異世界生物記

@half-celeb

第1記録:ローズドラゴンーマグマに棲む翼竜ー

 灼熱の大地――

 地平線まで広がるマグマは泡立ち、橙から紅へと濃度を増して流れ、空気は震え、息を吸えば肺を焼くほどの熱が支配する世界。この地獄のような火山帯にも、確かに生命は存在します。


 火山の噴火口を入口とし、溶岩湖のすぐ上方、熱流が最も安定する岩盤のくぼみに、巨大な翼竜が巣を構えています。外界から確認できるのは、黒く焼けた火口の縁だけ。その奥は、熔岩の熱と上昇気流によって、外敵の侵入を許さない天然の要塞となっています。


 この翼竜の翼は深紅。熔岩よりなお赤く、鮮血を思わせる色を帯びています。体表は無数の微細孔に覆われ、それらが熱を分散し、摂氏一六〇〇度の炎すら拒む防壁となっていました。この特異な生態から、人々はこの竜をローズドラゴンと呼びます。


 しかし――その強靭さも、生まれた瞬間には存在しません。幼体の皮膚は脆く、熔岩に触れれば一瞬で炭化します。そのため、産卵期から幼体の成長期にかけ、親は巣である火口を離れ、安全な岩場で子を育てねばなりません。それはこの種にとって、最も危険であり、最も尊い行動です。


 やがて幼竜の皮膚に微細孔が形成され始めるころ、最初の試練が訪れます。巣へ戻るための、初めての降下飛行です。幼竜は母に導かれ、火山口を目指して降下します。灼熱の上昇気流が、まるで生ける刃のように翼膜を裂こうとする。揺らぎ、揺さぶられ、空中で翻弄される幼い影。幼竜は身を縮め、体積を減らすことで抵抗を抑え、熱風の流れに合わせるように翼を畳みます。そして、熔岩の輝きが眼下に迫った瞬間―—翼を広げ、体を膨らませ、一気に制動をかけました。


 高温の風を裂き、鉄の焦げる匂いの中で、二つの影は、炎を掠めるように浮き上がる。


 ――母の元へ。

溶岩湖の上、火口の奥に広がる巣へ。

新たな命が、この灼熱の世界に生きる資格を得た瞬間でした。

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