Chapter #0001 First Battle with "Good" Enemy / Segment 1 名乗り・シテ(主役)

「ワイバーン2、ドラゴン1、高速接近中。隊長、戦闘開始を要請します」


小雨の梅雨の夜2時半、自動運転中の小型バイクの上で目を閉じて坐禅しながらそう呟いてメッセージしたのは、黒装束に身を包んだウサギ人16歳女性、名はコンプレット。身長133cm、体重36kg、体脂肪率20%。小柄だが筋肉量に裏付けされた俊敏が持ち味。毛並みは光沢ある黒。垂れ耳。ボブカット。


「マジかチビクロ。商隊相手に光学ステルス魔法、しかもドラゴンだと? あいつらは都市しか襲わんぞ」


そう言ったのは、巨大オフロードバイクにまたがって甲冑着込み太刀はき脇差さした栗色の毛のオオカミ人18歳女性、名はマルゲリータ。身長193cm、体重102kg、体脂肪率18%、筋肉モリモリだが健康を保つために必要な脂肪までそぎ落とすような阿呆ではない。後ろで結っているロングヘアが風にゆれる。


「神通アクティブレーダー解析を使用してください」


「えっ? アレ軍の技術だからめっちゃ使用料かかるんだけど……流石に裏のないチビクロの思いつきで使えないよ」


「費用は私が出しますから早く!」


「ヨシキタ! 流石話が早い。じゃぁ、チビクロ様のおごりで……」


マルゲリータの前に索敵ドローンのモニターが宙空に低輝度で光った。マルゲリータはささっと操作する。


「ポチッとな……お手柄! 東西からワイバーン1ずつ計2、北からのデカブツ1は解析不能、すべて距離約500m! お前どういう探知能力だよ! 戦闘開始! 南は崖、美しい包囲……いや……」


マルゲリータが一瞬迷うと、コンプレットはハキハキと進言した。

「まだ包囲ではなく、各個撃破の好機」


マルゲリータは『まだ包囲』だけでピンと来た。

「ソレダ!」


即座に愛用の巨大オフロードバイクを転進し叫んだ。

「各個撃破は王道! 先に弱いのから叩く! 拙者は西に行く、チビクロは東に飛べ!」




マルゲリータは最適経路という名の道なき道をオフロードバイクで疾走する。


向こうも近づいている、会敵予想タイムまで13秒。真っ先に警護対象の商隊に状況を打電、停車とステルス、対ドラゴン防御を指示。神通レーザー砲のキャパシタに充電を開始。ワイバーンは既知の敵なので目標部位をAIに先行入力、狙うは左翼の骨、頭や胴体は防御魔法が強い。すべてブレイン・マシン・インターフェースで迅速にやる。


(頭隠して音隠さず、対空ソナーで距離200、砲身追尾開始! お主の火炎魔法のレンジはせいぜい30、お主がいくらすばしこかろうとアウトレンジからの光速兵器からは逃げられぬ)


なおも接敵する。


(距離100、あの高さなら頃合い。神通アクティブレーダーでロックオン。落として斬る! 神主さんにノンノンしてもらったレーザーを味わえ!)


0.07秒で砲身長1.5mの砲身が正確に狙いを定め、ワイバーンの翼との間にうっすらと途切れ途切れに輝く青の点群を瞬時に浮かばせた。近赤外1.06μm直径2cmレーザーでプラズマ化した雨滴が描く刹那のひかり。


ワイバーンの前で防御魔法陣がきらめくが、到達した光子が紡錘形に輝く梵字入り呪符となって回転しながら穿つ、1マイクロ秒にも満たぬ攻防。眩しい閃光とともに高周波の音が鳴り響く。


イィパキィン!


