茜の中で。
「師匠、今日はどこへ行きますか。」
「今日は、丘の上へ行きましょう。夕日と空が美しく、見える場所があるのです。」
そう言って師匠は先立って、翠緑の地平へ踏み出して、鳥の落とした影の跡を辿って行く。
「その丘はどこにあるのですか。」
「太陽が青をかき消して、宵空が茜と混じるころ、きっと辿り着くでしょう。」
緑の残り香が鼻をかすめる。今にも溶け出してしまいそうな、澄み切った空の境目と、仄かにけむる地平線の、そのさらに向こう側。呼び声すらも聞こえてきそうな、そんな遥かな世界の果てへ、私は師匠と共に歩んでいく。
「さあ、着きましたよ。」
赤く燃える空が、目前に煌々と広がる丘に、私たちは立っていた。他の何一つ、許さないような気高い緋色が視界いっぱいを埋め尽くす。
「まるで、燃えているようですね。」
西空を見て、私が呟く。
「太陽が、大輪の華を、咲かせる時です。」
茜空を見て、師匠が言う。青い瞳が、この時だけは、燃えるように潤んでいた。
第二版
「師匠、今日はどこへ行きますか。」
「今日は、丘の上へ行きましょう。夕日と空が美しく、見える場所があるのです。」
そう言って師匠は先立って、翠緑の地平へ踏み出して、鳥の落とした影の跡を辿って行く。
「その丘はどこにあるのですか。」
朝日を背に、私は尋ねた。
「我々が太陽に追い越される頃、きっと辿り着くでしょう。」
緑の香が鼻をかすめる。リンと音が鳴りそうな、澄み切った空の境目の、仄かにけむる地平線の、そのさらに向こう側。呼び声すらも聞こえてきそうな、そんな遥かな世界の果てへ、私は師匠と共に歩んでいく。
「さあ、着きましたよ。」
赤く燃える空が、目前に煌々と広がる丘に、私たちは立っていた。
「まるで、燃えているようですね。」
西空を見て、私が呟く。
「貴方は、そう見えますか。」
硝子の瞳を、真っ赤に染めて、師匠は聞いた。
「はい、そう見えます。」
答える私に、師匠は言う。
「貴方の心の情熱は、眩いほどに燃えているからでしょう。」
ふと、師匠の影が、燃える赤に削られて、消えてしまうように見えた。それがとても恐ろしくて、宙から落ちる心地すらして、私は、必死に言葉を紡いでいた。
「師匠はどう、見えるのですか。」
師匠は、緩やかに瞬きを一つ。そしてその、赤く染まった瞳で僕を見た。
「私には、流れ落ちたように見えるのです。世の無数の夢たちが、辿り着いて、積み重なって、この茜はできていると、そのように見えるのです。」
いつも通りの、優しい微笑みが、茜色に染まっていた。
「なら師匠のお心は、これまでの沢山の夢が、集まってできているのですね。」
燃える情熱に浮かされて、ふとついて出た、言葉が一つ。師匠は微笑みを深める代わりに、私の頭をくしゃりと撫でて、
「良い弟子を、持ったものです。」
茜に溶けいるような声で、仰った。すると途端に、影が離れ、私は宙に浮かんでいた。
「怖くはないですか。」
師匠が私に尋ねた。二人で茜に包まれて、緑の大きな地の上を、鳥のように飛んでいた。
「師匠の魔法なら、怖くないです。」
私を包む師匠の魔法は、日の下で干した後の、温かな布団の温もりがする。
「ならばこのまま、帰りましょうか。」
燃えるような西空の、深く積もった茜色を、背にして紺碧が流れ始める空を目指し、私たちは遠く、飛んでいく。
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