第1話 Sランクパーティを追放されたので、彼らの全資産を凍結してみた

「――おいクロード。さっきから黙って聞いてりゃ、生意気なんだよ」


 王都の一等地。会員制高級レストラン『ロイヤル・スプーン』の最上階個室。 Sランクパーティ【天聖の光剣ディバイン・ブレイド】のリーダー、勇者ライオネルが不機嫌そうにワイングラスを揺らしている。


 テーブルの上では、一食で平民の年収が吹き飛ぶ最高級ドラゴンステーキの脂が、手を付けられぬまま白く固まり始めていた。


「あ? 無視かよ。俺様が喋ってんだぞ?」


 ライオネルが苛立ちを隠そうともせずに凄む。 俺、クロードは手元の魔導タブレットに視線を落としたまま、淡々と事務的に答えた。


「……聞いていますよ。今月の遠征費が予算の300%オーバーだという話ですよね?」


 この広い個室には、ライオネルの他にも四人のメンバーが同席し、我が物顔でくつろいでいる。


「あのねぇクロードはん。訂正してもらえます? 『予算オーバー』ではなく『必要経費』です」


 窓際で眼鏡を光らせているのは、盗賊のジェットだ。 以前はチンピラのような男だったが、最近は妙にインテリぶって、タブレット片手に「効率」だの「データ」だのと語りたがる。


「貴方の管理能力マネジメント不足を、わいらの浪費にすり替えるのは非論理的ナンセンスやないですか。わいが集めたデータで見させてもろたら、Sランクの平均支出よりまだ低い数値やないですか」


 ジェットは冷ややかな目で俺を見下し、鼻で笑った。 彼が出しているデータは、都合の良い数字だけを切り取ったものにすぎない。


「うるさいのよ。いちいち『経費』だの『領収書』だのってぇ」


 ジェットに続いて口を開いたのは、聖女のミレーヌだ。 彼女はライオネルの首に腕を絡ませながら、ねっとりとした視線を俺に投げてくる。


「ライオネル様は世界を救う英雄なのよぉ? お金なんて使い放題で当たり前じゃない、ねえライオネル様ぁ♡」


 そして彼女は、ライオネルから見えない角度で俺の方を向き、表情を一変させた。  可愛らしい笑顔が消え、まるで路地裏のヤンキーのように眉間に深い皺が寄る。


「(調子こいてんじゃねーぞ、おい)」


 ドスの効いた低い声。 彼女はテーブルの下で、俺のすねをコツコツとヒールで蹴り上げてきた。


「(テメェは黙って金出しゃいいんだよ。せっかくの飯が不味くなるだろうが。すっこんでろ、ゴミ眼鏡)」


 見事な豹変ぶりだ。だが、俺は表情一つ変えずに眼鏡の位置を直した。その視線の先に、魔導師のヴァルツがいた。 彼女だけは他のメンバーと違い、少し俯き加減で、俺の方を上目遣いに見つめている。


(……ヴァルツだけは、まだ話が通じるかもしれない)


 彼女は根が臆病で、派手な浪費を好まない性格だったはずだ。以前、「魔力ポーションの在庫管理」について相談した時も、(割と)真剣に聞いてくれていた。 俺は一縷の望みをかけて、彼女に話を振った。


「ヴァルツ。君ならわかってくれますよね? 今のペースで魔石を消費し続けると、来月の重要任務クエストで魔法が使えなくなる恐れがあります」


「……あのぉ、クロードさん」


 ヴァルツがおずおずと口を開く。その声は心なしか震えているように見えた。


「はい、なんでしょう」


 俺が身を乗り出すと、彼女はピンク色のツインテールを指で弄りながら、モジモジと言った。


「クロードさんがケチってBランクの魔石しか買わないから、私の『獄炎魔法』のキラキラ感が足りないんですよぉ……」


「……はい?」


「だからぁ! 魔法は可愛くド派手じゃないと、映えないじゃないですかぁ! 安物の魔石じゃ煙の色が濁って、私の可愛さが台無しなんですぅ!」


 彼女はプイッと顔を背け、手鏡で前髪を直し始めた。


「……ホント、センスないですよね。私みたいなSランク魔導師のモチベ管理もできないなんて」


 俺は天を仰ぎたくなった。 ……ダメだ。こいつも完全に毒されている。 その「あざとさ」も「自信」も、俺が特注した『精神安定のローブ』のバフ効果パラメーター補正で保たれている虚勢に過ぎないというのに、本人はそれを実力だと勘違いしているようだ。


