『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花

第1話 龍夫が囁くシナリオ

(どうせ死ぬなら、密室殺人がよかった)


 そんなことを思いながら、空に浮かんだ孤城の門を押す。


 もし密室で殺されたなら、その謎を解くために名探偵が登場するはずだ。――そう、まるで曾祖父が書いたミステリー小説のように。

 自分の人生にも、最後くらい劇的なフィナーレが欲しい。


 ううん、駄目だわ……。すぐにルディーナは首を振る。探偵なんか登場しない。だって、私の人生はつまらない駄作だもの。


 事の発端は、血の繋がらない妹シャルロットに降りかかった災難だった。

 魔物たちを統べる星龍皇帝グラルシオから求婚があったのだ。


「いやよ! 魔物の皇帝になんて絶対に嫁ぎたくないわ!」


 可憐な妹は喚き散らし、泣き崩れた。だが相手は星龍皇帝である。断れば国ごと灰にされる。

 そこで、家族に疎まれ、使用人同然に扱われていたルディーナに白羽の矢が立った。


 ――そして今。


 飛龍を降りてたった一人城の内部へと歩み入ったルディーナの指先は、氷のように冷たく、心臓は早鐘を打っていた。


 緊張に身を強張らせて入った大広間だったが、しかし、ルディーナは呆気にとられてしまった。


「……え?」


 そこは、図書館のような空間だったのだ。

 石造りの大広間の壁という壁、天井近くまで巨大な本棚があり、ぎっしりと本で埋め尽くされている。


 ルディーナは吸い寄せられるように、最も目立つ中央のガラスケースへと歩み寄った。そこに鎮座しているのが見覚えのある装丁だったからだ。


「『龍と星空の密室殺人事件』……著、ジャリング・フォーコン」


 思わず著者の名を読み上げていた。

 それは、ルディーナの曾祖父が遺した伝説的なミステリー小説であった。


「保管方法は気に入ったか?」


 大広間の空気を震わせる重低音にビクリと肩を跳ねさせて、ルディーナは振り返る。

 いつの間に現れたのか。そこには、農家の家を数倍にしたような巨躯が猛々しい翼を畳んでたたずんでいた。

 窓から差し込む陽光を反射して輝く白銀の鱗と、細められた黄金の瞳が美しい。


 この龍が星龍皇帝グラルシオだと、ルディーナは悟った。


 本能が逃げろと叫ぶが、ルディーナは礼をとり、その場に崩れ落ちるように跪いた。純白のヴェールに包まれた美しい金髪が、ふわりと羽のようにように広がる。


「せ、星龍皇帝陛下におかれましては……」


 挨拶をしようとしたが、恐怖で舌が回らない。だが、言わなければ。妹の代わりにここに自分が来たことをこの皇帝に納得させなければ、祖国に被害が及んでしまう。


「い、妹のシャルロットは病弱で……起き上がることもままならず……」


 大嘘だ。今頃彼女はその実親と共に、姉の厄介払いができたと祝杯をあげていることだろう。


「ですので、姉である私が参りました。下働きでも、非常食でも、なんでもいたします。……ですので、どうか、どうかご慈悲を、陛下」


 床に額を擦り付ける。

 だが。


「俺が望んだのはフォーコンの娘だ。だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」


 予想外の言葉に、ルディーナはおずおずと顔を上げた。

 至近距離にある巨大な龍の顔。鋭い牙が並ぶ口元が、ニヤリと歪んだように見えた。


「お前の窮状は知っている。二年前に両親が馬車の事故によって死亡し、お前は血の繋がらない叔父のロドルフ・ヴァロアに引き取られた。しかし奴らは姓をフォーコンに変え、由緒ある公爵家を乗っ取り、正統な継承者であるお前を使用人以下に貶めた」


 確かにその通りだった。屋根裏部屋で一人、膝を抱えて耐えていた日々を、この龍は知っているというのか。


「よいか。俺は結婚するためにフォーコンの娘を呼び出したのではない、フォーコンの娘を呼び出すために結婚という手段を使ったのだ」


 謎解きのような言葉を告げると、白銀の龍は楽しげに喉を鳴らす。


「お前は神作家ジャリング・フォーコンの曾孫である。ならばその血に恥じぬよう、トリックを用いてフォーコン家を取り戻そうではないか」


 確かに曾祖父は稀代のミステリー作家であった。ルディーナ自身、その作品を愛読書として育ってきた。

 だが、それは曾祖父の話である。


「わ、私にはミステリーを生み出せるような才覚はありませんが……」


「シナリオは俺が考えておる。お前は舞台に上がり、役を演じればよい」


「はぁ……?」


「神作家ジャリング・フォーコンの最後の末裔よ。お前と俺は、今から共犯者である」


 星龍皇帝は空気が震えるほど大きく顎を開け、凶悪な牙を見せつけてきた。


「断れば、今ここでお前を喰う」


 その瞳は、新しい玩具を見つけた子供のように無邪気にキラキラと輝いている。


 圧倒的強者からの脅し。それ以上にその爛々とした瞳の輝きに、ルディーナは頷くしかなかった。


「か、かしこまりました、陛下。共犯者にならせていただきます」


 ルディーナは震える手で花嫁衣装の裾を握りしめ、よく分からないまま覚悟を決めた。

 どうせ、もう失うものなどない人生である。


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2025年12月23日 07:17
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『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします 卯月八花 @shiragashi

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