君の為の僕らのSF

空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~

虚空の先へ【初稿】

 その日、僕は運命の人と出会ってしまった。最悪の場所で。そこは月。まさに、第三次宇宙大戦が行われていたところで。


 僕は地球軍第128艦隊の専属パイロット。いつもの月周辺の偵察をしていたら、そこに君はいた。月の海が突如割れて、視認する限り、エベレストやマリアナ海溝よりも深い裂け目を、深淵がその身を呈した。そして、興味本位で僕はその裂け目に向かった。


 無線が入る。

「おい、識別番号7776号。予定経路と離れているぞ」


 僕はそれを無視した。立派な反逆行為。だが、僕は命よりも真実を知りたい。世界平和も、運命の人との出会いも求めるが、なによりも真理を悟りたい。


 その時まではそう思っていた。


 深淵の中には計り知れないほどの大きさのジオフロントがあり、その中には朽ち果てた国があった。まるで、日本が丸ごとあったように。否、その都市は正しく日本と同じ形であった。


「おい! 7776! 応答しろ!」


 無視無視。そもそも入隊した時に死は覚悟していた。後は夢だった宇宙人との対話だけ。宇宙人なら今の地球では解明されていない宇宙の神秘を知っているかもしれないから。


 そのためにはもっと昇進して、前線でスパイ行為しなくてはならないが、まぁもういいや。とにかく、今、僕はとても生きている。月の中にジオフロントがあり、そこに日本と同じ形の都市がある。それが何よりも興味深い。


 僕は早速都市を見て回った。荒廃した土地。緑化ではなく土気地味た朽ち果て方であった。だが、何故か枯れそうな蔦が張り巡らされていた。それは一つの場所へ繋がっていた。


 そこは世界樹と呼ぶに相応しい大木。その下に近代的な施設があった。僕はそこに入り、探索を始める。落ちていた死体のパスキーで施設の奥へと、そして、深淵の深淵へと。そこに君はいた。