レーザーは魔法陣を突破、瞬時にワイバーンは翼を支える骨を射抜かれ5秒かけて脚部から落下、どずうん。


目視できなかったワイバーンの体が七色に光り出す。回復魔法だ。

「たわけ! 丸見えだ!」


その間もバイクで接敵していたマルゲリータは抜き身の太刀を上段に構えつつバイクからワイバーンに飛びこんだ。

「南無八幡大菩薩ゥーッ!」


マルゲリータが叫ぶ間に甲冑から太刀へ輝く無数の文字と記号が高速移動、気の配置によるコントロールで甲冑の神通力をすべて太刀に集中、太刀のタングステン高エントロピー合金の刃が加熱され赤い光を帯びる。その輝きは赤から黄色、そして白へ。

マルゲリータが太刀を振りおろすと自由落下にトルクがかかる。


青白く輝く高温の刃が派手に上から下に高密度神通力の呪符をきらめかせながら『肉』を強力な防御魔法陣ごと唐竹割りだ。ワイバーンのボディの重ねがけされた防御魔法を割るシャンという音が連続する中に、ズグゴッと骨と肉を絶つ音が混ざった。


着地するとチタン合金コンポジット甲冑がキンキンと音を立てて踊り、束ねた髪が舞った。マルゲリータは即座にヒュッと太刀を振って付着した物を落とす。


ワイバーンの亡きがらが、ずうんと音を立てて倒れた。


闇夜の中で刀身が光を弱め、音は小雨が葉を打つ音だけになる。肉が焼けた香ばしいかおり。


太刀の加熱部を10秒かけて強制冷却。マルゲリータはワイバーンの骸を細目で見つめた。

「明日の我が身よ、恨んでよい」


そして目を閉じながら息を吐けるだけ吐き、少し息を止め、体の力を抜いてゆっくりと息を吸い柔らかく目を開けた。


慈愛を込めて丁寧に太刀の様子を見ながら5秒かけて専用布で清め、目を閉じ納刀する。本格的な手入れは戦のあとだ。


バイクは自律待機していた。マルゲリータは、優しい目で微笑みながら1秒で流れるように砲身を愛しみ込めてすっと撫で座席をポンポンと軽く叩いて労ったあと、バイクにまたがってくわっと目を開けてクライアントの商隊を目指した。


*****


もう1つのワイバーンは商隊を目指していた。強い上司と美味しい鴨葱をいただきに行く夜のピクニックだったが、闇夜のなか気配が飛んでくるのを感じた。速い、速すぎる。だが気配は風を切る音さえ立てない。殺気が感じられない、敵なのか? ワイバーンが躊躇をしたその時。


空よりも黒い影がワイバーンの頸動脈を正確無比に切り払った。


やはり無音。ワイバーンに痛みはなく、なにが起きたのか分からぬまま頸からの大量失血で意識を失い錐揉み墜落、血液の螺旋が空に広がる。悲鳴さえなく頭から落地、頸椎損壊、絶命、苦しむ余地さえない。血の雨が地面をバチャバチャッと叩いた。


*****


コンプレットは地上に降りて土を踏み、亡きがらに手を合わせた。

「どうか安らかにお眠りください」


霧雨は生者と死者を隔てない。遠雷が景色を微かに光らせる。コンプレットは血と土の香りを強く感じて鼻をスンスンと鳴らした。そして2秒ほど目を閉じて瞑想し、この場を魂に刻みこむかのように全身全霊で感じきった。


(そうか、生まれて初めて我が手で意図して一つの命を取っても私はゆるがない……いや、ゆるぐことができないのか)


遠雷の音がようやく届いた。彼女は商隊へ飛んだ。




マルゲリータが商隊に戻ったときにはコンプレットは坐禅をしながら待っていた。

「チビクロ、首尾は?」


「あとはドラゴンだけです」


「拙者より早くワイバーンを片付けたか。やっぱできる子じゃん、不遇だったな……チビクロ呼びはやめるよコンプレット。さて、ドラゴン討伐の先行事例はギルドどころか軍にもない……我らが最初となる! たぎるたぎる」


