纏う

風見野

混ざり合う雨色の辛味と

立ち止まるとふと、小さな排気口が目に映り

自らの呼吸が止まっていた事に気づく。

この息苦しさは雨のせいだろうか。認識できない何かが重くのしかかっているかのような、そんな気もしてくる。


カラン…

いつもと同じはずの酒場のドア・ベルの音色が、今日は少し重たく感じる。

ふぅ、と軽く息を整え

コートの雨粒を軽く払った。


「いらっしゃい、お嬢さん。今日は?」


「…お任せで」

今日はなんだか、注文をする気分じゃなかった。雨に濡れたコートを脱ぎ、カウンター端の椅子に腰掛けた。


「…あいよ」

マスターは、何かを察したように軽く微笑み、そう言った。


今日は私以外に客は居ない。

静寂の中、微かな雨の音と酒瓶の硝子が触れる音のみが耳の中に響く。

コトッ…

木のカウンターに小さなグラスが優しく置かれる。

「どうぞ」


グラスに注がれた液体は、透明に近い色合いで、味の想像がつかない。私は、高揚に似たものを感じながら、ゆっくりとそのカクテルを口に含んだ。


「少し、辛いね」

細かい刺激が、口の中に広がる

珍しくその刺激が心地よく感じた。


「辛いのは苦手でしたか?」


「うん。けど、今日はこの味を求めていたような気がする。」

不思議な安堵感を感じながら、私はそう言った。


「…それはよかった」

マスターは、まるで全てがわかっていたかのように目を閉じて微笑み、小さな声で、そう呟いた…

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