 脳内に言葉が響く。


【私は愛の理。あなたの名前は?】


「え、なにこれ?」


 僕は水槽の中で眠る美しい、まるでかぐや姫のような君にはっとしては、言葉を紡いだ。


「もしかして、君が?」


【はい。直接念波で繋げています】


「僕の名前は浅山椋。君の名前は?」


【私は愛の理ですよ。名前はありません】


「なら、僕が付けようか?」


【いいですよ】


「なら、ヘレーネ」


 神話の美女。正しく君のことだ。僅かに彼女が「やはり」と微笑んだ気がした。


【そこにある装置を操作して、私を出してください】


「分かった」


 違和感。その時デジャブのような、気がした。何故か使い方がわかる。水槽から水が出てくる。全裸の彼女に白衣を着せて。


「私はヘレーネ。貴方は椋ね」

「うん。それで君は何者?」

「それは後で。それより早くこの無駄な戦争を終わらせましょう」


 ヘレーネはそう言うと僕の手を取って、施設を駆け抜ける。そして、広い空間に出る。様々な制御装置がある所へ。ヘレーネはその装置を操作し始める。


「何をやってるの?」

「オムニソフィア【全知領域】の力で、つまり祈り、念波、で今命令してるの」

「誰に?」

「プレアデス、シリウス、アルクトゥルス、ベガ、リラ、オリオン、アンドロメダ……」

「いやいや、待て待て。仮想敵銀河ばかりじゃないか」

「戦争してる場合じゃないのよ」

「なんで?」

「このままだと7日後にあなたは死に、世界は13日後で終わるわ」

「え?」

「説明するわね」


 ヘレーネ曰く。


【僕はこの世界の全てを知っては行けない。たとえ私を無くしても】


 だから、僕が全てを知らなければいいらしい。


「全然わからないんだけど」

「要は、あなたが生きたいと思えばいいの。仏教で言う真実の悟り、般涅槃は死のこと。全てを知るということは、つまり、あなたが死を望むこと」

「それと世界の終わりはどう関係するのさ?」

「それは今は言えないわ」

「信用出来ない。なにより、さっきの話だって本当か怪しいし」

「なら、見て」


 そう言うとヘレーネは手を振りかざす。すると、光が彼女の周りを回り始めた。


「何これ?」

「視覚化したソフィア。祈りの力。あなたにもある。全ての存在にある。無機物にもね。どう? これで信じた?」

「うん、とりあえずは分かったよ……」

「とにかく今すぐ地球へ送って。エリュシオン連盟の総督レオパルド、それにルイス教の法皇ロンリーをアイスピー、ICEPPY(ヨコスカ素粒子物理国際研究センター=旧横須賀米軍基地、に向かわせてる」

「何故君の命令を地球のトップが聞くの?」

「それは私がこの世界の半分だからよ。さぁ、連れてって」


 世界の半分ね。僕は仕方なく探索機に戻る。すると無線が入った。


「7776号! 今すぐ地球に帰還せよ」


 僕は一人の謎の女性を連れて地球へと護送されるのだった。


『僕が死ぬまで7日』

『世界の終わりまで13日』


 ■


 地球に帰還するのに半日かかる。その際、ヘレーネは常に月の施設から持ち出してきた端末でやり取りしていた。その頃、ニュースでは第三次宇宙大戦の停戦が決まったことが知らされる。だが、世界の終わりの話はない。


「アイスピーには今日死ぬ1st万真天がいる」

「ばんまてん?」

「12使徒の一人。13仏の一柱」

「宗教の話?」

「なら、アインシュタインの生まれ変わりと言ったら信じる?」

「アインシュタイン? そもそも輪廻とか信じないし」

「彼は今日死ぬの。1番から13番まで。一日に一人ずつ。それがフィニスの儀。あなたは7thだから7日目ね」

「え、そんな……」

「でもね、アインシュタインの生まれ変わり、ノーベル物理学賞を史上最年少で受賞したヨハンはね、停点理論というタイムマシンを開発するの」

「タイムマシン? 本当なのか?」

「ある世界線でね」

「君は何者なんだ」

「秘密」


 旧ヨコスカ基地に着く。アイスピーの面々と、総督レオパルド、ルイス教の法皇ロンリーが出迎える。


「神の巫女、全知の姫よ、ようこそ、ご降臨されました」

「挨拶はいいです。それより直ぐにヨハンの所へ」

「わかりました」


 ボディーガードが30人以上もいた。アイスピーの中へ入る。何故か僕も同伴を許された。


「椋。全てを知ろうとしては行けない。何としても生きること。その約束守れますか?」

「ああ」


 多分。守れる。


 そして、病室にたどり着く。そこには半透明な姿の青年がいた。


「貴方様ががヘレーネ様。そして、椋様ですね」

「ヨハン。手短に。停点理論はどうですか」

「理論は出来てるよ。でも、7日目の夜までにタイムマシンを完成できるか」

「わかりました。ご苦労さまでした。今から送ります」


 送る?