「ガハハ! ちげぇねえ! それより肉だ肉! もっと肉を持ってこいオラァ!」


 トドメとばかりに、知能指数は物理に全振りされている重戦士のゴングが、テーブルを揺らして吠える。


「ゴング、食事中に汗を飛ばさないでください。それに、その追加オーダーした肉も予算外です」


 俺が注意すると、ゴングは真っ赤な顔で食いかけの骨を叩きつけた。


「ああん!? ヒョロガリがうっせんだよ! 俺様のこの上腕二頭筋が羨ましいんだろ! これがSランクの『強さ』だ!」


 これ以上こいつらと会話をするのは時間の無駄のようだ。


「先日の『聖剣のメンテナンス代』だけで金貨300枚です。ミレーヌ、君が『儀式用』と称して購入した宝石は私物ですね? ジェットの裏カジノ代、ヴァルツの服飾費、ゴングの特注プロテイン。全て却下です」


「ちっ、うっさいわボケ……これやからモテへんねや」


「俺は事実を述べているだけです。このままでは来月のギルドへの上納金はおろか、税金すら払えません」


 俺がタブレットで破綻寸前のバランスシートを見せようとすると、ライオネルがバン! とテーブルを叩いた。


「ああもう! わかった、わかったよ!」


 ライオネルは面倒くさそうに手を振る。 そして、ニヤリと口角を上げた。


「じゃあ、経費削減だ。――クロード、お前今日でクビな」


 一瞬、室内の空気が止まった。 BGMの優雅なバイオリンの音色だけが、虚しく響く。


「……本気ですか?」


「簡単な話だろ? お前の給料が無駄に高えんだよ。月給金貨50枚? ふざけんな。その金がありゃ、俺はもっといい剣が買えるし、ミレーヌに新しい宝石だって買ってやれるんだよ」


 ミレーヌが「きゃっ、うれしい! ライオネル様しゅきぃ♡」と頬にキスをする。 他の三人も、それぞれ嘲笑を浮かべた。


「それにさぁ、あんた戦わないじゃん? 後ろでボソボソ指示出してるだけだしぃ」


合理的判断ロジカル・ジャッジやな。索敵ならわいの計算予測の方が確実でやし」


「そうですよぉ。交渉ごととか面倒くさいし、私の可愛さがあれば、店員さんなんてイチコロですしぃ♡」


「荷物持ちなら俺様の筋肉で十分だ! ガハハ!」


 彼らは本気でそう思っているようだ。 魔石の相場変動予測、ポーションの大量仕入れによる卸値交渉、遠征時の兵站管理、スポンサーへの接待、そして何より――ライオネルたちが起こした不祥事の示談交渉。 これら全てを「誰でもできる」と一蹴するとは。


「……僕がいなくなれば、パーティの信用クレジットは崩壊しますよ。商会との契約も全て僕名義だ」


「おう。だからなんだよ? 俺たちはSランクだぞ? お前がいなくても、依頼なんて山ほど来るし、金なんて勝手に湧いてくるに決まってんだろ」


 ライオネルは勝ち誇った顔で、残りのワインを飲み干した。 5人の視線が、俺を完全に「不要なゴミ」として見下していた。


 俺はタブレットの電源を落とし、ゆっくりと立ち上がった。 ここまでだ。 彼らの言葉は、完全に俺の許容範囲ラインを超えた。


「わかりました。では、契約解除の手続きを進めます」


「おう、さっさと消えろ。あ、装備と魔導具は置いていけよ? マジックバッグもな。それはパーティの資産だからな」


 俺は無言で、マジックバッグとパーティ連絡用の通信端末をテーブルに置いた。  彼らは俺が泣いてすがると思っていたらしい。 拍子抜けした顔をした後、すぐに全員でゲラゲラと笑い出した。


「へっ、意外と素直じゃねえか」


「今生の別れやな。負け犬~! これからはドブさらいでもしてなはれ!」


「ばいばい♡ 貧乏神!」


 彼らの嘲笑と罵声を背に、俺は個室を出た。


        ◇◇◇


 高級レストランの廊下を歩きながら、俺は懐からもう一台の端末――自分専用の『マスターキー』を取り出した。


「ドブさらいをするのは、どちらかな?」


 俺は立ち止まり、タブレットでパーティの資産管理画面インベントリを開く。  表示されたのは、彼らが現在装備しているSランク級のアイテムリストだ。


 【警告:管理者アドミニストレータの離脱を確認】

 【契約ステータス:更新失敗】


 俺は指先一つで操作を実行する。 コマンドは『全資産凍結フルフリーズ』および『リース契約の即時破棄』。


 彼らが今食べているステーキ代。 スウィートルームの代金。 ライオネルの聖剣。ミレーヌの宝石。ジェットの解析用ゴーグル。ゴングの特注フルプレートアーマー。そして、ヴァルツが着ている、精神安定と幻影付与の機能付き最高級ローブ。


 これらは全て、彼らが自腹で買ったものではない。 連帯保証人である「俺の個人資産」と「管理者権限」を担保に商会から借り受けている『貸与品レンタルアイテム』だ。


 管理人がいなくなれば、信用クレジットは消える。 そして俺のスキル【超管理アドミニストレータ】には、システム管理者特有の権限行使コマンドがある。


 ――『契約不履行に伴う、資産の強制回収アセット・リカバリー』。


 俺は「実行(Enter)」キーを押した。 魔法ではない。正規の手続きによる、所有権の行使だ。


 端末の画面に『転送開始』の文字が浮かぶ。 その瞬間だった。


「ひゃっ!? な、なに!? あつっ! ドレスが……消える!?」


 個室の中から悲鳴が漏れ聞こえる。 ドアの隙間から見えたのは、ミレーヌが自慢げに着ていた最高級シルクのドレスが、赤い警告色エラーコードの光を放ち始めた光景だった。


 ブォン……!


