第3話 帰宅した同居人が、歴代最強の『剣聖』と『魔導王』だった件(なお、まともな会話が成立しない模様)

「……ひぐっ、うぅ……もう絶対、なけなしの生活費を賭けたりしません……たぶん……」


(「たぶん」か……)


 劇的なビフォーアフターを遂げた清潔なリビング。 その中心で、聖女ソフィアが正座をして縮こまっていた。 俺ことクロードが掃除機をかけ終え、換気のために窓を開けた、その時だ。


 ガチャリ。 玄関のドアが、ゆっくりと開いた。


「…………」


 入ってきたのは、まるで幽霊のような少女だった。長い黒髪が顔全体を覆い、背中を丸め、足音もなく入ってくる。 手にはスーパーの袋。着古した泥だらけのジャージ。

(……ソフィアの同居人か? ずいぶん陰気だな……)


 覇気がないどころか、生気がない。完全に「村人A」以下のモブオーラだ。 俺が「おかえりなさい」と声をかけようとした、その瞬間だった。


 少女の隙間から見えた瞳が、俺の姿を捉える。


「……ひっ!?」


 ビクゥッ!と彼女の肩が跳ねた。 恐怖。驚愕。パニック。彼女の脳内で、防衛本能が限界突破する。


 ――ジャキィン!


 刹那。認識不可能な速度での抜刀。 恐怖のあまり、思考をすっ飛ばして「排除」行動に出たのだ。 その鋭さは、俺がかつて補佐したどの騎士団長よりも速く、鋭く、洗練されていた。間違いなく、Sランク相当の斬撃。


(――速い。だが、)


 俺の脳内で《予測演算》が瞬時に解を弾き出す。


(本気で俺を殺す太刀筋ではない)


俺は、首を狙う刃を避けなかった。 刃を視界の端でとらえつつもも、彼女が左手から落としそうになった「袋」に手を伸ばす。


 スッ。


  首の皮一枚のところで、ぴたりと刃が止まる。 俺の手には、彼女が落としかけていたスーパーの袋が収まっていた。


「おかえりなさい。――卵、割れますよ」


「……え?」


 黒髪の隙間から、大きな瞳が覗く。 彼女は自分の神速の剣が俺の首に届いていないこと、そして何より、特売の卵が無事であることに呆然としていた。


「て、敵じゃ……ない……?」


「今日から家政夫として雇われたクロードです。……素晴らしい踏み込みでしたね。重心移動が完全に消えていた」


「あ……う、ああ……ご、ごめんなさいぃ……!」


 少女は顔を真っ赤にすると、シュルンと音を立てて刀を納めた。 そのまま脱兎のごとくキッチンへと走り去り、冷蔵庫の影に体育座りで隠れる。


 俺はソフィアに小声で尋ねた。


「おい、あの子は何者だ? あの剣速、タダモノじゃないぞ」


「え? リンちゃんですよ。万年Fランク冒険者(見習い)の」


「Fランク? あの腕でか?」


「はい。極度の対人恐怖症で……ギルドの登録面接で一言も喋れなくて失格になったらしくて。ずっと薬草採取しか回してもらえてないんです」


(……なるほど。宝の持ち腐れどころの話じゃないな)


 実力は剣聖クラス。だが、コミュ障すぎて評価はFランク。 俺の中で、職業病とも言える「管理欲」の種火がついた。


 そこへ、さらにもう一人。


「ククク……我が結界汚部屋が浄化されているだと……? 何者だ貴様、機関の手先か?」


 身長140センチほどの銀髪の幼女が入ってくる。 身の丈ほどもある杖を引きずり、偉そうな態度だが――その杖の先端には、スーパーの「半額シール」が貼られたもやしがぶら下がっていた。