マルゲリータは両手の拳を打ち付けあって修羅の愉悦に満ちた笑みを浮かべた。コンプレットはそれを見て慈愛に満ちた顔をした。


商隊の警備隊長ゴリラ人男性が問う。

「どうなりました」


マルゲリータは彼の前にウィンドウを展開。

「既にワイバーンを2取り、西に1東に1の骸。ドラゴンと推測される正体不明のデカいのは北から攻めてきたが東へ移動した。そちらの状況は」


警備隊長はザッと音を立てて敬礼した。

「ドラゴンブレスに備え神通耐火フィールド展開中、更に広範囲に魔法探知遮断フィールドも展開中であります」


マルゲリータは頭を下げた。

「最適です、ありがとう。だが神通消費が激しい、早くカタをつけます」


コンプレットは目をつぶり坐禅しながら冷静かつ優しい声で言った。

「ドラゴンはワイバーンの骸を検分中。我が手にかかったものの検分を終え、ここを南へ迂回し西へ」


マルゲリータが自らの前のウィンドウを見つめる。

「光学ステルス魔法は切っているな。無駄だと判断したのだろう。西で止まった。ワイバーンの骸と同座標……少し周囲をうろうろしている。でもドラゴンが商隊いびりするか……都市を襲撃して軍と交戦した例はあるけど総指揮官としてだし、ギルドには交戦記録そのものがないはず」


コンプレットは飄々と言った。

「私の初陣に挨拶にきたのかもしれませぬ」


マルゲリータは笑った。西での交戦を決め、商隊に東へ逃げるよう打電。

「はは! 面白いなコンプレットさんてば、こんな時に冗談かよ。初陣ってマジ? 嘘だろ? まぁいい、西へ打って出よう! 商隊の装備じゃドラゴンには無力。二人でシンガリだ、後ろに乗れい!」


20秒も経たずにコンプレットとマルゲリータは濃霧に出くわした。マルゲリータが顔をしかめる。

「この霧、アレか」


サンプルを解析すると鏡状の氷だ。

「これは吸うな。バイクの神通でクリアしながら進む」


すぐに視界がほぼゼロになった。霧というより積乱雲の濃度である。バイクの赤外線/Cバンド電波ハイブリッドセンサーはゆっくり回避動作している巨体を捉えている。


意図して敵と異なる方向に弱い試し打ちをして、その減衰を解析しレーザーがそれに到達することは不可能であることを確認した。


「よし『鏡霧』を引き出した! 確かにレーザーはあれに弱い。最大出力の10kJでも通せない。近ごろのあいつらは科学に強い。鏡霧は遣われ始めてまだ一年も経っていない、アレにやられた冒険者もまだ少ないが、拙者は鏡霧状態ではかえって実弾が有効なのをグリフォン戦・キメラ戦で実証済み。いまどき実弾なぞ遣う者は、向こうもこちらを見えていないことを分かっている者だけだ。相手はドラゴン、ジャベリン・プラスをケチらないで全弾行く。赤字覚悟の大サービス、最大火力で飽和攻撃だ。こちらはハイブリッドで照準、着弾までの誘導はバイクのAIと神通通信、念のために暗号化もする。ジャミングされるやもしれぬ、誘導弾の自律AIにヤツを学習させる。西洋の書物ではドラゴンの弱点は心臓。三発は心臓を、二発は頭を狙う」


バイクのクッション格納部から5つの多目的誘導弾を取り出し、バイクのAIとリンクさせてからスイッチを押す。神通光学ステルスをかけて目標座標を先行入力、自律神通移動で1分かけてドラゴンを東西南北と上から距離100mで包囲。ソフトローンチの進化形だ。

「すべて距離約100、AIリンク良好・自律AI学習量安全率すべて1.25突破」


ディスプレイでそれらを確認したあと、挙げた右拳を鋭く振り下ろした。

「てーッ!」


5つの砲弾のロケットエンジンが火を噴き、神通通信による誘導が開始された。こうなると神通ステルスは意味がないので自動的に切れる。同時にドラゴンの方角で金色の光が輝き、ディスプレイが多少時差しつつ赤い四角を5つ映した。


「全弾コントロール不能! やはり神通通信はジャミングされた。砲弾の自律AI頼みだ、ダメかもしれない。商隊が退避する時間稼ぎ、接近戦に移る……コンプレット、どうする? 商隊を警護するか、拙者とともにシンガリか」