 次の瞬間、ドレスは彼女の体から物理的に剥離し、空間転移によって俺の手元の『亜空間倉庫ストレージ』へと吸い込まれていく。 現れたのは、彼女の派手な化粧とは不釣り合いな、あられもない姿。


「きゃああああ! 服! 私の服ぅ! なんで!?」


 同時に、首元や指先で輝いていた宝石類――経費で買った不正な私物――も、次々と「貸出期限切れ」の判定を受け、パチン、パチンと弾け飛んで虚空へと消えていく。


「いやぁん! ダイヤがああ! 嘘でしょ!?」


 彼女は悲鳴を上げながら、慌ててテーブルクロスを引き剥がして身を隠そうとする。 だが、その表情は恥じらいと、財産を失った怒りで般若のように歪んでいた。


「ふざけんなコラァ! 何しやがった! 鎧がああああああ!?!?」


 さらにパニックは連鎖する。 ゴングの着ていたフルプレートアーマーも、パーツごとに分解され、俺のストレージへと自動回収されていく。


「うわっ! 俺の計算機が! ゴーグルまで転送されていく!」


「ひっ、ひいいい!? ローブが! 私の可愛いお洋服がぁ!?」


 特に酷かったのはヴァルツだ。  まであざとくポーズを決めていた彼女だが、身を隠すローブを失った瞬間、その態度は一変した。 露出した白い肌を両手で隠し、ガタガタと震えながら座り込んでいる。


「む、無理無理無理っ……! こんなの無理ぃ……!」


「おいヴァルツ! 魔法でなんとかしろ!」


「で、できないよぉ……私、自信ないもん……みんな見ないでぇ……ッ!」


 どうやら彼女の尊大な態度は、あの高級ローブに付与されていた「精神安定バフ補正」の効果と、着飾ることで保っていた虚勢だったらしい。 アイテムという支え《OS》を失い、ただの怯える陰キャ少女という「初期スペック」に戻ってしまったようだ。


「俺様の筋肉が剥き出しに!? いや、股間が涼しいぞ!」


 ゴングの怒号と同時に、廊下をドカドカと走ってくる足音が聞こえた。異変を察知したレストランの支配人と、数名の屈強な警備員だ。


「し、失礼いたします! ライオネル様!」


 支配人が個室のドアを乱暴に開ける。 そこに広がっていたのは、全裸の男たちと、テーブルクロスを巻いてキレ散らかす女、そして部屋の隅で体育座りをして泣きじゃくる少女の地獄絵図だった。


「きゃああああ! 見ないでぇ!」


「お、お客様! ただいまカード会社より『信用停止ブラック』の通達が来ました! 直ちにここまでの代金をお支払いください!」


 真っ裸のライオネルは、それでもなお支配人を睨みつけた。


「はあ!? 俺は勇者だぞ! ツケでいいだろ!」


「信用停止のお客様にツケは利きません! 現金がないのであれば、衛兵を呼ばせていただきます! おい、裏口を塞げ!」


「ちょっと!どこ触ってんのよ!」


「ううぅ……ごめんなさい……おうち帰りたいぃ……」


 怒号。悲鳴。ミレーヌの罵声に、ヴァルツの情けない泣き言。 俺が管理していた「装備」と「信用」を失った彼らは、ただの丸腰の、一文無しの変態集団でしかない。 俺の『マスターキー』には、『全資産回収完了』のログが表示されていた。


「せいぜいあがいてくれ」


 俺は少しだけ口角を上げ、騒がしい個室を後にした。 Sランク勇者が、全裸で食い逃げにより逮捕。明日の新聞の一面は決まりだな。


 俺は端末をポケットにしまい、丸めた求人票を取り出した。 こんなこともあろうかと、次の仕事の目星はつけてある。


【急募:管理人兼マネージャー】

【場所:シェアハウス『陽だまり荘』】

【条件:家事全般ができる方。メンタルが強い方優遇】

【備考:住人は全員、少しだけ訳ありの少女です】


 怪しい。あまりにも怪しい。 だが、今の俺には「腐ったエリートの匂い」がしない場所の方が落ち着く。


「……よし、行くか」


そこで待っているのが、国をも揺るがす美少女たちとも知らずに……。

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