「……アリスです。えっと、あの子は……」


「見た目は子供だが、魔力総量は宮廷魔導師以上だ。たぶん、魔法制御ができなくて街を壊すから、まともな依頼を受けさせてもらえてないんだな?」


「あ、当たりです! よくわかりましたね!?」


 ソフィアが驚く横で、アリスと呼ばれた少女がドン、とテーブルに何かを置く。


「下僕よ、供物を捧げよう。これは我が魔力で錬成した『漆黒の堕天使ダーク・マター』……食すがいい」


「……成分分析。《鑑定》。――炭化した小麦粉と砂糖、致死量の重曹を確認」


 俺は笑顔でその「黒い塊(失敗したクッキー)」をトングで摘まみ上げ、即座にタッパーに入れて厳重に蓋をした。


「危険物隔離完了。アリスさん、食事の前に手を洗ってください」


「なっ!? 貴様、我が最高傑作を封印したな!? ……む、しかし……」


 アリスの鼻がピクピクと動く。キッチンから漂う、コンソメと焦がしバターの香りに気づいたようだ。


「……いい匂いだ。これは、何の術式だ?」


 ***


 十分後。  食卓には、ありあわせの野菜で作ったポトフと、ふんわり焼き上げたオムレツが並んでいた。


「「「いただきます……!」」」


三人の美少女たちが、一心不乱にスプーンを動かしている。  


「ぷはぁ……! い、生きた心地がしますぅ……!」


ソフィアが恍惚の表情で空の皿を拝んでいる。


「クロード様、これ、一体どんな高級食材を使ったんですか? あ!待って!私、この隠し味に金貨1枚賭けてもいいです!」


「賭けなくていいです。具材は冷蔵庫の奥で干からびていた人参と、裏庭の野生のハーブですよ」


「ええっ!? あの『死の冷蔵庫』の遺物がこんな味に!?」


 ソフィアが驚愕する横で、銀髪の幼女アリスが、口の周りにスープの髭をつけたまま尊大な態度で腕を組む。


「ククク……見事だ、家政夫よ。我が魔力が満たされていくのを感じる。この白いスープ……まさか、聖獣の乳か?」


「スーパーで半額だった低脂肪乳です。ほら、口元が汚れてますよ」


 俺がナプキンで口を拭いてやると、アリスはされるがままになりながら、少し顔を赤らめた。


「む……! わ、我に触れるとは不敬な……。だが、悪くない手付きだ。特別に許す」


「はいはい」


 そんなやり取りをしていると、視線を感じた。 剣聖リンだ。 彼女は無言で空になった皿を差し出し、潤んだ瞳で俺を見つめている。だが、言葉が出てこないらしい。  彼女は懐をごそごそと探ると、テーブルの上にコトリと何かを置いた。


 ――血のついた、ゴブリンの耳(討伐証明部位)。


「……? これは?」


「……だ、代金……おかわり、ください……」


「お金でいいんですよ!? ていうか食事の場に生々しい部位を出さないでください!」


 俺のツッコミに、リンは「あわわ」と慌てて耳を引っ込める。 俺はため息をつきつつ、彼女の皿に二杯目をよそった。


「代金は結構です。好きなだけ食べてください」


「あ……ありがとう……ございます……(小声)」


 リンは嬉しそうに、けれど行儀よくスプーンを動かし始めた。


 三人の警戒心が解け、代わりに「依存」にも似た信頼の眼差しが俺に向けられている。


「クロードさん……あなた、神様ですか?」


「いえ、家政夫です」


「お願いです、どこにも行かないでくださいね? もし辞めるなんて言ったら、私、泣きついて足にしがみつきますから!」


「我もだ! 貴様を『至高のマエストロ料理番』に任命してやる!」


「……(コクコクと頷き、俺の服の裾を摘まむリン)」


 胃袋を掴むとはよく言ったものだが、どうやら彼女たちは、俺という「ライフライン」の重要性を本能で理解したらしい。


 だが、俺はその平和な光景に少しだけ違和感を覚えていた。


(……おかしい)


 Sランクの実力を持つ三人が、なぜ半額の牛乳でつくられたスープで感動したり、ゴブリンの耳で支払いをしようしているのか。


そして、なぜ社会から隠れるように暮らしているのか。その理由を知る必要があった。


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【超管理】スキルを持つ俺が、捨てられていた「訳あり最強少女」たちを拾って育成したら、世界一のパーティになってた 米澤淳之介 @yone0806

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