コンプレットはにこにこと無言でバイクの後部座席に乗った。


マルゲリータが自分の頭をツンツンしてニヤリと笑う。

「そんなに死にてぇのか、頭おかしいんじゃねぇの?」


コンプレットはふわあとあくびを真似た。

「ようやく前座が噺を終えましたね。悪いけど退屈でした」


マルゲリータもシートに座る。

「ドラゴンだ。二つ目じゃねぇ、真打ちのトリだぞ。分かっているよな?」


ドラゴンの方角で七色にきらめく呪符と魔法陣が5つずつ重なって0.1秒で15m大まで広がり、バイクと二人を照らす。

「三遊亭圓生を期待してよさそうですね。名人の独演会……早く聞きに行きましょう」


遅れて激しい爆発音が二人に到達する。

「ああ、きっと死ぬほど聞き惚れるぜ」


互いが霧雨に濡れてバイクのライトを反射している。雨滴の音は静寂よりも静かだ。二人は二秒ほど見つめあった。


タンデムなのでコンプレットはマルゲリータに抱きつき、腹に腕を回して右頬と右耳を背中に押しつけた。


マルゲリータは座り直して死地へとアクセルをひねった。




ドラゴンは鏡霧でよく見えないが、ハイブリッドセンサーが相互の接近をディスプレイに映す。距離50mでドラゴンの方面が蒼く光り、その前方が凍てつき始めた。木々がバキンバキンと音を立て凍裂し、地面が凍結しひび割れる。マルゲリータの周囲で防御結界の呪符がオレンジ色にきらめく。ディスプレイにAIの推測が表示される。マルゲリータはコンプレットに説明する。


「未知の魔法、分子の振動を低減させている。レーザーの神通冷却と同じだが規模が桁違いだ。バイクの神通加熱で相殺中……寒くないか」


「むしろ心が熱いですね」


「上等!」


あっという間に距離25m以下になり、鏡霧を抜けた。バイクのライトで照らせばドラゴンは金色の鱗がかなり煤けている。


「当たったがけなかったか。とにかく間合いに入った、太刀でいく! こいつの神通密度は使い捨ての弾頭とは桁が違うぞ!」


そうマルゲリータが言ったとき、コンプレットはバイクの後ろではなくドラゴンの横、頸のそばに居た。菩薩の笑みであどけない声で言う。

「まずはご挨拶」


コンプレットがドラゴンの頸を真っ黒な両腕で三角に切り抜いた。それは正確に頸動脈をとらえた。


マルゲリータは驚愕しかない。

(速い! どう移動した? 軌跡が見えなかった! これが『黒き稲妻』の実力か!)


コンプレットは素早くドラゴンの背後に立った。まだ気を抜かない。

(これ相手に私は微塵の焦りすら起きぬか、貧しいな)


ドラゴンが好々爺の笑いを浮かべ、掌だけをコンプレットに向けた。

「ほっほっほっ、素敵なご挨拶じゃ。こんばんはウサギさん」


寒冷魔法も停止された。ドラゴンはずいぶんとぼけた声だ。

「もうよい、やめじゃ……神が儂を汝等に差し向けた理由、汝に教わったのう。汝『転移』したな? 転移の魔法くらいは儂にも使える。だが汝のごとく素早く格闘戦で器用に精密に使うことはできぬ。本質的な違いがある」


そして己の首の切り取られたところを撫でた。全く出血していない。だが、切り取られた部分は浮いていて、コンプレットの腕の太さの隙間がトライアングル状にできていた。血液は隙間を本来の経路で流れている。


マルゲリータは驚きのあまりまばたきができない。

(やはり不死なのか?)


