それは君がくれた呪い
上貝 颯空
それは君がくれた呪い
「王太子殿下。少々お時間よろしいですか?」
金曜日。一週間が終わった学生達の多くは友人達と遊びに出かける。
斜陽が差し込むこの廊下も、今は私と殿下しかいなかった。
「ああ、構わないよ。少し場所を変えようか」
よそ行きの笑顔を浮かべた殿下が私を先導する。
私の大好きな太陽のような笑顔では無いけど、この笑顔もかっこよくて好きだ。
ちょろすぎる自分に軽い嫌悪を覚えつつ、私は殿下の後ろを歩いた。
私の幼馴染で、私の大好きなラルク殿下。
今日、この想いにケリをつける。
ことの発端は一週間前の夜。
父の書斎に呼び出された時のことだ。
◇◇◇◇◇
「リリシャ、お前の婚約が決まった」
父は書類から顔も上げずにそう告げた。
私の返事を聞くこともなく退室を促されたので、カーテシーをしてその場を離れる。
淡い照明に照らされた薄暗い廊下を一人歩きながら、これまでのことを振り返った。
正直、親ガチャには失敗したと思ってる。
父は私のことを政略の駒としか思ってないし、母は外に愛人を囲って帰ってくることすら稀だ。
乳母からの愛のみで育った私は、人を愛したくて、人に愛されたかったのだと思う。
だからラルクと遊ぶうちに、ラルクに親愛の情を向けられるうちに、彼のことを好きになってしまったのだろう。
国内の情勢上、彼と結ばれることはないというのに。
私はラルクとの結婚を諦めていたつもりだった。
でも心のどこかで、私の思う通りになってくれると思っていたみたいだった。
それがさっき、完全に潰えた。
つらつらと考えているうちに私の部屋に着く。
無駄に広い部屋の真ん中にあるベッドにぼふんと倒れ込んだ。
もう寝よう。
そう思うのに、一向に睡魔はやってこない。
頭の中で思考だけがぐるぐる回って、どんどん頭が冴えてくる。
結局一睡もできなかった。
◇◇◇◇◇
一週間ずっと考えて、私はラルクに思いを伝えると決めた。
婚約するからって、はいそうですかとさっぱり諦められる訳がない。
私は彼に告白することで諦めようと思ったのだ。
ーーというのは建前。
忘れられたくなかった。
ただの幼馴染で終わりたくなかった。
私のことをずっと覚えていて欲しかった。
自分勝手で、まるで呪いのようだなとすら思う。
でも、私だけがこんな辛い思いをするのは許せなかった。
ラルクの背を追ううちに、王族専用サロンに辿り着く。
中に入ってラルクは人払いを命じ、残ったのは私たちを幼少期から知っている者だけだ。
「聞いたよリリシャ。エルダ侯爵令息との婚約、おめでとう」
「ありがと。エルダ侯爵令息とはまだ会ったことがないのだけれど、仲良く出来ればと思っているわ」
「そうなんだ。彼は良い人だよ。きっとリリシャのことを大切にしてくれる」
そういえば、婚約者の名前すら知らなかったなと思う。
かなりどうでも良かったし、今もどうでも良い。
軽い緊張感を覚えながら、私は口を開いた。
「あのねラルク。あなたに伝えたいことがーー」
「ちょっと待って。僕も伝えたいことがあるんだ。ラフィリア、おいで」
「はい、殿下」
ドアの向こうーーサロンの外ではなく、奥へとつながる扉の向こうから、女の声がした。
制止する間もなく、扉が開かれた。
「紹介するよ。彼女はラフィリア・ルエル。私の婚約者だ」
「お久しぶりです、リリシャ様。つい先日、王太子殿下の婚約者に選ばれました。仲良くしてくださいませ」
この後のことは何も覚えてない。
気がついたら夜になっていて、パジャマ姿でベッドに座っていた。
何も考えたくなくて、毛布にくるまって横になる。
今度は泥のように眠れた。
次の日に、婚約者との顔合わせがあった。
「初めまして、ロベルト・エルダです」
「ご機嫌よう。リリシャ・フェーレと申しますわ」
エルダ侯爵令息は、落ち着いていて優しそうで、ラルクが言っていたように良い人そうだった。
恋愛感情を持てるかは分からないけど、まあこの人なら結婚できるかな?という感じ。
彼は私のラルクへの気持ちに気づいていたらしかった。
というか有名だったらしい。
