(うどんを)食べろメロス

星見守灯也(ほしみもとや)

セリヌンティウスがうどんを送ってきたのを思い出したメロス

 うどんは激うまだった。必ず、またムチムチシコシコのうどんを食べねばならぬと決意した。


 メロスにはうどんがわからぬ。メロスは、東北の山人である。そばを食べ、ラーメン屋をめぐって暮して来た。けれどもうどんに対しては、人一倍に無関心であった。


 きょう未明メロスは起き上がり、ベッドを越えコタツを越え、十歩はなれたこのキッチンの前にやって来た。メロスには昼も、夜も無い。朝食では無い。アラサーの、好きな時に食う一人暮しだ。メロスは、家の或る小さな冷蔵庫を、毎朝、何か食べるものはないかと開けることになっていた。給料日も間近かなのである。


 メロスは、それゆえ、パックご飯やらカップラーメンやらを買い、こっそり棚に隠して来たのだ。先ず、その品々を探し始め、それから棚の奥に乾麺を見つけた。メロスには主食があった。うどんである。昔、どこか関西の友が、うどんを送ってきた。そのうどんを、これからゆでてみるつもりなのだ。久しく冷凍だったのだから、食べてみるのが楽しみである。


 ゆでているうちにメロスは、湯の様子を怪しく思った。吹き出している。もう既に湯も沸騰して、湯の熱いのは当りまえだが、けれども、なんだか、そのせいばかりでは無く、鍋全体が、やけに泡立つ。のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。水道でくんだ冷たい水をつかまえて、何かあったのか、二日まえに冷凍うどんをゆでたときは、小鍋でも湯で麺がほどけて、湯は静かで吹き出さなかったはずだが、と質問した。鍋は、ぶくぶくいって答えなかった。しばらく水をさして吹きこぼれをしずめ、こんどはもっと、火を弱くして質問した。鍋は答えなかった。メロスは両手で鍋の耳を持ってザルにあけた。シンクは、あたりを気にせず大声で、ベコベコと答えた。


「うどんは、つゆが必要です。」

「なぜ必要なのだ。」

「濃く甘いタレがいい、というのですが、誰もそんな、関心を持っては居りませぬ。」

「たくさんのつゆが必要なのか。」

「いいえ、はじめは天かすを。それから、海苔を。それから、ネギを。それから、卵を。それから、生姜を。それから、少しのつゆを。」

「おどろいた。それはうどんなのか。」

「いいえ、ただのうどんではございませぬ。ぶっかけ、ぶっかけうどんというのです。このごろは、食べるものの心をも、お掴みになり、少しく派手な暮しをしている者には、肉や天ぷら、とろろを加えることを許して居ります。うどんを食べればコシと喉ごしのとりことなります。今では、たくさん食べられています。」


 食べて、メロスは感激した。


「うまいうどんだ。いくらでもイケる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(うどんを)食べろメロス 星見守灯也(ほしみもとや) @hoshimi_motoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説