宮廷魔術師の息子に転生した無職ニート〜第二の人生は本気で成り上がります〜

灰色の鼠

第1話 異世界に転生したらしい



 無職歴十年の俺は、トラックに轢かれて死んだ。


 道に飛び出した犬や子供を助けるために、身代わりになったわけじゃない。

 ただ普通に道を歩いていたら、面識すらないDQN集団に突き飛ばされ、運悪く通りかかったトラックに跳ねられたのだ。


 骨が砕け、内臓がひしゃげる感触。下半身はもう、自分の体とは思えないほど無惨にグチャグチャになっていた。


 不幸なことに、意識だけははっきりと冴えていた。

 全身を駆け巡る猛烈な激痛に顔を引きつらせ、震える視線をDQNどもへ向ける。奴らは助けを呼ぶどころか、スマホで俺を撮っていた。


 バズるため。ただそれだけのために。

 くだらないコンテンツの素材として、俺は突き飛ばされたのだ。

『キモい無職が轢かれたんだがw』とかいうタイトルでSNSに動画を投稿するつもりだろう。


 馬鹿どもめ。

 どうせ自分たちに都合よく編集して、突き飛ばした事実を隠蔽するつもりだろうが、そうはいかない。ここには何台もの防犯カメラが設置されている。


 証拠はすぐに見つかる。事実が明るみに出れば、お前らは立派な殺人者だ。

 ざまぁみろ……。




 ……なわけねぇだろ、チクショウッ!!

 どうせ未成年だなんだと理由をつけて、刑罰は軽くなるんだろ!?


 若気の至り! 更生の余地あり! そんな甘っちょろい言葉で守られ、少年院を出た後は、俺を殺したことを武勇伝のように語りながらのうのうと生きていくんだろ!! ああいうクズどもは!!!


 ああ……なんで、俺ばかりがこんな目に遭うんだ。

 ぶち殺してやりたい。この手で、一人残らず、跡形もなく。


 ……ああ、無理だ。

 意識が遠のいていく。死ぬんだ、俺。


 親兄弟に迷惑をかけ続けながら、満喫していたニート生活が、ゴミクズどもの手によって終わってしまった。


 いや、むしろ……これで良かったのかもしれない。

 社会のゴミが一人、消えるだけ。

 俺が死んだところで、家族は悲しみもしないだろう。むしろ肩の荷が下りたと喜ぶかもしれない。


 ああ、もう、どうでもよくなってきたわ。


 意識が途切れ、俺は死んだ。







 目が覚めると、美男女が俺をのぞき込んでいた。

 日本人じゃない。どこか浮世離れした彫りの深い造形。彼らは愛おしそうに俺を見つめていた。


 男は眼鏡をかけた、知的で穏やかそうな銀の長髪のイケメン。

 女は……おいおい、とんでもないボリュームの乳の持ち主じゃねぇか、しかも黒髪のスタイル抜群の美女。


 見覚えのない二人に囲まれ、思わず混乱して叫んだ。


「ぎゃー、ぎゃー!」


 ……え、何だ、今の声。

 自慢の野太いダミ声ではなく、まるで赤ん坊のような声が出た。


「ーーー、ーーー?」

「ーーー! ーーー!」


 女性が微笑みながら、男性に何かを語りかける。男性も嬉しそうに頷く。

 しかし、何を言っているのかさっぱり理解できない。日本語じゃない。英語でもない。


 状況から察するに、俺はこの女性に抱きかかえられているようだった。

 そんなはずはない。俺の体重は九十キロを超えている。

 成人男性を軽々と抱き上げる女など、この世にいるはずがない。


 待て、落ち着け、深呼吸だ。

 トラックに轢かれて死んで、目が覚めたら知らない男女に挟まれている。

 普通ならありえない状況だが、数千冊のラノベを重宝している俺の脳細胞が、ある一つの結論を導き出す。


 もしかして、もしかしなくても……?


 小さくなった両手を見つめながら確信する。

 俺は、赤ん坊に転生していた……。



 一週間ほどが経過した。

 どうやらここは、いわゆる異世界らしい。

 確信を得たのは、つい昨日のことだ。父親が俺の前で、魔法を使ったのである。


 何もない手のひらから火を出し、暖炉の薪に火を灯した。それだけじゃない。夜、暗くなった部屋を指パッチン一つで照らしてみせたのだ。

 タネも仕掛けもない、純度百パーセントのマジック。


 ネット中毒者の俺にとって、スマホもPCもないこの世界は地獄の沙汰だ。だが、魔法があるとなれば話は別だ。


 俄然、やる気が湧いてきた。






 父親が仕事に出ている間、家は俺と母親だけになる。

 母親が庭で洗濯物を干している間、俺はベビーベッドに寝かされているのが常だ。


 前世の記憶があるせいで、この若造二人を両親と呼ぶにはまだ抵抗がある。だが、彼らは献身的に俺の世話を焼いてくれる。しつこいほどにキスもしてくる。


 美女からの接触は役得だが、親父、お前はダメだ。髭が痛いし、野郎の愛を受けて喜べるほど俺の趣味は尖ってない。 


 とはいえ、今は喋ることも、言葉を理解することもできない。

 まずは言語の習得が最優先事項だ。

 今の俺にできることといえば、乳を吸い、寝て、クソをして、また寝る。それだけ。 


 ……あれ。

 前世のニート生活と大差ない気がするが、いや、それじゃダメだ。

 せっかくの第二の人生、前世と同じ轍を踏んでたまるか。


 見た目は赤ん坊、中身は大人。

 どこかで聞いたようなフレーズだが、このアドバンテージを活かさない手はない。


 俺はベビーベッドから上半身を起こし、重たい頭を振って部屋を見渡す。家具はどれもゲームでしか見たことがないような、無骨な木製のものばかり。


 娯楽は何もない。忍耐力に自信のない俺だが、せめて自力で歩けるようになるまでは大人しい赤ん坊を演じていよう。


 飯は不味そうだし、なんか独特の獣臭がするし、衛生環境も劣悪だが……我慢だ。  





 夜。

 隣の部屋から、両親がムフフなことをしている音が聞こえてくる。喘ぎ声にベッドと床が軋む音。

 羨ましいなぁ、ちくしょう。


 二人が自分の両親であるという実感はない、しかし興奮もしてこない。


 むしろ、どんどんやってくれたまえ。その調子で、俺に可愛い妹を作ってくれれば万々歳だ。

 そうすれば、お兄ちゃん大好きっ子なブラコンに調教してやるんだ。グヘヘ。


 ゲスな妄想をしながら、俺は眠りにつくのだった。

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