第一章 悪役令嬢に転生した私②

 翌朝、フカフカのベッドで眠っていると、人の気配がした。

「さあ、お嬢様。早く起きてくださいませ!!」

 マーゴットの声と共にシーツをバッとまくられた。

 半分夢の中だった私は寝起きで混乱する。マーゴットはツカツカと窓辺に近寄り、勢いよくカーテンを開け放つ。朝日がまぶしく、顔をしかめた。

「早く顔を洗ってください!! もう日は昇っています」

 朝から私を敬うことのないこの態度。

 完全に下に見ているでしょ。もっともあの義母の腹心だもの、私を見下して当然よね。

「うるさいわね。もう少し静かに起こせないの」

「なっ……」

 反論するとマーゴットは言葉に詰まる。

 私はベッドから下り、顔を洗いドレッサーの前に座る。

 マーゴットはブラシと化粧道具を手にし、近づいて来た。

「お仕度にお時間がかかるのですから。早く起きてくださいませ」

 マーゴットは乱暴な手つきで髪をとかし始めた。

「お嬢様は目立たない顔立ちですから、派手に着飾り、お化粧もうんと濃くするよう、フレイヤ様から言いつかっております」

 ラリエットは素顔でも充分、かわいらしいじゃない。むしろ、あなたが施す化粧の方が、よっぽど変だわ。

 義母は私に出会った当初から呪縛をかけた。

「まあ、なんて幸薄そうな顔なの」

 初対面での義母の第一声。十三歳のある日、突如投げつけられた言葉はラリエットの心を深く傷つけた。

 思えば美女と名高かった母そっくりに成長したラリエットを見て、嫉妬したのだろう。

 そこから義母は私に濃い化粧を施すようにマーゴットに指示をした。傷ついたラリエットも自分に自信がなくなり、化粧をすることで強くなれた気がした。

 鏡に映る自分を見ていると、マーゴットは筆を下ろし、化粧を進める。濃いパウダーを肌に塗りたくり、これでもかというほど厚化粧にしていく。

 まぶたにはラメが入り、まつ毛はバサバサ。ぐりぐりに描かれたチークにどぎつい色の口紅。クルクルに巻かれた髪は盛りに盛っている。

 あっという間に強気な印象を与える、派手な貴族令嬢の出来上がり。

 ゴテゴテに塗られまくって、肌呼吸ができなそうだ。

 絶句している横でマーゴットだけは満足げだ。

「さあ、お嬢様。朝食の時間です。ダイニングルームまでいってらっしゃいませ。万が一、ゼロニス様をお見かけしたら、チャンスを逃してはなりません。なんとしてでもお近づきになるのですよ!!」

 マーゴットに念を押されながら、見送られた。

 この屋敷に滞在している間、朝食は自室ではなくダイニングルームでとる決まりになっていた。そこは私と同じ、ゼロニスの婚約者の座を狙う女性たちが集まる場所だった。

 友人の一人でも欲しいところだが、お互いがライバルでもある。

 ダイニングルームに到着すると、執事が扉を開けてくれて中に入る。ダイニングルームには私と同じ年頃の女性たちが集まっていた。紅茶を飲んでいる者、食べ終わり談笑している者、みんなそれぞれだった。

