第2話
世界に希望がないと悟り始めたのはいつ頃だっただろう。異能がないと判断された時か、それとも七環期から帰ったらクラスに僕の席がなかった瞬間だろうか。どちらも、しっくりこない。どうも違うような気がする。
電車に乗っていると、いろいろ考える。適度な横揺れが脳にいいのだろうか。
「お母さん、まだそんな顔するのは早いと思うな」
記憶の中の最後の母の言葉だった。何がまだ早いと思うな、だ。何も早くなんてなかった。ただ、雪のように白い静寂と、影のように深い絶望があるだけ。
『えー、次は霞野川。霞野川。」
いけない。暗い思案をめぐらせていたら、もう降りる駅だ。学校からここまで一時間半はあるが、いろいろ考えていたらそんなのあっという間だ。
先の駅で大量に降りて、もはや誰もいない座席から身を離す。雨の湿気でべぷりとしたシートから立ち上がると、心なしか体は重い気がした。鉄の扉に体を這わせる。これからどうしょう。
「ご乗車、ありがとうございました~。お出口は右側、です」
少しだけ息を吐いて、僕は駅へと降り立った。途端、賑やかな音と視覚が体を刺す。異能によって作られたホログラム広告が目をついた。『自分に、鮮やかな新体験を』と香かれている横には名前も知らない綺麗なモデルが映っている。何の広告かはわからない。別に、わかろうとしたこともない。
なんとはなしに、空を見上げる。今日も月は二つ、離れた位置に浮かんでいる。最後に綺麗だと思ったのはいつ頃だろうか。荒み切った心では、もはやそれは飾りとも思えなかった。
ふと気配がして振り返る。珍しい黒髪の少女がいた。吸い込まれるような黄色、いや黄金の目をしている。まるでブラックホールのような瞳に、思わず見惚れてしまう。でも、あれ?目を凝らせば、こちらに近付いているような……。
「ちょっと!ぼーっとしてないで避けてよ!」
勢いよく体に突進され、全身に衝撃が走る。ぶつかられただけでこんなにダメージ受けるか?受け身も取れず真後ろに倒れこむ。
「え。し、死んだ?死んじゃった?い、いやまさか。え?生きてるよね?」
倒れこんだ僕の肩をつかんで勢い良く揺さぶってくる。生きているからやめてほしい。これ以上脳に刺激が行くと、聴いたことない病気にかかる。いや、その前に脳震盪か。
手をつかんでこくこくとうなずくと、ようやく手が止まる。
「ああっ、よ、よかった。完全に死んだかと思った。今のは完全に私が悪いけど、でもぼーっと生きてたらだめだよ?あの、すぐ死んじゃうから」
何視点で喋っているのだろう。いや、ぶつかった人目線か。人の顔を見て死んだ死んだ騒ぐなんて、ずいぶん失礼な人だ。そもそもそっちがぶつかってきたのに。
「あの、……すみません」
一言言ってやろうと思って口を開いた途端に全て消え失せる。僕のよくない癖だった。頭の中ではなんだってできるのに、出力はいつも僕を裏切る。
「うん。もーまったく、気を付けてよね」
そういって、彼女はすぐに飛び去った。嵐のような人だった。それにしても、首がまだ痛い。病院とか、行ったほうがいいのだろうか。
「ただいま」
鍵を取り出してドアを開ける。どうせ誰もいないのに、こういってしまうのは僕の癖のようなものだった。暗い部屋の電気をつけると、気分にそぐわないほど部屋が明るく照らされた。明日からどうなるんだろう?ろくでもない学校とはいえ、未知よりは怖くない。何より厄介払いをくらった感覚が最悪だった。
まあ、どうにだってなるか。必死にいいように頭を働かせる。これ以上環境が悪化するなんて、想像もつかない。そうだ、これはいい機会じゃないか。いやな人間たちに、これ以上触れなくてすむのだから。
「はは、」
だから、これは、いいことだ。今日誰にも見られず流した涙は、きっと気のせいだ。
次の更新予定
2025年12月24日 20:00
亡者見聞録 あうんの @hegaseumega
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