「リリシャ嬢が王太子殿下のことを好きとか、逆だとか…真偽は定かでないものが多かったですが、一個上の私の耳にも入るくらい有名でしたよ」
エルダ侯爵令息は政治には疎いらしく、私とラルクが婚約するものだと思っていたらしい。
…我が家は国内で最も力が強い公爵家だ。
これ以上フェーレ公爵家の力を強めないよう、私とラルクは絶対に結ばれない。
「…そうね、わたくしが殿下のことを好きだったのは事実よ。今は…分からないけれど」
昨日までは確かに好きだったはずなのに。
今はラルクのことを考えると、胸がぐちゃぐちゃになって、苦しくなる。
「そうですか…。一度、話してみても良いかも知れませんね。後悔してからでは、遅いので」
寂しさと後悔を滲ませてエルダ侯爵令息は笑った。
彼はなにか、伝えずに後悔したことがあるのかも知れない。
「そう…よね、話すべきよね」
口ではそう言ったけど、到底ラルクと話せそうではなかった。
このままラルクと疎遠になってしまうのも良いかも知れない。
そうも思った。
◇◇◇◇◇
「フェーレ嬢。このあと少し、時間をもらえるかい?」
機会は向こうからやってきた。
ラルクが話しかけてきたのだ。
ラルクの隣にはラフィリアが居て、胸がぎゅっと締め付けられる。
諦めようと思っていたのに。
「…構いませんわ。このあと用事がありますので、手短に済ませてくださいませ」
ラルクが連れてきたのは、やはり王族専用サロンだった。
入り口でラフィリアと別れ、私たちは中に入る。
「…ラフィリア様は一緒じゃないのね」
「ん?ああ。みんなの前で婚約者じゃない女性に声をかけるなら、ラフィリアも居た方がいいかと思って連れてきただけだよ」
婚約者じゃない女性。
その言葉に泣きたいほど悲しくなる。
「今日は何で呼び出したの?」
「…リリシャに、伝えたいことがあったんだ」
そこでラルクは一拍置いた。
「リリシャって、僕のこと好きでしょう?だから、僕の愛人になって欲しいんだよね」
…は?
「君にとっても悪い話じゃないだろう?僕が大切にするのはリリシャだけだよ」
ラルクは何を言っているのだろうか。
彼はこんな男だったか?
「ね、どう?愛人でも僕と一緒に居られるんだよ?嬉しいでしょ?」
私の中で何かがブチンと切れた。
「ふざけんなっ!」
思わずラルクの頬を平手打ちして、そのままサロンを出る。
入り口で待っていたラフィリアが驚いた顔をしていたけど、どうでも良かった。
私は廊下を足早に歩きながら、どんどんと溢れてくる涙を袖で拭う。
怒りと悲しみでどうにかなりそうだった。
あんな男を今までずっと好きだったなんて馬鹿みたいだ。
怒りと悲しみのやり場として。
あるいは、胸にぽっかりと空いた穴から目を逸らすために。
ラルクを呪ってやりたいと思った。
◇◇◇◇◇
リリシャに張られた頬がじんじんと傷んだ。
そっとサロンを覗き込んだラフィリアが、うずくまる僕を見て慌てて駆け寄ってくる。
「本当に言いましたのね。リリシャ様、すごく怒ってましたし、泣きそうでしたわ」
本当の気持ちを伝えればよろしかったのに、とラフィリアが言った。
僕はゆるゆると首を振る。
「リリシャを私に縛りつけたくない。リリシャには幸せになって欲しいんだ」
「ですが、殿下は幸せになれていませんわ」
「私は良いんだ」
先週、リリシャが僕に告白しようとしていたことは気付いていた。
だからこそ、とめた。
僕達が想いを通わせても、何も変わらないから。
むしろそれは呪いのように、リリシャを縛り付けるだろう。
「リリシャのためには、これが一番なんだよ」
なのに、何故だろう。
張られた頬よりも胸が張り裂けるように痛くて、苦しかった。
目から涙が出て、頬を伝う。
本当は僕だってリリシャに気持ちを伝えたかった。
リリシャに嫌われたくなかった。
だからせめて。
リリシャ、君が僕を嫌っても、僕は君がくれた恋情という呪いを一生大切にしよう。
これが僕からの小さな呪いの報復だ。
それは君がくれた呪い 上貝 颯空 @Soara_0919
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます