100円落としたら異世界転生した話〜魔物討伐とか未知と出会う旅へ〜

天雪桃菜花(あまゆきもなか)

100円転がったら、異世界まで人生が転がった話

 俺は五人兄弟の長男である。


 高校二年生の頃、父母は相次いで急な病気で亡くなった。幸いにも近所に住む伯母と祖父母にお世話になることが出来て、学業のかたわらバイトに励んで家計を助けていた。




 ある夏の日の夕方。

 ゲリラ雷雨にあった。

 買い物帰りに財布にしまおうとした100円が転がってしまった。


「稼いだ大切なお金! 家族のために兄弟のために100円だって無駄に出来ないんだっ!」


 急な坂を無情にもころころ転がっていく100円を追いかけている途中で、増水した川に流された仔犬を見つけた。

 俺は慌てて無鉄砲にも激流と化した川に飛び込み助けようとした。泳ぎは得意だって思ってたけど、自然の脅威には敵わない。その光る不思議な仔犬をなんとか岸に上げたら途端、俺は力尽きて川の濁流にのまれ溺れて死んでしまったみたいだ。



 気づいたら、そこは異世界で……。



 俺は貧乏教会の孤児院で育っていた。

 優しい教会の神父さんやシスターに恩返しをするべく、孤児院の運営資金を稼ぐために冒険者になったんだった。



 そうそう、あの時助けた犬がなんと神獣で、実は女神様のペットだったんですよ。

 助けたお礼に神獣犬の仔犬を仲間にすることが出来たのだけれど、この神獣犬、凄い人物が困っている場面に遭遇させて助けて恩を売れたり、やたらめったに幸運を呼び寄せるというラッキースキルの持ち主で……。



 今日は村人の収穫を手伝って林檎の樹に登ってる最中、魔獣ワイバーンの群れの襲撃にあった俺は落下して頭を打ったはず。――で、前世を思い出した。


 いつの間にか、女神様の神殿にいる。


『思い出したみたいね』


 美しい女神様は言った。

『その仔犬はあなたが助けてくれた私の神獣犬の子よ。せめてものお礼だから可愛がってあげて。きっと今世のあなたの助けになるはず。仲良くしてね』


 相棒としてそばにいてくれて、神獣犬の仔犬には、えっと、すでにたくさん助けてもらってきた気がする。

 前世を思い出したショックからか、今までの現世の記憶とが混ぜ込ぜになってしまい、境界線がまだ安定してないけれど。


 でも……、俺は。


「あの、……お礼なら違う形のものが良いんですが」

『はああぁぁ――っ!?』


 カッと目を見開いて怒った美しすぎる女神様の顔が恐ろしく豹変した。

『あなたねえ、私のありがたぁい神獣犬の仔じゃ不満なのっ!?』

「えっと、その……。あっ、あのですね……」


 俺はおずおずと小声で発言した。


「出来たら元の世界に帰りたいんです! 俺は兄弟の面倒を見なくちゃならないし、お祖父ちゃんお祖母ちゃんの世話だっていずれしようと……」

『ふ〜っ。ごめんなさい。……うーん、そっか。本当に申し訳ないけど、あっちの世界のあなたの体はもう死んじゃってるの。生きてないの。お葬式もすんだから。ああ、そんなに心配しないで。そりゃあ、あなたの家族はすごく哀しんでいるけれど、あなたの入っていた保険、死亡保険がおりたし、以前買っていた宝くじ一枚を私がまあまあの高額当選させたから兄弟が大学進学して卒業する足しにはなると思うわよ』


 家計の心配がないなら良かった……。

 でも、もう、もう俺はみんなに会えないのか。


 哀しみで胸がいっぱいになる。


 元いた世界の思い出と、現世の記憶がぐるぐると混ざり合う。


『ごめんなさいね。君の魂は前世に戻せないの。そういうシステムなのよね〜。せめて今世では私の加護を活かしてラッキースキル神獣犬と思いっきり冒険を楽しんでちょうだい』


 そう言うと、女神様はにっこりと微笑んだ。




   ◇◆◇



 あれ? 林檎の木から落ちたはず……。俺の地面に叩きつけられたはずだが、落っこちてない?


 頭上で魔獣ワイバーンの群れのけたたましい鳴き声がする。


 ラッキースキルで林檎の実を強化して投げつけ、神獣の仔犬にも助けられながら、どうにかこうにか魔獣ワイバーンを討伐した俺は、空間収納ボックスに倒したワイバーンを入れ、村に帰った。


 俺が村に帰ると、小さな教会から子供たちと神父さんとシスターが出て来て、心配そうな顔して駆け寄って集まってた。


 血の繋がりはないけれど、今世での異世界では俺には家族みたいな存在がたくさんいる。


 みんなの暮らしを助けたい。


 神獣の仔犬と一緒に冒険に出よう。


 未知なる異世界、冒険をはじめよう。


 いつか、前世での兄弟が天寿をまっとうしたら、こっちに転生して会えたりしないだろうか。


 そんな小さな希望を持って。


 願いや希望は、生きるチカラになるはずだ。


 教会のみんなの笑顔を守りたい。

 孤児同士、ささやかでも楽しく生きられたら。


 未だ知らない、美味しいものや景色に出会ったら、あの子達にも教えてあげたいんだ。


 帰る場所、居場所がある幸せに、俺は胸をふるわせながら、この異世界を生きていく。



     了

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