「お願いするよ。けど、その前に」

「ええ。椋と話して構いませんよ」


 ヨハンは僕に向かって語る。


「永遠なる父よ。僕ね、頑張ったんだよ。十分頑張ったんだ」


 ヨハンは僕のことを父呼ばわり。挙げ句の果てに泣き始める始末。


「どうしたんですか」

「僕、死ぬんです。でも、あなたが幸せに生きようと願い、諦めない限り、また必ず会えます。ですから、フィニスから世界を救ってください!」


 フィニス? とりあえず答えようか。


「うん。分かった」


 ヘレーネが告げる。


「では、ヨハン。貴方を彼岸へ送ります」


 ヘレーネは光るソフィアでヨハンを浄化させた。そのように見えた。ヨハンは光となって消えていく。命がチリジリと消える音を聞いた。


「タイムマシンの理論は完成済み。後は作るだけ。それはアイスピーの方に任せるとして、私たちは2ndに会う準備をしないと行けません」

「ここに来るの?」

「ええ。ただ少し問題がありまして」

「なんですか」

「秘密にします」


 君は秘密だらけだな。


 次の日、ヨコスカのホテルで僕とヘレーネは泊まった。別々の部屋で、特になにもなく。すると、僕のスマホに連絡が来た。


【海辺のレストランで2ndと会うので、来てください】


「えーー!!!」


 そこにいたのは世界中の誰もが知る女優であり、シンガーソングライターのアナスタシア・キャロラインがいた。


「あなたが椋様なのね!」


 何か興奮している。この人今日死ぬのに。


「ねぇ、ヘレーネ。この人が2ndなの? 超大物じゃん」

「忘れてるようだけれど、レオパルドもロンリーもヨハンも超大物よ」

「確かに……」


 そこでキャロラインさんと海辺のレストランで会食する。


「ヘレーネ様。私の役目は愛の唄を世界に届けることよね。そうだと思って準備していたの。でも、17:17に死ぬのよね。だからそれまではファンと居たい。LIVE中継してもいいかしら」

「私はパス」

「ええー。ちょっと冷たくないですか? 僕は出てもいいなら出ますよ」

「なら、私も出る」


 キャロラインは告げる。


「じゃあこの会食が終わったら早速LIVE始めましょう」


 その後、LIVE中継が始まる。

 愛を歌うキャロライン。

 それを見守る僕とヘレーネ。

 そして17:00にLIVEは終わる。

 その頃にはキャロラインは半透明になる。

 17:17に合わせて彼岸へ送る。


 死に際、キャロラインは告げる。


「ねぇ、椋。手を握って」

「いいですけど」


 荷が重い。だけど、最後笑える人生の方がいい。キャロラインは光となって消えていった。命の終わり、呆気ない。そして、5日後僕が死ぬ。実感はまだ無いが、心の奥底が暗黒で蠢いていた。


「椋、明日は3人目と4人目」

「4人目も来るのか。どんな大物?」

「イエスと釈迦の生まれ変わり。イエスが3rdで釈迦が4th。200年前に全ての宗教がルイス教に統合されたけれど、彼らは日本でバカンスしてるのよ。いざ、終末が来る時に備えてね。そして、今、その時が来たわ」


 翌日、イエスと釈迦が来たけど、全然容姿が想像と違っていた。普通の東京の大学に通う大学生だった。


「0th、7th両神法陛下、お会いできて嬉しいです」

「全ての罪を背負ったかいがありました」

「あのさ。ヘレーネ。そろそろ12使徒とか、13仏とか教えてよ」

「お釈迦様。説明してあげて」

「はい。この世には12の理があります。干支、12進数(四柱)、時間や角度の単位の最小単位等です。円環の理とも語られます。ですが、円の中心に0と13が同時に、量子物理学的には揺らいであるのです。ですが、円をどこから数えるかはその時次第。ですので、中心がゼロであり13であり、12と合わせてこの世界の現在の数は14になります」

「全然分からないんだけど!」

「イエス。簡単に」

「はい。理屈は抜きにして、要は愛ですね。それと生き抜くこと、祈ることです。ですが、ちゃんと説明しますね」


 3日目、イエスを彼岸に送って

 4日目、釈迦を送る。

 その間に教わった。


 12の理で円環の理(時の法則)

 この世界は時が支配している。

 時なくして物は存在しない。


 ゼロ(無)=13(死)

