第四章 縄の結ばれる夜
昼の隔離場は、いつもと変わらなかった。
点呼の声。
作業の号令。
土を運ぶ音が、規則正しく続く。
秩序は、目に見える形でそこにあった。
徳次郎は、黙って鍬を振るっていた。
舜賢は、その背中を見ていた。
昨日より、少しだけ遠く見える。
作業場の端で、小さな騒ぎが起きた。
兵が、幼い男の子の腕を掴んでいた。
土袋を落としたのだろう。
男の子は必死に頭を下げている。
「命令違反だ」
兵が男の子を突き飛ばす。
男の子は地面に倒れた。
周囲の民は、揃って目を伏せる。
昼の光は、見ないふりをはっきり照らす。
そこへ、足音が割り込んだ。
兵たちが一斉に姿勢を正す。
人垣が割れ、一人の男が現れる。
「どうした」
声は穏やかで、感情がない。
だからこそ、逆らえない。
事情が簡潔に報告される。
遅れ。
命令違反。
伊是名は男の子を見る。
泣き腫らした目。
震える指。
「規律を乱したな」
男の子が何か言いかけた、その瞬間。
「連れて行け」
兵が男の子の腕を引いた。
そのとき、徳次郎が前に出た。
「……待て」
声は低い。
だが、場の空気が変わった。
「罰なら、俺が受ける」
伊是名が徳次郎を見る。
初めて、真正面から視線が交わる。
「理由は」
「子どもだ」
伊是名は、一拍置いた。
「秩序は、年齢で変わらない」
再び男の子が引かれた瞬間――
徳次郎の拳が飛んだ。
伊是名の頬を、かすめる。
次の瞬間、徳次郎は地面に押し倒されていた。
兵が一斉に取り囲み、腕を踏み、背を押さえつける。
舜賢の身体が、半歩動いた。
だが――
徳次郎が、舜賢を見る。
黙って、首を振る。
来るな。
動くな。
伊是名は倒れた徳次郎を見下ろした。
頬に、薄い赤が滲んでいる。
「……理解した」
声は変わらない。
「お前が、その子の分まで罰を受けるという意味も」
伊是名は命じる。
「子供は戻せ」
「この男に、見せしめを与える」
兵が男の子を放す。
男の子は泣きながら、人の影に消えた。
「来週の夜だ」
伊是名の声が、昼の空気に落ちる。
「民を集めろ。
秩序を、示す」
それだけ言い、背を向けた。
徳次郎は引き起こされながら、舜賢を見る。
わずかに口角が上がる。
――それでいい。
そう言っているようだった。
その日から、隔離場の空気が変わった。
夜になると、縄を編む音が聞こえる。
台を組む材が、静かに運ばれる。
誰も口にしない。
だが、誰もが知っていた。
一週間後の夜、
秩序は血を流す。
舜賢は、結び目の音を聞きながら思った。
この縄は、
屍者から民を守るためのものではない。
民を黙らせるための縄だ。
昼に起きた出来事は、
夜を待って、刃になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます