白目の侵入者と風呂場の幽霊

@D29

第1話 侵入者

外は肌寒くなってきた11月の初旬。

街路樹の葉は赤や黄に染まり、乾いた落ち葉が風に舞う。ガタッ、ゴトッ――静かな夜の街に、不意に物音が響く。


窓の外からひょいと忍び込む影。細い体を屈めて部屋に滑り込んだのは、一人の女の子だった。


「誰も居ないよね……」

愛奈は小声で呟きながら、周囲を慎重に見渡す。暗闇に紛れた部屋の中は、物が散乱していて、足元さえ油断できない。


「ごめんなさい、悪いことだってわかってるんです。ただ、ちょっとお風呂借りたくて」


20歳の無職、神崎愛奈――高校を卒業してから苦手な家を離れ、社員寮で暮らしていた。だが不況の煽りで会社は倒産。社員寮も追い出され、帰る家もないまま街を彷徨う日々を送っていた。これまではネットカフェでしのいできたが、残金も底を尽き、今は完全に無一文。


「うわ、何この臭い……男の人の部屋?」

愛奈は鼻をつまみながら顔をしかめる。男性特有の匂いが、部屋に染みついていた。


電気はつけられない。暗がりの中で目を凝らすと、家具や衣類の輪郭がぼんやりと見えてきた。慎重に歩を進め、愛奈はお風呂場を探す。


洗面室と浴室はさらに暗く、月明かりすら届かない。

「流石に暗すぎて見えないわ……」

愛奈はスマホのライトを点け、洗面室を照らす。


積み上げられた洗濯物の中には、男物のパンツや下着が混ざっている。眉をひそめながらも、お風呂場に辿り着いた。


「ん……案外、綺麗ね」

少し安堵して、愛奈は胸を撫で下ろす。お風呂の湯張りボタンを押し、バッグから下着を取り出して用意を始める。


「早く沸かさないと……帰って来たらまずい」

慌ただしく作業を進める中、バッグからカラコンが転がる。


「あ、ハロウィンで使おうと思ってたやつ」

愛奈は白目になるカラコンを手に取り、長い髪を前に垂らして鏡の前で装着する。幽霊のコスプレをするつもりだった。

倒産のせいで予定が狂ったけれど、愛奈は小さく溜息をつく。


「怖っ……」

鏡に映った自分の顔を見て思わず後ずさりする。


ピロリン――

「お風呂が沸きました」


浴室から聞こえた機械音に、愛奈の胸はドキリと跳ねる。慌てて服を脱ぎ、湯船に体を沈める。久しぶりの温かいお湯に、思わず長湯してしまう自分に気付く。


――カツン、カツン。


窓の外から、確かに足音が聞こえた。

「やばいっ、帰って来た……?」

愛奈は慌てて湯船の中で体を縮める。夜の静寂に混じる足音が、恐怖と緊張をさらに引き立てる。

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2026年1月1日 12:00 毎日 12:00

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