砕され、粉の山へと変わっていた。

 そこに吹いた一陣の風が、俺の手の中の粉を吹き散らしていく。


 目の前で起こったことに俺は言葉が出ない。


 ただただ、感動と感謝があった。


 誰からもかえりみられないと思っていた俺のこの一年は、無駄ではなかったのだという感動。

 祈りを捧げ続けていた神だけは俺を見守り応えてくれたという感謝。


 俺は神への祈りの言葉を呟きながら、まだまだ大量につまれている不燃物の山へと手を伸ばすのだった。


 ◇◆


 十年が経った。


 この日は俺の廃棄物処理の契約の最終日だった。


 どうも廃棄物処理施設を新設するらしく、あえなく俺はお役御免となったのだ。


 その事には何の感慨もない。


 この十年、祈りを捧げ続けてきた俺は、今ではあらゆる廃棄物を一刀で粉塵へと変えれるまでになっていた。それがどんなモンスターのものでも例外なく、完璧に。


 ──これも全ては、万物に宿りし神々の加護。ただただ、感謝しかない。


 そうして最後のつとめとばかりに、俺は今日の分の廃棄物をあっという間に粉塵へとかえると、手早く処理場へと埋めていく。


 そうやって全てを終えて最後の挨拶へとギルドの受付へと赴いた俺を迎えてくれたのは、なんとバーニア女史だった。


「バーニア副ギルド長?」

「カラード様、長年の廃棄物処理のお勤め、ご苦労様でした」

「わざわざ副ギルド長が応対してくださるとは……ありがとうございます」

「いえ。カラード様の十年にも及ぶ堅実は働きぶりを私は尊敬しています。不定期に行われた監査でも、全て問題なかったと伺っていますし」

「……それは、恐縮です」


 そういえばそんなこともあったなと思い出す。基本的には廃棄物が残っていないタイミングで監査の人間が来ていたので、そういう評価になったのだろう。


 まあ、問題ないなら良かった。


 そう、俺が廃棄物を処理している所を、結局ギルドの人たちは見ていないのだ。


 そしてそのまま、高火力での焼却施設が完成したことで俺が行っていたことは知られることなく、ギルドでの廃棄物処理の仕事を辞めていくこととなった。


「カラード様は、このあとはどうされるのですか?」

「現れたという、ダンジョンとやらに挑んでみようかと思っています」


 数ヵ月前、魔王を名乗る存在がその最奥に巣食うと噂せれるダンジョンなる大穴が突如現れたのだ。

 そこから溢れだしたモンスターたちが周囲の国々に被害をもたらし、各国の兵と冒険者がその対応に追われているという。

 最近の噂では大規模な反攻作戦が計画されていて、あらゆる冒険者にその門戸が開かれていると聞いていた。


「それはっ!? 確かにダンジョンでしたらあらゆる冒険者は無条件で募集されていますが。そこへソロで、ですか?」

「はい。そうなるでしょうね」


 俺は相変わらずの神官騎士の不遇職ぷりに苦笑してしまう。なかなか懐かしい感触ですらあった。


「──そう、ですか。しかし、どうしてそこまで、冒険者たろうとするのですか」

「誓ったので」


 俺は静かにそれだけ答える。

 何にとも、誰にとも告げない。


 ただ、不思議なことにそれだけでカラード女史は押し黙る。まるで圧倒されたかの様子に俺は不思議に思いながらも、静かに頭を下げると、十年お世話になったギルドを去るのだった。


 その俺の足はまっすぐにダンジョンへと向かっていく。


 あらゆるモンスターを一刀で粉塵へと変えれる神官騎士が魔王を倒したという報せが冒険者ギルドへと届くのは、これからしばらく後のこととなるのだった。


 fin


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ギルド最弱の神官騎士、使えないからと廃棄物処理を押しつけられて十年。祈りを込めて解体してたら今ではあらゆる魔物の廃棄素材を一瞬で粉砕できます 御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売 @ponpontaa

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