似非(似非)おイタリー

なかむら恵美

第1話

いかくんを食べつつ、彼女が呟く。

「あ~っ、ゆきたいなぁ~っ」

テレビ画面に流れているのは、旅番組。イタリアだ。

「あ~っ、ポンペイがいいな。好きなんだよ、俺」

同じく、いかくんをつまみつつ、僕が答える。

「それと珈琲文化も、ね。健ちゃんは」

いかくんを食べる自分たちと、テレビ画面でリポーターの食べているものに、

愕然とする。

「うん」

珈琲会社に勤める身に取り、外せない地がイタリアだ。

「わたしはやはり、本。物語に行ってしまうのよね」

「ピノキオに白雪姫、長靴をはいた猫、だったっけ?」

「そうなの、そうなの、その通り」

市の図書館が主催する「わたしの好きな本」企画で知り合った僕と彼女は、

食べる事と読書が大好きなのだ。

つき合い始めた頃、ひんぱんに彼女はその手の話をした。



いつの間にやらテレビには、地方の街並みが映っている。

「パン屋さんに入りましょう。すんごくいい香りが漂います」

商品棚が、ざっと画面を一周する。

「あ~っ、食べたいッ、食べたいッ、食べたいわぁ~っ」

「食べたいって君、もう夜の10時だぜ。こんな時間にやっている店なんて

ないじゃん」

一番近いコンビニだって、自転車で10分も掛かる。

「そろそろ帰った方が、いいんじゃない?」

隣の隣に住んでいるけど、2人の中は非公開。

内緒に半同棲している関係だ。けど、探りを入れる人もいなくはない。

「え~っ、だってぇ」

こういう駄々も時に可愛らしくも思えるが、今は別。

23歳にもなって、何なんだこの女は。

しかし、僕は30歳。

年上彼氏が年下彼女を逃さない為には、プライドを捨てる必要もあろう。

「どうしても食べたいの?」

優しい保育士のように聞く。

「うん、どーちても」

面倒臭えなぁ、思いつつも僕は台所へ立った。

全く彼女は気づかない。

ぶんむくれたままの目鼻を、テレビにずっと向けている。


フライパンを熱し、塩パン。

ディニッシュ生地の中に、ハムとチーズが挟まれ、塩をまぶしてあるだけの

パン。近くの安売り店で見つけて以来、ちょいちょい買っているこれを、

狐色になるぐらいに熱す。できれば上下をひっくり返す。

飲み物、珈琲にもひと工夫。

マグカップに最初、砂糖と牛乳(それぞれ適量)、インスタントの粉コーヒー

を入れ、スプーンで混ぜ、軽く泡立たせる。

そこにお湯を注ぐと、カフェ・ラテみたいな、カプチーノみたいな味になる。


二人分を用意する。

それなりのお皿とマグカップを用意。

まだまだ続く番組を彼女は、いかくんを鷲掴みにして口に入れつつ、ボーっと

見る。特番のようだ。

「お客様」

声を気取らせ、背中に声を掛けた。

「あん?」

いかくんを口の端に躍らせている。

「いかくんも美味しゅうございますが、世の中には、もっと美味しいものも

ございますですよ」

「あらっ?作ったの?」

「うん」

「へぇ。で、何ていう料理かしら?シェフ」

名前?考えてなかった。そうだ、これがいい。

「似非おイタリー」

「似非?まがいものなのね。でもおいしそうだわ」

笑った口から、食べ掛けのいかくんが落ちた。


                           <了>

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