 0~13の計14

 この世界は1~12の間の波に過ぎない。


 理とは宇宙の根幹を担う存在。

 十二使徒は主神7thと12人の理達のこと。

 十三仏は7thも合わせて数えてる存在たち。


「ねぇ、ヘレーネ。タイムマシン間に合うかな」

「間に合うわ。必ずね。それより、約束忘れてない?」

「えっと、何が起きても生きること、だよね」

「ええ」


 そして、5日目。二人の少女が来た。5thと6th。


「私はアイラ」

「私はリリス」

「ヘレーネ、あなたを」

「殺す」


 その瞬間、三人のソフィアが光った。少女達がヘレーネに向かって攻撃を始める。


「7th様! お下がりください!」


 アイラと名乗った少女が告げる。


「なんで争う!」

「それは、彼女が覚醒していると世界が終わるからです!」

「彼女は本来はこの宇宙に存在していない存在。かつてのある文明が確率ゼロを越えて生み出した全知。裏世界、彼岸そのもの。彼女が覚醒し、今、世界は崩れてきている」

「そして、彼女を見つけた貴方様、彼女が執着する貴方様が他でもないこの宇宙の主神たる7th様なのです! 貴方様が亡くなられたら世界は終わる」

「貴方様の真の名前はヴィーナス・ルイス・クロノスタシス。タイムマシンが出来たら5日前に戻って、貴方様を止めます!」


 その間もヘレーネと少女達の戦いは続く。僕は二人の少女に必死に問いかける。


「何故、釈迦とイエスは何も言わなかった! キャロラインもヨハンも!」

「彼らは全てを知らないのです。私達も全ては知っていません!」


 その時、ヘレーネから脳にビジョンが送られた。


 丘のビジョン。


 左から1.2.3.4.5.6

 7で頂上

 8.9.10.11.12.13で右


 ヘレーネは戦いながらも語る。


「真理の山と呼ぶわ。頂上が悟りの境地。景色が晴れるように。彼女達、アイラとリリスは7thに、頂上により近い。ヨハン、キャロライン、イエスに釈迦は、7thに会って、真理を悟ってなお、人々を救う道を選びました。とても尊いことです。でもね、7次元よりも上があるの。それが8.9.10.11次元なの。891で白衣。つまり、科学者や医者が担う。0は新しい宇宙。11次元は神」


 リリスが言い返す。


「全知なら、なんで世界を終わらせるリスクを犯すの? 意味わかんない」

「全てを知っているのは全てのパラレル宇宙の中で私だけ。その私の選択なのよ? 正解です」

「裏宇宙からやって来てまで何をしたいのよ?」

「知っているわ。あなた達、私の宇宙(裏世界)の理達と繋がっているでしょう?」

「そりゃ、そうよ。世界の危機なのよ! こっちが壊れればあっちも壊れる」


 ソフィアの激突は一旦落ち着く。


「じゃあ、私たち双子を納得させたら殺さない。今からは議論の時間よ」

「分かったわ。じゃあ、会議室に」


「ねぇ、ヘレーネ。全てを知っているんでしょう? 僕も知りたいんだ」

「それは……。そうですね。全てを、語ることは出来ませんが、少しくらいなら、話すべきですね」


 ヘレーネ曰く。


 世界は元は虚空だった。光でも闇でもなく、正でも負でもなく、陰と陽でもなく、ただ、虚空が在った。ある時、その虚空に揺らぎが生じた。確率ゼロが起きたのだ。その時に反響して二項対立が生まれた。全知と全能。創造主と呼ばれるものは虚空であり、虚空だからこそ、何にでもなれた。表宇宙と裏宇宙が互いにメヴィウスの輪のように生まれた。永遠の円環のようでもあり、無限の螺旋のようであった。


 だが、始まりの存在主は問うた。


 この宇宙は11次元まで。

 なら、その上はないのか?


 神のレゾンデートル。

 何故神は、この宇宙は生まれた?


 人のレゾンデートル

 何故私は生まれたのか?


 世界の始まる前は?

 世界の終わる後は?


