婚約解消の理由が「お母さんみたい」って、まぁ実際そうなのですけどね
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
婚約解消の理由が「お母さんみたい」って、まぁ実際そうなのですけどね
学園の昼休み。
青く、澄み渡る空の下――
私、エリシア・アーデン(18歳)は
幼馴染であり、婚約者でもある
アレン・バークレンに
バラが咲きほこる中庭へ
呼び出されていた。
「何、アレン。
こんなところに呼び出したりして」
「エリシア、
君に……大切な話があるんだよ」
なぜか思いつめた表情をしているアレン。
彼の金髪が太陽に反射してキラキラ輝いている。
「話なら教室でもいいじゃない。
私たち、同じクラスなんだから」
「教室じゃ話せないことなんだよ!」
首をブンブンと左右に振る。
「どうしたの?
そんなに駄々っ子みたいに首を振って……
あ、もしかしてお腹の具合でも悪いの?」
「そう! それだよ!」
アレンは顔を赤くして叫んだ。
「君はいつだって俺を子ども扱いして……
まるでお母さんみたいに!」
「……お母さん?」
思わず眉がぴくりと動く。
「そうだよ!
子供の頃からいつだってそうだ!
同じ年なのに、いつもいつも俺を
子供扱いして……だから俺は、
他の女性に心惹かれたんだよ!」
その言葉に合わせるように
最近転校してきた女子生徒が木の陰から
そっと申し訳なさそうに姿を現した。
彼女の名前はノエル・メルローズ。
確か子爵家の令嬢だった気がする。
フワフワの栗毛色の髪。
ブラウンの瞳が可愛らしい少女で
何処か小動物を思わせる。
(あ〜なるほど、そういうこと……)
「エリシア……
俺と婚約を解消してくれないかな……?」
「いいわよ」
胸の奥が少しだけ痛んだが、笑顔で頷く。
まぁ、18年も一緒にいたのだから当然だろう。
「「え!? 嘘!」」
2人が同時に驚いた。
「嘘じゃないわよ。
婚約解消してほしいのでしょう?
私の両親には言わなくていいわ。
自分から説明しておくから」
「ほ、本当に……?」
「それでいいの……?」
アレンとノエルが同時に尋ねる。
そこで安心させてあげるため
私は笑顔を向けた。
「ええ。2人のこと、応援しているわ。お幸せにね」
「「は、はい……」」
呆気にとられる2人に背を向け
歩き出した。
生まれたときからずっと一緒にいたアレン。
この先も2人の関係は続いていくのだろうと
思っていたけど……。
「まぁ仕方ないわよね……
だって私、本当に『お母さん』
だったのだから」
そう。私は転生者。
日本で大学生の息子を育てていた、
れっきとした『母親』だったのだから――
****
――放課後。
「あら? あの2人は……」
校門へ向かう途中で、
アレンとノエルが並んで
歩いているのが見えた。
アレンはどこか照れくさそうで、
ノエルは彼の腕を積極的に組んでいる。
(あらま、もうそんなに仲良しなのね)
2人の背中を見送りながら、
私はふっと微笑んだ。
「フフ……若いっていいわね……お幸せに」
そのまま通学用の馬車乗り場へ向かい、
私は家路についたのだった――
****
一家団欒の夕食の席――
私はフォークとナイフを動かしながら
口を開いた。
「お父様」
「何だ?」
ワインを飲んでいた父が顔を上げる。
「お母さま」
「何かしら?」
スープを口にしていた母が返事をする。
「報告があります。
本日、昼休みに校内で
アレンから婚約解消したいと
申し出がありましたので、
受け入れたいと思います。
構いませんよね?」
「な、何!?
ゴフッ!」
「な、何ですって……
ゴホッ、ゴホッ!」
飲み物を口にしていた両親が、
同時に激しくむせた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ……」
「少し……というか、
かなり驚いたけれどね」
次に、父が神妙な顔で尋ねる。
「それで、理由は何だ?」
「アレンに好きな女性が
できたのです。
とても可愛らしいお嬢さんで、
アレンにぞっこんのようです」
「ぞっこん……」
父が顔をしかめる。
「私の目から見ても初々しく、
お似合いの2人でした」
「初々しいって……」
母は眉を顰める。
「どうせ私とアレンの婚約は
口約束に過ぎませんし、
婚約解消しても
よろしいですよね?」
両親は唖然としたまま
固まっている。
「初々しいって……。
だが、本当にエリシアは
それで構わないのか?」
「そうよ。仮にも18年間
仲良くしてきたのに……」
母がオロオロと尋ねる。
「別に何も。それに
思い合っている2人の仲を
妨害するほど野暮では
ありませんから」
「や、野暮……」
父が微妙な顔をする。
「本当にそれでいいの?」
「はい。どのみちアレンは私を
お母さんのようにしか
思えないそうなので」
「お母さん? 姉でもなく?」
「うむ……確かにお前たちは
子供の頃から、まるで大人と子供のような
関係に見えたが……。
まぁ、お前がそれでよいなら、
別に構わん」
「ありがとうございます」
私は微笑み、食事の続きを始めた――
****
――翌日
「おはよう、みんな」
教室に入って声をかけると
クラスメイトたちが一瞬ざわついた。
「エリシア!」
そこへ親友のレイチェルが
赤い髪を振り乱しながら
勢いよく駆け寄ってくる。
「あら、おはよう。レイチェル」
「そんな呑気なこと言っていいの!?
エリシア!」
「え? 何が?」
「何がって……あれよ!」
レイチェルが指さした先を見ると
アレンとノエルが並んで座り
親しげに話をしていた。
その様子をクラスメイト達は
遠巻きに見ている。
「あらま」
「あらまじゃないわよ……!
あの席、エリシアの席じゃないの!
それなのに図々しく座るなんて……
大体アレンもアレンよ!
あなたっていう
素敵な婚約者がいるのに……!」
まるで自分のことのように
悔しがるレイチェル。
「レイチェル……あなたって
本当にいい子ね」
頭を撫でてあげた。
「エ、エリシア……」
レイチェルは幼い頃に母を亡くし、
ずっと母性に飢えている。
だから私に自然と母親を
求めているのかも。
「大丈夫、安心してちょうだい。
私とアレンは婚約解消したのだから」
「え……ええっ!?」
レイチェルの目が大きく見開かれる。
「ごめんなさい、それでちょっと
確認したいことがあるから、
続きは後でね」
私はアレンとノエルの方へ向かった。
「おはよう、アレン。ノエル」
笑顔で声をかける。
「あ、ああ。お、おはよう、エリシア」
アレンは視線をそらし、
ノエルが大きな声を上げた。
「な、何!? もしかして今さら
心変わりしたって言うつもりね!?
あ……それとも私が子爵家だから、
アレンには似合わないって
言うつもりなの……? 酷いわ!」
「いいえ、そうじゃないの。
でも、ここでは話しにくいから……
アレン、ちょっと席を外さない?」
「え? か、顔を貸せっていうのか!?」
何故だろう?
アレンの青い瞳には怯えが走っているように
見える。
「別に顔を貸せというわけではないけれど……
まぁ、言ってることは同じかもね」
すると――
「い、いいとも!
ここで話をすればいいさ!」
「そうよ!
やましくなければここで言えばいいわ!」
ノエルがアレンの腕をぎゅっと掴む。
「分かったわ。じゃあ言うわね」
私はパチンと手を叩いた。
「昨日、アレンの申し出通り
婚約解消した話を両親にしたわ。
アレン、あなたはご両親に
話してくれたのかしら?」
するとアレンの顔が青くなる。
「な、何だって!?
ど、どうしてそういう話を
今、ここでするんだよ!」
「そうよ! 非常識だわ!」
ノエルが声を荒げる。
「でもねぇ……ここで話をすればいいって
言われたからしたのだけど」
すると周囲で聞いていた
クラスメイトたちが一斉にうなずいた。
「うん、確かに言ってた」
「聞いてたぞ」
「ここにいるクラス全員が証人だ」
いつの間にか、私たちは
教室中の注目を集めていた。
「それで、どうなの?
言ったの、言わないの?
どっち?」
「……だだよ」
「え? 何ですって? 聞こえないわ?
怒らないから、
もう一度言ってごらんなさい?」
私は耳に手を当てて促した。
「あー! もう!
だから、そういう態度がイヤなんだよ!
まだだよ! 言ってないよ!」
「はぁ!? 何故まだ言ってないの!」
声を荒げたのは私ではなく、ノエルだった。
「し、仕方ないんだよ……
中々話せるチャンスが無くて……」
「チャンスとかの問題じゃないでしょう!
私とのことはどうするつもりよ!」
ノエルの怒りは収まらず、
クラスメイトたちは呆れたように
席へ戻っていく。
そのとき、レイチェルが私の肩をつついた。
「ねぇ、私の隣の席に座りましょう」
ちょうどレイチェルの隣が
ノエルの席だったのだ。
「そうね、そうさせてもらうわ」
2人で着席すると、
早速レイチェルは言った。
「フン、いい気味だわ。
大体ノエルは転校した時から
評判悪かったのだから、自業自得よ」
「え? そうだったの?」
その話は初耳だった。
「そうよ。色々な男子に媚びていたのよ。
女子の間では評判が悪いわ。
でもエリシアは噂話に
興味ないから、知らなくても当然よ~」
「……そうね」
私はまだ言い合いを続けている
アレンとノエルを見つめた。
「喧嘩するほど仲がいいって言うし……
フフフ。可愛らしいじゃない」
「またエリシアってば……
でも、そんな達観したところが
私は好きなんだけどねぇ~」
「私も素直なレイチェルが好きよ」
笑顔で見つめあう私とレイチェル。
そう。
若い2人なら痴話げんかの一つや二つ、
当然なのだから――
****
――昼休み。
「今日は外で食べるには
最高のランチ日和よね~」
私はひとり、
学園の中庭のベンチに腰を下ろし、
持参した手作りサンドイッチを広げた。
いつもならレイチェルと一緒に
ランチを取っているが、
今日は彼女が午後の講義を
選択していないため、
久しぶりの、おひとり様ランチだ。
「私ったら駄目ね……つい、
いつもの癖でアレンの分まで
サンドイッチを作ってきてしまったわ」
レイチェルと食べない日は、
アレンと一緒に食べていた。
その習慣が抜けず、
つい2人分作ってしまったのだ。
「アレン、私の手作りサンドイッチが
大好きだったわよね……。
まぁ、仕方ないわ。
食べられるだけ食べましょう」
ランチボックスを開け、
まずはツナマヨサンドを手に取る。
マヨネーズとツナを混ぜた、
日本でもよく作っていた味。
ありがたいことに
この世界にも缶詰は存在している。
「ツナマヨは……
拓也が好きだったっけ」
私は、この世界でエリシアとして
生まれ変わる前、
日本人女性として生きていた。
若くして夫と死別し、両親と同居しながら
一人息子の拓也を育てていた。
だが……働き過ぎたのだろう。
私は過労死してしまった。
拓也が国立大学への合格が決まった
直後のことだった。
そして私は、赤子の姿でこの世界に転生した。
伯爵令嬢として。
「まぁ、両親も健在だし……
保険もたくさんかけてたから
生活は大丈夫だと思うけど……」
ツナマヨを見つめながら、
私は小さくため息をついた。
「駄目ね。あれから18年も経つのに、
未だにツナマヨを見ると
拓也が思い出されるわ」
その時――
「お願い!
私と婚約解消してください!」
女性の大きな声が
中庭に響き渡った。
「え? な、何?」
思わず声が聞こえてきた
方角を振り返る。
すると茂みの向こうに、
女子学生と、男子学生が
向かい合って立っていた。
「あの2人は……?」
確か、どちらも私と同じ一年生。
ただ名前までは分からない。
「女性の方から婚約解消を
告げられるなんて、私とは真逆ね。
……おっと、
盗み聞きしてはいけないわね」
ランチボックスを抱えて
その場を離れようとしたとき。
「怒らないから、
理由を聞かせてくれないかい?」
男子学生の声が風に乗って聞こえてきた。
すると女子学生が勢いよく言い返す。
「そう! その言い方よ!
いつまでも私を小さな子ども扱いして……
まるで私のお父さんみたい!
あなたのそういうところが嫌なのよ!」
「お父さん……?」
まさか、私と似たような理由で婚約解消を
告げられる場面に出くわすとは……。
私は思わず足を止め、
木の陰に隠れて様子を伺うことにした。
一体男子学生はどういう反応を示すのだろう?
