雪花酊記

指野 光香

第一話

 福田という、酒と女をこよなく愛する男がいた。この男には丹羽という友がいた。この男もまた大いにその二つを好む性質で、二人はよく気が合った。

 とある年の瀬、二人は飲み場所を探して街を歩き回っていたが、どうも落ち着かない。行きつけの店も前々から目をつけていた店も、それぞれ定休日だったり年末を静かに過ごしていたり、とかく間が悪かった。

 かといって新たな店を開拓するほどの気も湧かない。二人はそのうち、行き場もなく寒風に晒される自分たちが惨めで、陰鬱な気分になってきた。

 と、そのとき、丹羽が思いついたようにこう言い出した。

 「俺の家は狭いが、ここから五分も歩けば着く場所にある。ひとつ、宅飲みといかないか」

 福田はこの提案に二つ返事で応えた。どんなに狭かろうが、酒友がいて屋根があれば、まず暗い気分にはなるまい。友とこぢんまり年を明かすのもたまには乙なものだと考えたのだ。

 近くのスーパーで適当に酒とつまみと着替えを買って、一路丹羽の自宅へ向かう。

 果たしてそれは、確かに広くはないが見た目は新しく、駅からも程近く、住み良いであろうことが感ぜられるアパートであった。

 「本格的に酔っ払っちまう前に風呂に入ろう。すぐ沸くから、おまえから入れよ」

 丹羽の言葉に甘えて、福田は風呂に入ることにした。頭、顔、体を洗い終えて、さぁひとつ湯船に浸かって身体を温めようとして、違和感に気付いた。

 ──どうも、湯が冷たい。体感では、三十五度そこらしかないように思える。

 給湯器の表示は四十二度。確かに湯が沸いた音声案内を聞いてから風呂に入ったから、いくら先に身体を洗っていたからと言って、こんなに冷えるものか。

 ……まぁぬるま湯にゆっくり浸かるのも悪くない。機械の故障かなにかだろう。福田はそう思い直した。

 風呂から上がって、丹羽に尋ねた。

 「湯が冷たかったが、機械が壊れてやしないか」

 「おお、そりゃすまなかった。壊れているのかもしれないな。お詫びに熱燗でもどうだ」

 丹羽が風呂に入っている間、福田は遠慮なく熱燗をあおった。それなりの勢いで飲み進めていたが、しかし一本も空けないうちに、丹羽は風呂から上がってきた。

 「ずいぶん早いな。ちゃんと温まったのか」

 「これから飲むんだ。熱くなりすぎない方がいい」

 「そうは言っても、私が心配になる。ほれ、おまえもさっさと炬燵に入れ」

 そうして酒を飲みながらゆったりとした時間を過ごすうち、酔いも回り、まもなく年も明けようという時間になった。

 「いい時間だな。ひとつ酒のつまみに、俺の話でも聞いてはくれまいか」

 丹羽がそう切り出した。彼は普段あまり自分のことを語らぬ男であったから、福田は面白がって二つ返事で了承した。

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