「社畜の分際で倒れるなど許ん。俺が管理してやる」ベランダに落ちてきたドS王子は、生活も処女も丸ごと支配する。~家事万能な俺様皇子の魔力補給は、深夜の濃厚な愛撫でした~

猫野 にくきゅう

第1話 空から降ってきた支配者

 深夜二時。

 冷たい雨が降る東京の片隅。  


 築三十年のボロアパート「メゾン・ド・フルール(名ばかりの花園)」の鉄階段を、私は重い足取りで上っていた。


「……はぁ。明日も七時起きか……」


 私は相原美咲(あいはら・みさき)、三十二歳。  


 中堅商社に勤める事務職だが、実態は「何でも屋」だ。

 上司のミスの尻拭い、後輩の指導、終わらないデータ入力。  


 今日もサービス残業で終電帰り。

 手にはコンビニのビニール袋。

 中身は半額シールの貼られたパスタと、ストロング系の缶チューハイ。


 これが私の晩餐だ。


 ガチャリ、と重いドアを開ける。  

 六畳一間の部屋は、脱ぎ散らかした服と雑誌で埋もれている。掃除をする気力なんて、ここ数年湧いてこない。


「ただいまー……なんて、誰もいないけど」


 独り言を呟き、靴を脱ごうとした、その時だった。


 ガシャーンッ!!!!


 ベランダの方から、とんでもない破壊音が響いた。  


 ガラスが割れた音ではない。

 もっと重い、何かが鉄柵に激突したような音だ。


「え、なに!? 泥棒!?」


 私は慌てて掃き出し窓のカーテンを開けた。  


 そこには――

 信じられない光景が広がっていた。


 私の狭いベランダに、人が倒れていたのだ。  


 それも、ただの人ではない。  

 月光を浴びて輝く金色の髪。濡れたシャツから透ける、彫刻のように鍛え上げられた肉体。そして手には、ファンタジー映画でしか見ないような、巨大な長剣が握られている。


「う、嘘……コスプレ?」


 私が呆然としていると、その男がゆっくりと顔を上げた。  


 息を飲むほど整った顔立ち。

 けれど、その碧眼(へきがん)は、切っ先のように鋭く私を射抜いた。


「……ここはどこだ? 魔界の吹き溜まりか?」


「は、……ええっ? ここは東京都杉並区ですけど……ちょ、ちょっと、警察呼びますよ!」


 私が震える手でスマホを取り出すと、男は「ふん」と鼻を鳴らした。


「不敬な女だ。このリオン・フォン・アズライトに向かって、その妙な板切れを向けるな」


 シュッ。  


 風を切る音がしたかと思うと、私のスマホは彼の剣先によって弾き飛ばされていた。


「ひっ!?」

「騒ぐな。……チッ、転移魔法の座標がズレたか。魔力が空っぽだ」


 男――リオンと名乗った美青年は、剣を杖代わりに立ち上がると、泥だらけのブーツで私の部屋へとズカズカ上がり込んできた。


「ちょ、ちょっと! 土足! やめてください!」

「黙れ。……なんだこの豚小屋は。貴様、ここで家畜でも飼っているのか?」


 彼は部屋を見回し、心底軽蔑したような目で私を見た。  


 悔しいけれど、反論できない。

 確かに汚い。


「貴様、名は?」

「み、美咲です……」


「そうか、ミサキ。光栄に思え。魔力が溜まり、俺が元の世界へ帰還するまでの間、この部屋を俺の『仮の領土』とする」


 彼は濡れた髪をかき上げ、傲然と言い放った。


「今日から貴様は俺の領民だ。衣食住の提供と、俺への絶対服従を命じる」


 はあ?  


 私が抗議しようと口を開きかけた瞬間、強烈な睡魔――

 いや、彼の瞳から放たれた怪しい光に意識を奪われた。


「……まずは寝ろ。目の下のクマが不愉快だ」


 それが、私の日常が崩壊した瞬間だった。

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