 エデンの園配置、確率ゼロの事象の発生

 フィニス、真実の終わり

 ラカン・フリーズの門、11次元の先


 ニーチェ哲学の永劫回帰のように、この宇宙は永遠にループしている。少しずつズレながら、延々と。そして、当然、全知の少女ヘレーネは最初から未来を知る者として生きた。その結果、反対宇宙にいる全能の少年に会い、全知と全能を合わせようとした。


 何故なら、全知の記憶の中でヘレーネは悟っていたからだ。この世界が保つ限り、私は私の魂の片割れである、ツインソウルと会えないと。だから、反対宇宙から全知の能力でこの宇宙にやってきて、椋と会うことにした。


「つまり、運命の人と会いたかったから、世界を終わらせる?」

「笑わせるな」

「あなた達には分からないですよね。私が何度、138億年を生きてきたのか。その時間の長さが分かりますか?」

「それは、気の毒だけどよ」

「そうか……。そういうことなのか」

「ちなみに、ループは何回目だ?」

「六億と少し」

「まじか」

「大マジです。椋は、どうなのですか?」


 ヘレーネが僕に聞く。必死に。


「六億回も138億年を、か。そこまでして会いに来てくれて嬉しいよ。でも、世界を終わらせるのはちょっと」

「そんな……。なんで、なんでよ!」


 ヘレーネは泣きながらその場を去る。


「これで正解よ。あの子が裏宇宙に帰ればこっちの宇宙もあっちの宇宙も滅ぶことはない」

「だけど、男として、さっきの返しは酷いよ」


 アイラが告げる。


「なんて言えば良かったんですかね」

「愛してるとか、好きとか?」

「嘘は嫌なんです。まだ会って5日目なんですよ。好きはいいですが、愛してるって言うの怖いんです」

「何故?」

「もし仮に愛してるって僕が言って、その時に僕の心が本当は愛していなかったら、相手に失礼だからです……」

「初心かよ。まぁいい。向こうにも事情があるんだろうけどさ。でも、向こうは幾億年も会いたがってたんだろ? その気持ちに答えないのは男としてダメだろ」

「そうですね。行ってきます」


 ヘレーネを追う。その時、何故か中庭にいる気がした。デジャブのような導き。すると、そこにはヘレーネが樹蔭で泣いていた。


「ヘレーネ。ごめん」

「何しに来たの? ほっといて」

「ねぇ、どうしたの?」

「やっと会えたのに……。あと三日であなたは死ぬ。世界も終わる。私たちは何者なの? なんで生まれたの?」

「もしかして、君は全知では無いのか? 」

「そうよ。今はね」

「では、何が君をそこまで駆り立てる?」

「愛を知りたくて。あなたに愛を教えたくて」

「ヘレーネ。君は愛の理なんでしょう? なら愛の対の理は?」

「力よ。だからあなたは全能なの」

「ソフィアも使えないよ」

「7日目の夜にあなたが生きたいと思えば世界は続く。でも、いつも、あなたは、あなたは、全てを知るために、世界を救うために、私を愛するために、自死を選ぶ――」

「そんな……」

「何が起こるか知りたい?」

「うん」

「オムニソフィア【全知領域】によれば、フィニスが来る」

「フィニスって、真実の終わり?」

「そう。世界の完全リセット。虚空に戻ること。その時全てのパラレル宇宙も消える。ゲームのリセットと同じ。要はオートセーブのゲームをしていて、その全てのデータのアンインストール。そして、終末、フィニスが7日目に来る。そこから7日間で世界は完全に消える。その時この対宇宙は滅ぶ。全ての記録も抹消される。【アギト】神に挑み、勝ち誇る超越者を終ぞ生まずに生まれた世界はね」

