首なし魔女の婚礼　～呪われた騎士と誓いのキスを～／采火

　魔女の集落は白（びやく）夜（や）砂漠に忽（こつ）然（ぜん）と存在する森の中。

　その中でもネリーの家は、魔女の集落のはずれに建っている。お庭は広いけれど、お家（うち）は小さい。それでもこの家は、ネリーが師匠から受け継いだ大切な宝物のひとつだ。

　その宝物の家へと訪ねに来る者はめったにいない。もちろん集落の魔女たちは気楽にやってくるけれど、そうではなくて外界の、森の外からのお客人が来るなんてこと、ネリーが物心ついてからは数えるほどしかなかった。

　どんな時でも魔女は着飾ることを忘れてはいけない。

　魔女の盛装はどんな合金の鎧（よろい）でも勝てやしない。

　そう教えてくれたのもネリーの師匠だった。

　ウエストをきゅっと絞り、スカートの布をたっぷりと持ち上げて、花を模したドレープが魅力的な、ネリーの魔女盛装（マギカ・ドレス）。

　このドレスを着て、何でも入る亜空間収納のおまじないをかけたとんがり帽子をかぶれば、どこからどう見ても立派な魔女になる……のだけれど、残念ながらネリーには帽子をかぶる頭がなかった。その代わりに、彼女の目であり耳でもあるカメオが付いたライラックのチョーカーが、彼女の細くて白い首を彩（いろど）っている。帽子は部屋に置き去りだ。

【お待たせ！　ラァラ、甲冑さん、中へどうぞ。とっても美味（おい）しいお茶を淹（い）れたのよ】

　身支度を整えたネリーがあらためて出迎えると、勝手知ったる様子でラァラが家に入ってくる。甲冑の人も一緒にどうぞと扉を開けて待っていたネリーだけれど、甲冑の人はなかなか入ってこようとしないで、ジッと彼女を凝視していた。

　熱い視線を受けて、ネリーは首をかしげる。ゆらゆらと首から生まれる文字も傾いて。

【甲冑さん？　入らないの？】

「……お邪魔します」

　聞こえた声は落ち着いた男性のものだった。

　お腹（なか）をくすぐるような、低い声。

　首までのネリーより頭二つ分は高い甲冑の人が、彼女の横をすり抜けて家へと入る。魔女の集落は女性ばかり。年に数回やってくるキャラバンの男性以外、ほとんど面識がないネリーはちょっとドキドキした。

　ネリーが甲冑の人を居間へ招くと、ラァラは先にテーブルについてお茶をすすっていた。お茶菓子のナッツも遠慮なく摘んでいる。甲冑の人が戸惑うように入り口で足を止めてしまったので、ネリーは彼の背中を押して、もうひとつのティーセットをセッティングしてある席へと座らせた。

【暑いでしょう？　甲冑は脱いだらどうかしら。白夜砂漠と魔女の森を抜けたら、もう危険はないでしょう？】

「いや、自分は……」

「やめておけ、ネリー。こいつの兜（かぶと）は脱がせるな。茶が不味（まず）くなる」

　怖（おぞ）気（け）が走ると言いたげにラァラが腕を擦（さす）る。

　ひどい言い様に、さすがのネリーもちょっと咎（とが）めた。

【ラァラ、お客様に失礼だわ。魔女の言葉は言（こと）霊（だま）なのだから悪口はだめよ、ってお師匠様も言っていたわ。ほら、お茶が不味くなっちゃった】

　ネリーがラァラのお茶を指し示しながらそう言えば、ティーカップに口をつけたラァラが突然お茶を吹き出した。

「ぶっ！　……おいこらネリー！　お前これ、言霊茶か！」

【もちろん！】

　首から生まれるネリーの言葉が楽しそうにけぶる。

　ラァラの言う通り、ネリーが出したのは言霊茶。暗示作用のある魔女の薬茶だ。美味しいと思えば美味しいし、不味いと思えば不味くなる。

　ネリーはしてやったりと自分の首の上、次に文字が生まれる場所を指さして。

【二年ぶりのお客様だもの！　歓迎のお茶はとっておきよ！】

「くっそ、こんなもん出しやがって……美味しくなぁれ、美味しくなぁれ……」

　うきうきと流れ出るネリーの文字。

　浮かび上がっている文字の踊りっぷりとは反対に、ラァラはお茶に向かって美味しくなぁれと念じている。小さい少女が一生懸命にお茶に美味しくなぁれと言っている横で、甲冑の人が居心地悪そうに身じろぎした。

「あの、ラァラ殿」

「なんだ。あたしは忙しい」

「そろそろ説明が欲しいのですが……その、この方は？　魔女……なのでしょうか？　首が、ありませんが、どうやって……」

　甲冑の人がなかなか本題に入ってはくれないラァラを急（せ）かす。

　ラァラはばつが悪そうにひとつ咳（せき）払（ばら）いした。

「あー……そうだな。挨拶がまだだったな。エルネスト。こいつはネリー。魔女だ。諸事情で首は今、家出中だ」

【違うわよ、ラァラ。首はお姉さんにとられてしまったのよ。家出じゃないわ！】

　ネリーが抗議の言葉を首からくゆらせるけれど、ラァラはまったくそれに頓着しない。

　さっさと話を進めようとしてしまう。