夢の音が。

 鳥の歌が聞こえ始め、風が花びらと戯れる頃。ガラスの欠片のような小さなちりに、陽光が散らばる、澄んだ空気が満たす空。細いペン先が紙片をなぞり、黒いインクが言葉に変わる。

「今日も筆が進んでいますね。」

 師匠は毎日、その日見た夢を、その日見た事を、書き記している。どこか知らない所では、それを日記というらしい。それでも師匠が言う事には、それは、日記というには拙いらしい。

「零れる前の儚さも、零れた後の美しさも、遺すからこそ意味があるのです。」

「貴方はどんな夢を見ましたか。」

 朝食の席で、師匠は毎朝、私に尋ねる。固く酸っぱい黒パンを、柔い苦みの薬草茶で丸く包んで、飲み干して、私は答える。

「私は、花畑にいる夢を見ました。」

 またある日は、

「嵐から逃げる夢を見ました。」

 またある日は、

「薄氷の上を歩く夢を見ました。」

 またある日は、

「師匠と歩む、夢を見ました。どこまでも、どこまでも。」

 師匠は、朝日のように眩い瞳で、

「花畑は、誰が為に咲きほこるのでしょう。」

 師匠は、夜空のように静かな声で、

「嵐は、一体、何を恐れているのでしょう。」

 師匠は、風のように柔らかな笑みで、

「薄氷の下は、どれほど安らかなことでしょう。」

 師匠は、その温かい手で、僕の手を包んで、

「私の役目は、貴方を導き守ること、そして貴方を一人にしないこと。貴方の夢の中で私が、支えになることを願っています。」

 紡ぐ言葉が、心に触れて、リンと澄んだ音をならした。満天の星の間を駆ける、列車のベルの音がした。

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