「それとこの傷……痛くない。よい切れ味の手刀だ、褒めてつかわす。隙間ができておる、手刀の軌跡を虚無化したな? 科学でもなければ魔法でもない力……悟り……宇宙と、あるいは絶対無限と一体になり、有と無を合一させた者だけがもつ力。転移も探知能力の高さもそれで説明できる。これは新たな脅威。まことに声の通った名乗り上げ、要諦のまとまった分かりやすい挨拶」


そして目を閉じて上を向き、顎の下に人差し指を当て上下させた。

「儂が把握しているアクティブな悟った者は三人。一人は汝の国で賢者と呼ばれ、もう一人は丞相を務め、もう一人は煉獄に住まう変わり者のグレーターデーモンだ。みな、このような些事に関わる者ではない。東で儂の部下の頸はねたのは汝だな?」


ドラゴンの頸の切り取られた部位はシュウシュウと湯気を立てながら隙間が塞がれ癒えていく。奥から外へ肉が、ついには金色の輝かしい鱗が。


その様子を見て、コンプレットは菩薩の笑みをやめ、目を輝かせた。ゆったりした口調に愉悦が滲む。

「こんばんは、ゴールデンドラゴンさん。素晴らしいご見識、挨拶が通じると嬉しゅうございます。東のワイバーンさんの下手人も当たりですよ」


ドラゴンとコンプレットは頭を下げて一礼し『挨拶』を終えた。


ドラゴンはマルゲリータを横目で見た。

「やはり『兜割り』か。ワイバーンの翼の骨を神通レーザーで射抜き、落ちたところをその太刀で……断面が焦げていた、かなりの高温、これはお主のみの特徴。レーザーを鏡霧で防げばアサルトライフルや対戦車砲弾……鏡霧の魔法授けたグリフォンやキメラを落としたのと同じ手口。儂はそれは知っておったが誘導弾で飽和攻撃は初めてのケース、苦労したぞ。汝には我らの手勢15以上は取られておるゆえ、儂は汝を多少知る……だが『頸刎ね』は初陣であろう、強かれども噂も聞かぬ」


マルゲリータは嬉しそうに太刀をチャッと上段に構えた。

「ジャベリン・プラスを5発喰らってそれか。やはり魔法防御をかねば。神通密度が物を言う、これしかない」


コンプレットはのんびりだ。

「ご明察、初陣です」


ドラゴンの傷は本当に何の痕跡もなく癒えた。科学では不可能なことだ。彼の右手で魔法陣が輝きだした。

「儂の名はメロン。フルーツ神の3つの側近のひとつ。汝等の名は?」


「拙者はマルゲリータ」


「私はコンプレット」


「汝等のこと、神に報告するゆえ帰還する。いま戦っても儂が勝つ確率が計算できぬ。マルゲリータ殿の太刀は当たらなければどうということはないが、コンプレット殿は全力出したかどうかすら分からぬからな」


その言葉に一番衝撃を受けたのはマルゲリータだった。

(コンプレットは、これだけではないと?)


「生死を賭けて戦うなら9割の勝率が欲しい。儂はこれでも希少人材でな、管理職で部下の信頼も篤い。ここでやられては儂が楽しくても神が困ってしまう、管理職の悲しみだ。さてどうしたものか、部下を使い潰しながらコンプレット殿のデータを集めるべきか、それは命の無駄な浪費か……まぁよい。いまはさらば」


コンプレットが優しくのんびり語る。

「メロン様が神と呼び、ケモノが魔王と呼ぶお方、私は神の一柱と心得、賢者アイスも同じ解釈。私は賢者の弟子、いつか神のお目にかかりたい。そう神に伝えられよ」


ドラゴンが驚愕する。

「なんと解像度が高い! そのために我を逃すのか、我は伝令か」


コンプレットは楽しそうだ。

「否。逃亡するモンスターへの追い討ちはギルドでは御法度ゆえ。徳よりも業が増えてしまうと言われておりまする」


ドラゴンは大笑い。

「がっはっは! 業を気にするようでは儂と戦えぬぞ」


コンプレットは目をキラキラさせた。親友ができたような喜びに満ちている。

「然り、然り……徳だの業だの、タマぁ取りあういくさ場で無駄に賢しゅうございます」


ドラゴンが掲げた右手で一対の魔法陣が激しく輝き、膨大な魔力を共鳴・増幅させる。科学であれば理論上、座標転移には無限大のエネルギーが必要である。


その魔法陣の七色の光を、ドラゴンの金色の鱗が反射させて梅雨の滴を照らし周囲を不規則に輝かせる。


(なんと美しい景色だ。これが上位存在ってヤツか)

