初めてのくるんは未知のくるん

雨宮ロミ

初めてのくるんは未知のくるん

 幼稚園の年長だったある日の夜、私、すぐこ、がぼんやりとテレビを眺めていた時だった。


「わあ……」


私は、映し出された画面向こうの光景にとてつもない衝撃を受けた。

 画面の向こうでは、三人のオシャレな女子高生が仲よさそうに歩いていた。かわいらしいアクセサリーに短くしたスカート。片手には美味しそうなスイーツを持ち、じゃれ合うように、冗談を言い合いながら歩いていく姿。それは、私の知らない世界だった。きらきらとまばゆく輝くような世界、だった。

 とりわけ私の目に魅力的に映ったのは「くるん」だった。彼女達のくるん、と巻かれた髪の毛は、それはそれは素敵で、まるで、絵本の中のお姫様、のような憧れを私に抱かせた。

そのドラマのタイトルも、内容も全く覚えていないけれども、そのシーンだけが強烈に印象に残っていた。

 そして私は衝動的に、あの「くるん」をしたい、と思った。髪の毛を物理的にくるくると巻けばもしかしたら、出来るかもしれない、と思い立った。そして、すぐそばにあったカラーペンを持ち、髪の毛をくるくる、と巻き付ける。ショートカットの髪がくるくると巻かれる感覚が走る。そして、ほんの少しの望みを抱きながら洗面所の鏡の前に行って解く。映ったのはちょっとボサっと乱れてしまったショートカット、でしかなかった。


 その日から、私は未知の「くるん」に憧れることになった。しかし、憧れるだけ、で終わってしまった。

髪の毛を伸ばしてみようとするけれど、ずっとショートカットで過ごしてきたから、ある程度の長さ、になると切りたくなってしまう。小学校1年生から6年生まで、ずっと肩から上のショートカット、で過ごしていて、オシャレ、よりも遊んだり読書する方が楽しくて、みたいな感じで過ごしていた。

 それでも、「くるん」への憧れは募らせていた。


そして、中学生になった、ある日のこと。

お年玉とお小遣いを溜めて、ついに、ヘアアイロンを手に入れた。クラスのみんなが「くるん」を初めていたから、私もその勢いに押されるようにして、衝動のままに、ヘアアイロンを買った。


「わあ……」


 箱を開けて取り出す。銀色の太いヘアアイロン。


これを使えば、きっと、くるん、が作れると信じて疑わなかった。あの、記憶の中の女子高生、のように、

 コンセントを入れるとカチカチと赤いランプが付いた。私にとって未知の体験。ワクワクとした期待が抑えきれない。そして、赤いランプが青いランプになって。

自分が美容師さんになったように、世界で一番のおしゃれさんになったように、期待で一杯になりながら、私が髪の毛を巻こうとした瞬間……。


「あっつ……!」


 私の口から出たのはそんな声。耳に当たって思いっきりやけどをしてしまった。そして、鏡の向こうにいたのはくるん、でも何もない、もさっとした、伸びかけのボブヘア。

鏡の向こうに映る私はもっさり。これは巻けている、というよりも焦がしている、の方が近い、のかもしれない。

 私の中に、絶望が走った瞬間だった。

 私は、ヘアアイロンの電源を切って、そして、コンセントを切って、冷えた頃、部屋の奥の奥へとしまった。


 私にきっとあの「くるん」は無理なんだ。と思った。


 そこから年数が経ち、くるん、には目を背けていた。「私にくるんは似合わないから」なんて、言い聞かせるような、言い訳を頭の中で思い浮かべて。

私が通った学校は、校則が厳しい学校で、「くるん」は禁止されていた。アクセサリーを付けることも禁止。周りにはおしゃれな食べ歩きが出来るお店、もなかった。


画面の向こうの女子高生、のような青春、とはまた違う、それでも、私だけの楽しい青春を送れていて、それはそれで楽しかったけれど、「くるん」の願望は、心の中にあったままだった。

あの女子高生達の楽しい生活、は未知のまま終わろうとしていた。


 大学生になって、少しした後。

 周りのみんながすごく素敵で、オシャレをしたいな、って思った。

SNSで動画を観た。流れてくるのは「くるん」の動画。動画の向こうの彼女達は、簡単に、それこそ魔法のように、くるん、を作っていた。


「やって、みたいな……」


 ふわふわとした衝動がまた溢れてくる。

もしかしたら、こうすれば、くるん、が作れるのかもしれない。

 引きだしの奥に入れていたあのヘアアイロンを取り出して、動画の通り、にそっと動かしてみる。


 私に、未知の感覚が走る。あの、失敗した時とは違う感覚。今まで味わったことのない、未知の、高揚感のような感覚。

きっと、いける……! 

そんな感覚が、私の身体に走る。

ドキドキしながら、私がヘアアイロンを外した時だった。


「あ……!」

 

 くるん、がそこにあった。あの時の女子高生の手慣れたくるん、とは全然違う。たった一束だけのくるん。

 けれども、その、たった一束のくるんは、とてつもなく、心がときめくものだった。あの青春、は味わえなかったけれど、未知の世界に、爪先だけ、入り込めたような気がした。

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初めてのくるんは未知のくるん 雨宮ロミ @amemiyaromi27

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