非モテの俺が異世界でモテ男バイブルを実践したら、ヒロイン同士の修羅場で世界が崩壊の危機です
なまもちぐみ
第1話
「次の方、どうぞ〜」
間延びした、それでいてどこか事務的な女の声が、白い霧の向こうから響いた。
…ここは、どこ?
重い瞼を押し上げるようにして意識を浮上させると、僕はひどく曖昧な空間に立っていた。
そこにある物質に実体はあるはずなのだが、ピントが合わないカメラのレンズ越しに覗いているような、輪郭のぼやけた不思議な世界だ。
周りを見ると、周囲には淡い光を放つ火の玉のような塊が、あちらこちらに漂っている。
確か僕は、マッチングアプリでようやく会う約束を取り付けた女性に、対面して数分で愛想を尽かされて振られたはずだ。
惨めさと虚しさを紛らわすために、家の近くの居酒屋で泥酔するまでやけ酒を煽っていた。
千鳥足で家に帰り、ベッドに倒れ込んだところまでは覚えているんだけど…。
もしかして、まだ酔っぱらった状態なのかな?
「ほら、そこの黒髪のパッとしない顔の方!!あなたですよ〜!」
パッとしない……。その言葉が、鋭い棘となって胸に突き刺さった。
そうだ。僕はこれまで、モテるために血の滲むような努力をしてきた。
清潔感を整え、話題を仕込み、最新のファッションを研究した。だが、この醜い容姿のせいで、一度も彼女を作ることができなかったのだ。
マッチングアプリでも、磨き上げた僕のメッセージ技術を駆使して、高確率で会うところまではいける。
しかし、待ち合わせ場所に現れた僕の顔を見た瞬間、相手はあからさまに落胆し、そのまま去っていく。
この容姿さえマシであれば、もっと違う人生があっただろうに。
考えれば考えるほど、虚無感が押し寄せてくる。鬱だ……。もう、寝よう。
「はやく来いって言ってんでしょ!!おい!!!」
…さっきからうるさいなぁ。
しぶしぶ声のする方向へ首を向けると、そこには、なかなかスタイルのいい美女がいた。グラビアアイドルのようにボンキュッボンしている。
髪は透き通るような銀色で、羽毛のようにふわふわと広がっている。まとっているのは、薄い布を体に巻き付けただけの、極めて露出度の高い衣装。
結構モテるんじゃないか?
「…痴女?」
そんな独り言を言いながら、僕は女性に歩み寄る。なんだろう。ハニートラップかな?
少し警戒心を抱きながら距離を詰め、その女性の顔をよく見るとーー。
……あれ、その美貌がみるみるうちに般若のような形相へと変貌していく。なにか機嫌が悪いのかな?
「誰が痴女よ!なかなかスタイルの良いってなによ!!どう見ても絶世の美女でしょうが!!!般若はあんたのせいよ!」
え、もしかして心の声が読まれてる…?
どうやら、さっきから僕を呼びつけていたのは彼女のようだ。得体の知れない恐怖を感じ、僕は自称美女の前までおずおずと歩いていった。
「あんたいちいち失礼ね。まあいいわ。女神だから、広い心で許してあげましょう。さっさと説明するから聞きなさい」
彼女はうんざりした様子で、僕が質問をする隙も与えず、一方的に語り始めた。
彼女の説明を要約すると、僕はやけ酒のしすぎで重度の急性アルコール中毒を引き起こし、そのまま死んでしまったらしい。
そしてここは死後の世界であり、来世の条件について担当の女神様と相談するための、いわば中継地点なのだという。
死後の世界…。こんな感じなんだ。
周りの火の玉みたいな塊は、もしかして僕と同じく順番を待つ死者の魂?
