第8話 「再会、そして逆転」
第8話
「再会、そして逆転」
再会の知らせは、春の終わりに届いた。
《久しぶりに集まらない?》
短い文面。
絵文字もない。
前みたいな勢いもない。
修司はスマホを眺めてから、ゆっくり息を吐いた。
「……まあ、行くか」
数年前の同窓会を思い出す。
あの居酒屋。
でかい声。
笑い声の刃。
でも、今回はなぜか、胸がざわつかなかった。
店は、駅前の小さな和食屋だった。
個室。
天井は低く、照明は柔らかい。
暖簾をくぐると、すでに何人か座っていた。
「……あ」
最初に浮かんだのは、その感想だった。
疲れている。
全員、同じ年のはずなのに、顔の線が深い。
肩が落ちている。
目が、少しだけ伏し目がちだ。
「久しぶり」
修司が声をかけると、何人かが顔を上げる。
「……修司?」
「ああ、修司だ」
「久しぶり……だな」
声が、小さい。
以前のような張りがない。
席に座ると、グラスが運ばれてくる。
「とりあえず……乾杯?」
「……乾杯」
音が控えめだ。
氷がぶつかる音も、軽い。
料理が来るまでの沈黙を、誰かが破る。
「最近さ……」
言いかけて、言葉が止まる。
「……まあ、色々あって」
「……だよな」
その「だよな」に、重さがある。
田中が、ビールを一口飲んでから言った。
「俺さ……今、実家」
「あ……」
「戻った」
それ以上、言わない。
佐藤は、箸を持ったまま笑った。
「会社? もうない」
「……」
「笑うなよ。自分で言っとかないと、きつくてさ」
誰も笑わない。
「結婚してた人は?」
誰かが聞く。
「ああ……」
視線が逸れる。
「離婚した」
短い言葉。
説明はない。
修司は、黙って聞いている。
相づちは、打たない。
でも、聞いている。
「修司ってさ」
不意に、名前を呼ばれる。
「今、どうしてるの?」
その問いは、前と違った。
探るようでも、馬鹿にするようでもない。
純粋に、知りたい声だった。
「……区役所」
「……」
「実家」
「……」
一瞬、沈黙。
「貯金は……まあ、それなりに」
言った瞬間、空気が変わった。
誰かが、息を吸う音。
箸が止まる。
「……それなり、って」
「どれくらい?」
修司は少し考えてから、肩をすくめた。
「生活が崩れないくらい」
誰も、すぐには反応しなかった。
「……いいな」
小さな声。
「羨ましいって、久しぶりに思った」
田中が言う。
「修司さ……」
「うん」
「前、何も言わなかったよな」
「ああ」
「俺らが調子乗ってたとき」
修司は、少し考える。
「言う必要、なかったし」
「……そうだな」
沈黙が落ちる。
でも、重くない。
料理が運ばれる。
湯気。
だしの匂い。
「……うまそうだな」
誰かが言う。
「なあ」
佐藤が、ぽつりと。
「修司って、勝ったとか思ってる?」
修司は、箸を止めた。
「思ってない」
即答だった。
「ただ……」
言葉を探す。
「俺は、今の生活を、失ってないだけ」
それだけだ。
誰も反論しない。
「……それが、一番すごいな」
誰かが、そう言った。
声は小さい。
でも、はっきりしている。
修司は、胸の奥で、何かがほどけるのを感じた。
逆転、なんて言葉はいらない。
拍手もいらない。
ただ——
立ち位置が、静かに入れ替わった。
店を出ると、夜風が心地いい。
「またな」
「……また」
別れ際の声も、穏やかだ。
修司は歩きながら、空を見上げた。
あの頃、でかい声で語られていた未来は、
いつの間にか、ここまで来てしまった。
でも。
「……俺、まだ立ってるな」
小さく呟く。
実家に帰る電車の中、
修司は、スマホをポケットにしまい、目を閉じた。
勝ったわけじゃない。
ただ——
残った。
それだけで、十分だった。
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