マルゲリータは息を飲んだ。


「さて惨めに逃亡じゃ……大事な部下を、戦友を、二人やられて敗走。今はそれでよい」


ドラゴンは去る前にコンプレットをぎろりと睨んだ。

「また会おうの」


コンプレットは、その語気の強さを心底愉快に感じたので、素直にそういう顔になった。それは菩薩でも修羅でもなく、力みのない幼児のような柔らかな笑みだった。

(嬉しいな)


ふっとドラゴンも似た表情になった。お互いに通じたものがあった。


ひときわ明るく輝いてドラゴンは転移、あとには濃い闇と小雨が鳴らす木々の音だけがあった。


さああぁぁ……




マルゲリータはあっけにとられたが、右肩を鳴らし左肩を鳴らし、大きく息を吐いて軽く吸った。ジャベリン・プラスの硝煙がまだ香る。

「戦闘暫定終了できるか、探知してくれ。今回なら神通アクティブレーダー使うべきだけど、コンプレットどのに見てもらえれば節約できる」


コンプレットは鼻をスンスンと鳴らしてから微笑んだ。

「もう大丈夫ですが……」


マルゲリータは嬉しそうに叫んだ。

「いえ~い、金貨0.5グラムぶん浮いた! 戦闘、暫定終了~!」


この世界の金1グラムは現実世界の日本円1万円程度と思っていただきたい。


バイクのAIがアラートを鳴らす。マルゲリータは苦笑した。

「あっはっは、やっぱダメか〜。ログ取ってるしちゃんとしないとな」


ドローンを打ち上げて神通アクティブレーダーを使う。ディスプレイが緑色に光る。マルゲリータはぼやいた。

「はいはい、コンディショングリーン。戦闘暫定終了!」

コンプレットも復唱。


マルゲリータは顔をほころばせながら戦闘暫定終了を商隊に打電した。

「いやー、取れなかったけどドラゴンを撃退し、新しい膨大なデータを入手した。高値で売れるぞ~! ワイバーンの骸も大金だ! 拙者は借金を少し返して焼肉食べたい! ああお肉……合成じゃないお肉が待っている……あっ、コンプレットどの、あなたは拙者より強い! クラスAじゃあんまりだ。とりあえずSにするようギルドに伝えるよ」


コンプレットは年相応の笑顔になった。

「ありがとうございます。私は初陣を勝ちおさめ、ワイバーンの首級をあげました。私はいま・ここにあります」


マルゲリータは真面目な顔になった。

「コンプレットどの、業をチェックだ。モンスターを倒すと徳も積まれるが業も深まる」


そう言ってマルゲリータはスマートウォッチに触れた。宙にウィンドウがきらめく。

「おお、徳+131で4315、業+158で158……バカな! 業の増え方が多すぎる! ふつうワイバーン単体で30とかだぞ。100を超えたら電車は先頭車両にしか乗れん! コンプレットどの、チェックしてくれ」


「徳+155で5319、業+301で301……ケモノ一人殺しても業は+200程度のはずです。このままだとデパートどころかスーパーにもコンビニにも入れません。私と隊長の違い……得物の違いと、ゴールデンドラゴンに何をどれくらいしたか、ですね」


「あれが……あのドラゴンがそれほどの善なる存在だと?」


「神の側近と名乗るだけはあります」


マルゲリータは動揺した。

「我らだけの問題ではない」


コンプレットは落ち着いた優しい表情だ。

「まずは商隊のみなさまだけでも」


マルゲリータはキリッとした。

「即座に帰還、商隊のみんなに報告! 即座に業チェックさせるぞ! コンプレットどの、後ろに乗ってくれ」

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