「永劫回帰で記憶が残ったりしないの?」

「全知の私や、一部のソフィアを習得している人だけかな」

「そうなんだね。僕はどうすればいいの?」

「生きようとすればいい。ただ、それだけ」

「アギトって?」

「神への挑戦者のこと。彼らは歴史上にも宇宙文明にもいる。でも、誰一人神を超えてない」

「てっきり君が神だと思ってた」

「私は神の左脳。君が神の右脳」

「左脳と右脳?」

「あなたはただ生きている実感をすればいい」

「でも、3日後に死ぬんだよね?」

「タイムマシン。そろそろ出来るみたいよ。貴方を死なせないためのタイムマシンだから」


 ヘレーネは立ち上がると僕の手を握った。


「行きましょう」


 そこにはさっきの双子がいた。


「変な素振り見せたら」

「私たちが殺す」


「構わないわ。それより、ジョセフ。稼働状況は?」


 ヘレーネはアイスピーの長に問いかける。


「はい。やはり、理論上、西暦ゼロ年までしか遡行出来ないようですね」

「それでいいわ。真莉愛に会いましょう」

「今から?」

「ええ」


 タイムスリップ。僕とヘレーネは西暦ゼロ年に遡行した。そこには生まれた赤子のイエスがいた。彼は神の子。3rd。


「椋、行くわよ」

「喋れないよ、きっと」

「私の念波なら言語を超えて話せるわ」


 イエスの母、マリア。

 マリアナ海溝よりも深い愛を捧げる存在。


「知っている?この宇宙には1人しかいないの。反対宇宙にも1人しかいないの。私と貴方だけ。たまたまそちら側にいて、なにも知らないだけ」


 そう言い残してヘレーネはマリアの元まで向かう。


【マリア。久しぶり】

【あら、ヘレーネ様。どうしたのですか】

【受胎告知はガブリエルから?】

【はい。この子をちゃんと育てます】

【二つ言伝頼めるかしら】

【何でしょうか】

【主神、7th様が死なないように、この子に代わりに世界を平和にさせて下さい】

【分かりました】

【イエスは3rd。この意味を分かりますね?】

【まさか、この子が?】

【はい。選ばれた子、運命を仕組まれた子です】

【分かりました。愛を持って育てます】

【そして、もう一つ。マリア、母を失うことになっても、全知にはならないで、とイエスに聞かせなさい】

【世界平和の実現と全知を求めないことですね】

【そうです】

【ところでその方は?】


 僕の方に目線が来る。


【もしかして、ヘレーネ様の旦那様?】

【まだ、です】


 僕はよく分からずただ待っていた。

 タイムマシンで現代へ戻る。


「今ので何が変わるの?」

「何も変わらない。2021年製タイムマシンでしか、世界は変えられない。今のはただ辻褄を合わせただけ」

「他にも過去に?」

「ええ」


 それから時間遡行を107回繰り返した。その殆どが偉人。1回毎に現実世界で3分33秒かかる。3次元だかららしい。もし4次元なら4分44秒なのだとか。


「これで辻褄合わせは終わりね」


 そして、双子の少女が現れた。


「で、タイムマシンは出来たけど、世界変わってないじゃない?」

「あなた達が気づいていないだけですよ」

「また戦うか?」

「いいですよ」

「ねぇ!」


 僕は声をはった。


「三人とも、僕のことを教えてよ。僕は何者? 7thって、何?」

「それ、説明してなかったの?」

「その時が来たわね」


 ヘレーネは語る。


 7thと呼ぶ存在は、全知全能の力で世界永遠平和を実現した2021年に死んだ少年のこと。その生まれ変わりが、僕らしい。曰く、永遠の輪廻の中で魂は必ずいつか11次元の水門を潜る、と。


 その少年は問う。


 世界平和とは

 争いがないこと?

 差がないこと?

 資本主義と共産主義

 金本位制と貨幣制度

 人間の生存本能、競走本能。

 勝つと嬉しい、負けると悔しい。

 争いのない世界は退屈だ。

 本当に?

 助け合い、所有もない

 それは楽しい?


 三悪道

 六道輪廻

 そこに縛られる凡夫たち

 なら、彼らを救う方法は?


 全能の力で世界を改変した。

 2021年1月7日終末Eve

 1月8日神涅槃

 1月9日涅槃寂静、神殺し


 そして、少年は悟る。全能の秘儀はもう終えていると。そして、マンションの屋上から天空へと飛び立った。光の翼で。その生まれ変わりが僕。


「あなたは自分の死と引替えに一切離輪の儀を行った。全てを赦すことにした。全ての悪も含めて赦すことにした。それは真の世界永遠平和を叶えるために、魂の片割れであり、運命の人である全知の私、と永遠に別れる選択。真理を悟り、そして死を選んだ。つまり、一切離輪の儀は全ての霊を円環と螺旋から解脱させる秘儀。でも、君はその時にラカン・フリーズの門を、その水門を見据えて、なお12次元以上に昇らなかった。全ての霊魂が12次元以上に昇るのを待ってから、私と一緒に行くために」