 執事に引かれた椅子に腰かけると、やがて料理が運ばれてきた。カリカリに焼かれたベーコンにトロトロの半熟卵。ブラックペッパーがきいていて、とても好みだ。

 美味おいしい料理にしたつづみを打っていると、ある人物が視界に入る。

 サラサラの茶色の髪に大きな瞳は優しげな雰囲気を持つ。清潔感のあるよそおいに自然な薄化粧だが、目を惹くほど美しい。ナイフとフォークを手にし、振る舞いは優雅だ。

 その人物を見た瞬間、ピンときた。

 あれはセリーヌ・バーデン。

 バーデン男爵の一人娘であり、彼女こそ、この物語のヒロインだ。

 まあ、あれだけかわいらしければ、ゼロニスがれるのもわかる。

 そりゃ、こんな化粧でゴテゴテに飾りまくった女より、よっぽど好感が持てるもの。

 セリーヌがゼロニスと結ばれるまでの間、私は大人しくして過ごすと決めている。変に目立って断罪されるのは困るからだ。

 その為には部屋に籠って金策を考えよう。

 問題は、うるさいマーゴットをどうするかだな……。

 口を動かしながら考えた。

 朝食を取り終え、席を立つ。すぐに自室に戻る気にはならなかった。マーゴットにグチグチと言われるのは目に見えているからだ。

 私たち婚約者候補は基本、自由に過ごしていいことになっていた。時折開催される、お茶会や舞踏会でゼロニスとの交流はあるが、今の私には交流する気もない。

 ダイニングルームを出てブラブラと回廊を歩く。頬をなでる風が気持ちよくて、顔を上げる。

 多種多様の花々が咲き誇る見事な庭園が視界に入った。刈られた芝と甘い花の香りがする。これだけ立派な庭園なのだから、ちょっと気分転換を兼ねて散策してみようかしら。

 そう思った私は庭園に足を向けた。

 花壇に咲き乱れる美しい花々や、丁寧にせんていされた樹木。石垣に広がるツタ、広大なしきの庭は手入れが行き届いており、とても美を感じる場所だった。

 噴水からは水の流れる音が聞こえ、心が和んだ。

 生け垣の側に腰を下ろし、ホッと一息ついていると、複数の気配を感じた。女性の楽しそうな声が響く。

「ここの花はどうかしら? 満開でれいだわ」

「そうね、今日はを飾りましょうか。とげに気をつけてね」

 どうやら、屋敷で働くメイドらしい。会話から察するに、屋敷に飾る花を切り取りに来たのだろう。

「それでね、アンナのお母さんの体調が悪くて、残念なことに田舎へ戻るんですって」

「それは仕方ないけれど、困ったことになったわね」

 彼女たちのおしやべりは続いた。

「ただでさえ、ゼロニス様の婚約者候補の方たちが集まっているから、人手不足なのに」

「本当よね。急に募集をかけても、すぐには集まらないだろうし」

 メイドの人手不足……? これだわ!!

 興奮して手を叩きたくなるところを、グッとこらえた。

 私、二か月間、このお屋敷でメイドとして働けばいいのよ! そしてお金を貯めるの!

 これだけのお屋敷だもの、賃金も期待できるはず!! 前世ではいろいろなバイトを経験してきたから、それなりに対応できるはずだわ。

 そしてゼロニスの婚約者が決まる前に、そっと裏門から出て行くの。婚約者選定からは脱落、ってことで。メイデス家には二度と戻らず、メイドの賃金をもらって街で暮らすの。

 婚約者候補としてのラリエット・メイデスは、部屋に籠っていて大事な催しの時だけ顔を出せばいい。

 名案が浮かび、心がウキウキする。

 ありがとう、メイドさんたち。いえ、すぐに同僚になるのかしら? 待っててね。

 彼女たちにばれないように、そっとその場を離れた。

 そして浮かれ気分になった私は、庭園の奥まで足を延ばす。ひとはなく、とてもすがすがしい気分だ。

 そういえば、外とつながる裏門も、庭園の隅にあるんだっけ。ちょっと今、場所だけでも確かめようかしら。気になったので行ってみることにした。

 庭園の隅に位置する門は、裏門といえど、立派だった。見上げるほど高く、ロンバルド家の紋章が刻まれている扉。

 この扉を開けると外に出られるのね。

 扉の向こう側からは入ることができない仕組みとなっていると聞く。

 今すぐこの屋敷から出て行きたい衝動に駆られる。

 でも今はダメ。準備が出来ていないのだから。

 二か月後には、必ずこの扉を開けて出て行くから! それも笑顔で、お金を握りしめて!!

 明るい未来を夢見て扉に両手を添えると、ひんやりとした。今はビクともしない堅い城門に決意を込め、そのまましばらく目を閉じた。

「ヨシッ!!」

 気合い注入は完了。そろそろ自室に戻るとするか。

「ヒッ!!」

 クルッと振り返った時、思わぬ人物が目の前にいて、奇声を上げる。

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2025年12月30日 00:00

悪役令嬢に転生した私が、なぜか暴君侯爵に溺愛されてるんですけど 夏目みや/角川ビーンズ文庫 @beans

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