Cherry Loop ― 放課後配信は、異世界とつながる

塩塚 和人

第1話 「放課後、配信は始まる」

放課後の教室は、昼間のざわめきが嘘みたいに静かだった。

窓の外では、校庭の端を掃除する部活生の声がかすかに響いている。


「じゃ、始めるよー」


あかりがスマホを三脚に固定し、画面を指で軽く叩いた。

配信アプリの赤いランプが灯る。


「Cherry Loopです。放課後の雑談、今日もゆるっとやってきまーす」


いつも通りの挨拶。

れいなはその隣で、小さく会釈する。


「こんにちは。れいなです」


コメント欄がゆっくりと流れ始める。

〈待ってた〉〈今日も学校?〉〈背景リアル教室だ〉

その反応に、あかりは満足そうに笑った。


「今日はね、テスト前なのに何もしてないっていう報告配信です」


「それ、誇ることじゃないから」


れいなが即座にツッコミを入れる。

このやりとりも、もう何十回と繰り返してきた定番だった。


二人は同じクラスで、席も近い。

放課後に残って、少し話して、気づいたら配信を始めていた。

Cherry Loopは、そういう“なんとなく”の延長線上にある。


「今日のれいれい、真面目モードじゃん」


「だって数学やばいもん」


「それは私も」


笑い声が教室に響く。

画面越しの視聴者にも、きっと同じ空気が伝わっているはずだった。


そのときだった。


――ザッ。


イヤホン越しに、微かなノイズが走った。


「今、音変じゃなかった?」


れいなが眉をひそめる。

コメント欄にも〈ラグ?〉〈音割れた〉と流れていく。


「え、まじ? 私の声?」


あかりはスマホを覗き込み、設定画面を開こうとした。

だが次の瞬間、画面が一瞬だけ歪んだ。


まるで、水面に石を投げたみたいに。


「あ……」


れいなの視線が、カメラの奥に釘付けになる。

教室の後方。黒板の横。

そこに――“影”が揺れた気がした。


「れいな?」


「今、誰か……」


言いかけて、れいなは言葉を飲み込む。

教室にいるのは、二人だけのはずだ。


コメント欄が急に速くなる。

〈今の何〉〈画面バグった?〉〈演出?〉


「ちょっと電波悪いかもね」


あかりは笑ってごまかした。

けれど、その声はわずかに硬い。


再び、ノイズ。

今度は音だけじゃない。

カメラの端、机の影が、ありえない方向に伸びた。


れいなの背中を、冷たいものがなぞった。


「……あかり、これ」


言い終わる前に、画面が一瞬、暗転する。

視聴者数が、急に跳ね上がった。


〈何これ〉

〈回線事故?〉

〈怖いんだけど〉


教室の空気が、重く沈む。

まるで、誰かが“こちら側”を覗き込んでいるみたいに。


そのとき――


「放課後、まだ明るいよね」


あかりが、無理に明るい声を出した。


「……うん」


れいなは、カメラから目を離せなかった。

そこには、確かに“何か”が映っていた。


Cherry Loopの配信は、

いつも通りに始まったはずだった。


――この日までは。

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