「ラカン・フリーズの門?」

「その先に真理の先があるとされる。全てがいずれ還る場所」

「もう何人かそこに行ったの?」

「まだいない。彼岸に行ったヨハン、キャロライン、イエス、釈迦も、まだオムニソフィア【全知領域】には至ってない。いずれまた生まれる。でも彼らは救われるために生まれるのではなく、菩薩や仏、諸天として救済者なの」

「全知領域って何?」

「イデアの海、トーラスの森、アカシックレコード。情報の海よ。でもね、みんなもそこに辿り着く。真理の山の頂上には、意外と多くの人が辿り着いてる。でも、その先がある」


 それが神のレゾンデートル

 それが虚空の先

 それがゼロの先

 それがエデンの園配置の先

 それが永遠の先

 それが終末の先

 それが涅槃寂静の先


「愛の理が自我を持つと、世界から愛が消える。理が一つでも欠けると世界は崩れる。愛の管理、全知領域、つまり、私のせいで世界は終わるの。でもね、もしも明日世界が終わっても

 、いいの。あなたに会えたから。だから、私は裏宇宙に帰るよ」

「それは本心なのか?」

「えっ」

「本当のこと、聞かせてくれ」

「本当のこと?」

「ああ」

「いいの? 重いよ」

「いいさ。さぁ」

「あなたと平凡に幸せに生きたいだけなの」

「だけど、一緒にいると明後日から世界は崩壊し始めて、9日後には世界は終わるんだよね」

「うん。どうしよう」


 ヘレーネはやはり、僕と一緒に居たいだけ。ただそれだけなのかもしれない。こんなに嬉しいことはない。そして、僕は思う。この愛に応えたいと。


 ヘレーネは世界平和も求めてる。全能の少年が生きようとする限り世界は続く。全能の少年が真理を悟ると、全知になると、二つがひとつになり、始まりに、無に帰る。


「2021年に全能の少年が般涅槃を選んだ。それが行けなかった。その時に世界は終わるはずだった。でも、私が全知の力でこの正宇宙に干渉して、守ってた。でも、必ずフィニスが来て、世界は終わる」

「なら、2021年に戻れば? 僕の前世と会えば?」

「一つの時間軸に同じ魂は存在できない」

「僕が帰れないのなら、ヘレーネか、他の人に頼めば?」

「オムゼソフィア【全能領域】。2020年3月23日から2021年3月23日までの一年間、時間遡行は不可」

「君でも?」

「ええ。でも、7日目の聖夜、君は私を呼んでくれた。愛してくれた。もう忘れてしまっただろうけれど、私は貴方を愛してる。でも」


 どうせ円環に帰る。

 リセットする。

 時間遡行は無意味。

 ラカンに還る。


 リリスがヘレーネを問い詰める。


「ヘレーネ! つまり、2021年に死んだこの世界の主神7th、全能の少年の生まれ変わりがそこの少年で、君はその運命の人に会うために、世界を終わらせるリスクを負っても会いに来たと?」