すると……。
「そうかい、分かったよ。
すまなかったね。
いつまでも君を子ども扱いしてしまって。
でも、そんなことを言うなんて……
すっかり大人になったね」
その言葉に、女子学生も私も
同時に目を見開いた。
いやいや……。
お父さんみたいと言われた直後に
本当に父親みたいな
返しをするなんて……
さすがにそれは、まずいのでは?
すると案の定。
「そうよ! そこが嫌なのよ!
お父さんみたいな人と
結婚したくないの! お願いします!
私と婚約解消して!」
まるで駄々っ子のように首を
ブンブン振る女子学生。
その姿がアレンと重なってしまう。
「分かった、いいよ。ミシェル、
君の言う通りに婚約解消しよう」
「ほ、本当……?」
「もちろんだよ。
両親にはうまく話をつけておくから、
君も自分の両親に婚約解消することを
上手に告げられるかい?」
「え、ええ……もちろん言えるわ。
ありがとう、ヴィンセント」
先ほどまで泣き顔だった
ミシェルの表情は、
一瞬で満面の笑みに変わった。
「いいよ。ミシェルには泣き顔より
笑顔の方が似合ってるからね」
「ありがとう! ヴィンセント!」
ミシェルはぱっと手を振り、
そのまま駆け出していった。
……そしてその先で、
待っていた男子学生の元へ
一直線に飛び込んでいった。
「は……?」
何? あれは一体……。
まさか、すでに別の男性と
恋仲になっていたのだろうか?
その時――
パキッ。
つい足元の小枝を踏んでしまい、
その音に気づいたヴィンセントが
振り向き……彼の澄み渡るような青い瞳と
目が合ってしまった。
「あ、あの……」
どうしよう。
私としたことが、
別れ話を盗み聞きしてしまうなんて。
てっきり何か文句を言われるのだろうと
覚悟を決めていたのだが……。
「アハハハ……いや~お恥ずかしい。
見てのとおり、
婚約解消されてしまいました」
ヴィンセントは
まるで気にしていないかのように
朗らかに笑った――
「え~と……とりあえず、
ベンチに座って話でもしませんか?」
盗み聞きしたうえ、
振られた男性をそのまま
放っておくわけにもいかず、
思い切ってヴィンセントに声をかけた。
「……そうだね。
そうさせてもらおうかな」
2人並んでベンチに腰を下ろすと、
ヴィンセントは改めて丁寧に
自己紹介してきた。
「僕はヴィンセント・ハルフォード。
よろしく」
「えぇと、私の名前は……」
「知ってるよ。エリシア・アーデン。
僕と同じ一年だよね。
それに婚約者もいただろう?
名前はアレン・バークレン」
「すごい。よく分かったわね。
あ、ごめんなさい。つい、こんな口調で」
「いいよ。同じ学年だからね。
昔から人の顔と名前だけは
覚えるのが得意なんだ。
さっきの彼女はミシェルと言って
生まれた頃から親同士が決めた
婚約者だったんだよ。
もっとも、
正式に取り決めたものじゃないけどね」
「なるほど……」
似ている。
何もかも私の状況とそっくりだ。
「生まれた頃からの付き合いとはいえ、
昔からどうしても僕は彼女を
子ども扱いばかりしてしまってね。
それが彼女にとっては不満だったようだ。
婚約解消なんて、単なる我儘だと
思っていたけど……
まさか好きな男がいたとは
気づかなかったよ」
アハハハと笑うヴィンセント。
「つまり、浮気されてたってことだけど、
腹が立ったりはしないの?」
まあ、アレンに腹を立てない私が
言うのも何だけど。
「うん。別に腹は立たないかなぁ。
それより、あの彼にミシェルのことを
幸せにしてやってほしいと
お願いしたいくらいだよ。
甘えん坊だけど、素直でいい子だからね」
「え……?」
妙に大人びた物言い。
そしてその大きな包容力に
なぜか胸がドキリと高鳴った。
その時――
ぐぅ~~……
ヴィンセントのお腹が鳴った。
「あ……ご、ごめん。
ランチを食べる前に、
突然ミシェルに呼び出されたものだから……」
顔を真っ赤にしてうつむく姿が
先程のギャップと相まって
なぜか可愛らしく感じられた。
「フフフ……」
思わ笑みがこぼれる。
「良かったらどうぞ。
サンドイッチを作ったのだけど、
うっかり2人分作ってしまったので
食べきれなくて」
ランチボックスの蓋を開けてヴィンセントに差し出した。
「サンドイッチ……? わぁ、すごく美味しそうだ。
貰っていいのかい?」
「ええ、どうぞ」
「それじゃ……いただきます」
え?