「もちろん希望が全て叶うわけじゃないわ。記憶の引き継ぎもないわよ。あくまで参考にするだけね」
「なるほど…。参考までに、他の人は普通どういう希望をするんですか?」
「そうね〜。例えば、剣と魔法のファンタジー世界に行って、圧倒的魔力でハーレムを作りたい、とかかしら?」
みんな欲深いなぁ。言うだけ無料だし、そんなものなのかな。
僕はどうしようかなぁ。ファンタジー世界にも興味あるし、圧倒的な力にも興味がないと言えば嘘になるけど、そんなの聞いてもらえないだろうしなぁ。
それより、どんな世界でも活かせる希望をした方がいいか。よし。
僕は決意を固めた。
「整った顔にしてほしいです」
「あら、そんなことでいいのかしら?」
「はい」
今世では、画面越しの文字でなら女性と仲良くなれた。だけど、現実で仲の良い女性はいなかった。
顔さえ人並み以上に良ければ、後は持ち前の技術でどうにでもなる。それが僕の結論だった。
「意外に謙虚ねぇ。あなたは犯罪歴はないし、もう少しお願い聞くこともできるかもよ?」
「あ、でしたら、ハーレムを築きたいです。魔法のあるファンタジー世界に行きたいです。膨大な魔力とかもほしいです。お金も欲しいです。不老不死がいいです」
「!? 急に求めすぎよ!!そんなに聞けるわけないでしょ!?」
もっと聞いてくれるって言ってたのに、急に手のひらを返すなんて…。
般若のような顔とか自称美女とか言ったこと謝ろうと一瞬だけ思ったけど、謝らなくて正解だった。
「だから、心読めるっての!というか、あなた、顔さえ良ければモテると思ってたみたいだけど、その性格を直した方がよかったんじゃないの?」
「そんなことないです。内心は完璧に隠し通してた自信があります」
「なんの自信よ…。はぁ。もう疲れたわ。どこまで聞いてあげられるかわからないけど、さっさとそこの門をくぐりなさい」
女神が心底うんざりしたように手を振ると、何もない空間に大きな門が音もなく出現した。
あの光の向こう側が、新しい人生、来世へと繋がっているのだという。
「あれ、もう来世に行くんですか?まだ今世で死んだばっかなのに。少し休ませてくださいよ」
「さっさと行きなさい!後がつかえてるの!既に普通の人より数倍の時間がかかってるの!!このままじゃ、私が休めないでしょうが!」
「女神様なのに休みとか必要なんだ…。なんか俗っぽいね」
「いいから、いーけー!」
ドスッ。
尻に鋭い衝撃が走った。女神に背後から思い切り蹴飛ばされ、僕は勢い良く門の中へと突き飛ばされた。
…こんなに怒りっぽい女神は初めてだ。
そっちこそ、そのヒステリックな性格を直した方が良いんじゃないの?
…光に満ちた通路を、足の向くままに進んでいく。遠くの方に、ひときわ眩しい出口が見えてきた。
あそこが、来世への入り口。
どうか、次の人生では彼女ができて、幸せを掴めますように。
……ついでに、できればハーレムをお願いします。
そんなことを思いながら、僕の意識は溶けていった。
ーー女神視点
はぁ、本当に疲れた。なんなの、あいつ!
普通、この高潔な女神様が目の前に現れたら、畏れ多さに跪いたり、拝んだりするもんでしょうが!!
あんなに舐め腐った態度をとり続けて、挙句、私に蹴飛ばされて転生していくなんて前代未聞よ!!
…ムカつくけど、あいつの来世をどうするかは、私情を抜きにして公平に判断しなければならない。
今世で特筆すべき善行を積んだわけではないけれど、悪事も働いていないし、なによりあの容姿で散々な不遇を味わってきたのは事実。
多少の「ボーナス」を乗せる必要はあるわね。
叶えられるのは、ファンタジー世界で美形に産まれることくらいかしらね。
ハーレムや能力の補正までは無理。それは、自分で頑張ってもらいましょう。
スキルがある世界だし、女性からの好感度を上げやすくなる程度のスキルはつけられそうね。
…というか、あいつがモテなかった原因、絶対顔のせいじゃないわよ!
あの救いようのないひねくれた性格でしょ!内面よ、内面!あんな腹黒いの、隠し通せるわけないじゃないの!!!!
…はぁ、ダメダメ。あいつのことはこれで終わり。気を取り直して、仕事を再開しましょう。
「次の方、どうぞ〜」
…あれっ、そう言えば私、あいつの記憶ちゃんと消したっけ?
次の更新予定
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