今……何て言った?
私は思わずヴィンセントの顔を見つめた。
この世界には
「いただきます」
という文化は存在しない。
だからこそ、その一言が耳に強く残った。
そしてさらに衝撃が走る。
「う、旨い……!
ひょっとして……
これはツナマヨ!?」
「ええ!? な、何故それを!」
私が驚いたのには理由がある。
この世界にはマヨネーズが存在しない。
だからツナマヨは
私が前世の記憶を頼りに作った
完全オリジナルの味なのだ。
「まさか、ツナマヨサンドをまた食べることが
出来るなんて……感動だ……」
ヴィンセントは本当に幸せそうに
サンドイッチを頬張っている。
その表情を見て確信した。
(まさか……)
「ねぇ! ヴィンセント!
あなた……もしかして前世は
日本人だった!?」
「え! な、何故それを……!」
ヴィンセントが目を丸くする。
やっぱり――!
そして極めつけは、
私の口から飛び出した言葉。
「ひょっとして、お父さんだったかしら!?」
「そうだよ! シングルファザーで
営業担当のサラリーマン。
20歳の娘がいる父親だった!」
「ああっ! やっぱり!」
驚きと喜びが一気に込み上げる。
「も、もしかして……エリシアも……?」
「ええ、そうよ。私はシングルマザーで
18歳の息子の母親だったの!」
その瞬間。
2人で思わず手を取り合って喜び合ったのは
言うまでもない――
****
――その後。
すっかり意気投合した私たちは、
まるで昔からの知り合いだったかのように
会話が弾んでいた。
「そうか~エリシアも昨日、
婚約解消したばかりだったのか」
「ええ、そうよ。
私のこと、お母さんとしか
思えないって言われてね。
でも本当は、
好きな女の子が出来たからだったの」
「それを知って、
どうも思わなかったのかい?」
「思うはずないわよ。
だって私、前世では18歳の息子がいたのよ?
さすがに息子と同い年の子に
恋心なんて抱けるはずないもの。
婚約だって両家の親同士が
勝手に決めたことだし」
「そうか……僕と同じだな」
ヴィンセントは、どこか安心したように微笑んだ。
「だけど……アレンも見る目が無いな」
「え?」
まただ。
その穏やかな笑顔を見ると、
何故か胸が高鳴る。
「金色の長い髪に、緑の瞳。
温かくて、母性に満ち溢れた
こんなにも素敵なエリシアを振るなんて。
僕なら、絶対にそんな真似はしないのに。
だけど……やっぱり彼には感謝してるよ」
「え……?」
「僕にもエリシアと交際できる
チャンスが回って来たって
ことだからね」
「っ……!」
まるで告白のような言葉に
顔が一気に熱くなる。
ヴィンセントは少し照れたように
視線をそらしながら続けた。
「ミシェルには……まるで娘のように
思えて、どうしても恋愛感情を持てなかった。
でも、エリシア。
君には彼女には感じたことのない感情を
抱いている。
同郷とか、そういう理由じゃなくて……
なんていうんだろう。
もっと……あぁ、ごめん。
中身おじさんだから、
うまい言葉が見つからなくて!」
髪をかきむしるヴィンセント。
その姿が、仕事で悩む中年男性の
姿のように思えてならない。
彼の不器用な姿が、
なぜか胸にじんとくる。
「そんなこと、気にしないで。
私だって中身おばさんだもの」
そう言うと、ヴィンセントはふっと笑った。
「いや、君はおばさんなんかじゃない。
すごく魅力的な女性だよ」
「ヴィンセント……」
自然と、2人の距離が近づいていく。
そして……そっと私たちはキスを交わした。
そう。
だって私たち、中身は大人。
大人の恋愛は……
始まってしまえば早いのだから――
****
――その後。
「ええ~それじゃ、ヴィンセントと
正式に交際することになったの!?」
昼休み。
私はレイチェルと2人、
中庭のベンチで
サンドイッチを食べていた。
「ええ、そうなの。
今週は彼が私の両親と
会うことになってるのよ。
そして来週は私が
彼の両親と会うの」
「え? それってまさか……
婚約の話とか!?」
「う~ん……どうかしら?」
レイチェルはぽかんと口を開け
じっと私を見つめてくる。
「どうしたの?」
「え……と、
何だかエリシアが
以前とは違うように見えて……」
「以前とは違う?」
「うん。何て言うんだろう……
前は大人のイメージが強かったけど、
今は……うん、何だか乙女みたい!」
「ええっ!? お、乙女!?」
「そう! でも今のエリシアも
とても素敵だけどね!
やっぱり恋すると変わるのね~。
私も恋してみようかな。
まだ決まった相手もいないし」
「あら。
だったらその時は私に相談してね。
変な男の子にレイチェルは任せられないから」
するとレイチェルが遠くを指さした。
「変なのって……
まさか、あれみたいに?」
「あれって……え?」
視線を向けると、
アレンが手を大きく振りながら
こちらへ駆け寄ってくる。
「エリシア……はぁ、はぁ……
き、君に話があるん……だ……」
息を切らせながらアレンが話しかけてきた。
「話って何?」
「あ! それはエリシアのサンドイッチ!」
アレンが手を伸ばそうとした瞬間、
レイチェルがその手をピシャリと叩いた。
「だめよ、
これは私のために作ってくれた
サンドイッチなんだから」
「ええっ!?
一つくらい、いいじゃないか!
ツナマヨが食べたいんだよ!」
「いやよーだ!
ツナマヨは私の一番お気に入りだもの!」
2人のやり取りを見ているのも
面白いけれど……。
「そんなことより、アレン。
私に用があるんじゃないの?」
「そう! それだよ! エリシア!
ノエルはとんでもない女だったんだよ!
俺と君の仲を引き裂くためだけに、
好意があるように
言い寄ってきていただけなんだよ!
聞くところによると、
前の学校を転校したのは
婚約者を別の女性に取られて、
居ずらくなったからだって……」
「あら……そうだったの?」
それは気の毒な話だ。
「確かに、それは気の毒ね」
レイチェルも私と同意見だった。
うん、やっぱり彼女は良い子だわ。
「それで新しい学校に転学したときは
同じことをしてやろうって
思ったらしいんだ!」
「あぁ、なるほどね」
レイチェルが頷く。
「今回、俺とエリシアが婚約解消したから
俺にはもう興味がないって……!
今度は別の男に言い寄ってるんだよ!」
両手を握りしめ、地面を見つめて叫ぶアレン。
うん、青春してる。
「でもいいんだ!」
アレンは突如顔を上げた。
「もともと彼女は性格が悪かったからね。
だからエリシア、
もう一度婚約しよう!
幸い、俺はまだ両親に
婚約解消したことを話していないんだ!」
「何ですって!
まだ婚約解消したこと
両親に話していなかったの!?
あんたって、本当に子どもね!」
レイチェルが目を吊り上げる。
「だ、誰が子どもだ!
っていうか、何でレイチェルにまで
子ども扱いされなくちゃならないんだよ!
エリシアだけで充分なのに!」
「子どもを子ども呼ばわりして
何が悪いのよ!
いい?
大体エリシアにはねぇ……」
そのとき。
「エリシア!」
背後から名前を呼ばれた。
振り向くと、笑顔の
ヴィンセントが手を振っている。
「え!? だ、誰だ! あいつ!」
アレンがヴィンセントに向かって
指をさす。
「ごめんなさい、
彼が呼んでるから行くわ!」
私はベンチから立ち上がった。
「ええ、行ってらっしゃい」
レイチェルはにっこり微笑む。
その一方で、
アレンの顔はみるみる青ざめていく。
「エリシア! 彼って!?
それに……行くって、どこへだよ!?」
「もちろん恋人のところよ。
ごめんなさい、アレン!
また新しい彼女でも
頑張って見つけなさい!
応援してるから!」
そして私は笑顔で、
まっすぐにヴィンセントの元へ駆け出した。
「そんなー! お母さんじゃ
なかったのかよー!」
背後では、アレンの喚く声。
ごめんね、アレン。
でもね……。
中身はおばさんだって、おじさんだって
恋する気持ちは止められないのだから――
婚約解消の理由が「お母さんみたい」って、まぁ実際そうなのですけどね 結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売 @fu-minn
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