「そうよ! それに一切離輪の儀を完全に叶えるために」

「一切離輪の儀。それはどうやって?」

「2021年の当時には文明が、世界が彼の理論に追いついていなかった。今の科学技術なら、叶えられる。だから私は彼と出逢えた」

「全ての存在をこの11次元宇宙から解放するの。だからアイラ、リリス。手伝って」

「今日、アイラ、死ぬのよ」

「そうね」

「だから、私たちはもうあなた達に加担しない。私たちは今日と明日を二人だけで過ごしたいからね」


 そう言ってリリスとアイラは去っていった。


「ねぇ! ヘレーネ。僕、何も」


 言葉は最後まで届かなかった。

 空間が、ひび割れた。


 ガラスのように、世界が音もなく裂ける。

 色が剥がれ、時間が裏返り、重力が意味を失う。


 そこに現れたのは――

 フィニスだった。


 形はない。

 意思だけがある。


【確認する】

【第七位相・全能個体】

【生存意思:揺らぎあり】

【全知個体:覚醒進行中】


「来たわね……」


 ヘレーネは、もう泣いていなかった。

 その背中は、ひどく小さく見えた。


「椋。最後の選択よ」

「……生きるか、悟るか?」

「いいえ」


 ヘレーネは首を振る。


「生き続ける世界を選ぶか、それとも、終わりを完全に引き受けるか」

「どういう意味だよ……」

「あなたが生きることを選べば、私は――この世界の外に出る」

「外?」

「裏宇宙でも、彼岸でもない。観測も記録もされない場所。二度と、あなたと会えないかもしれない」


 胸が、締め付けられた。


「じゃあ……君は?」

「私は“愛の理”だった。でもね――」


 ヘレーネは、はじめて人間みたいに笑った。


「あなたに出会って、ただの女の子になってしまった」


 フィニスの声が、空間を震わせる。


【選択を】

【第七位相】


 世界が、走馬灯のように流れる。


 ヨハンの泣き顔。

 キャロラインの歌。

 イエスと釈迦の笑い。

 アイラとリリスの背中。


 そして――

 月の深淵で目覚めた、白衣の少女。


「……ずるいよ、ヘレーネ」

「なにが?」

「君はさ。世界も、僕も、全部背負おうとしてる」

「それが愛でしょう?」

「違う」


 僕は、一歩踏み出した。


「愛は分け合い、与え合うものだ」


 ヘレーネの瞳が、揺れた。


「全知になるなって言ったのは、君だろ?」

「……!」

「ならさ。君が全部知る必要もない」


 フィニスが沈黙する。


「ヘレーネ。君が“理”であるなら――理を変えよう」

「そんなこと……」

「出来るよ」


 僕は、自分の胸に手を当てた。


「全能ってさ、何でも出来る力じゃない」

「……?」

「何もしない選択が出来る力だ」


 静寂。


 そして――

 光が、ほどけた。


「君の全知を半分貰う。だから、僕の全能を半分君にあげるよ」


【円環の再定義】

 コード解析中

 延々の永遠の協議中

 理解不能、演算不可

 不可説不可説転演算不可

 三千大千世界滅演算不可

 最高天羅刹演算不可

 天空侵犯=最期の審判演算不可


 世界は、終わらなかった。

 でも、元には戻らない。

 裏宇宙と表宇宙が矛盾なく統合された。

 それは一なる者への回帰でもなかった。

 ニーチェ哲学の永劫回帰でもなかった。

 二なる者へと増殖したのだ。


 梵我一如。個人と宇宙の一体性。

 世界には1人だけしかいない。

 もうそんなことはない。


 確かに全知だった少女ヘレーネ・ルイス・クロノスタシスと全能だった少年ヴィーナス・ルイス・クロノスタシスが存在した。


 だが、彼らは今は神話を生きない。当たり前の平和を謳歌する。十二の理は解体され、十三仏は“役割”を失い、フィニスは監視者へと変わった。


 死は、救済ではなくなった。

 彼岸の先は六道輪廻のどこか。

 極楽浄土は次の生の前の宿り木。


 悟りは、終点ではなくなった。

 真理の先に虚空の先に、レゾンデートルを。

 神の生まれた意味を。

 僕らの生まれた意味を求めて。


 ヘレーネは――

 全知ではなくなった。


 椋は

 全能ではなくなった。


 代わりに、愛の理は世界に溶けた。広がって行った。時を超えて愛が届くようになった。


 誰のものでもない愛。

 管理されない愛。

 祈らなくても、存在する愛。


 その代償として―― もう世界はループすることは無くなった。6億の回帰の末に、ヘレーネは最期の世界を謳歌することにした。


 ―エピローグ―


 月は、もう割れていない。

 第三次宇宙大戦は、歴史書の一章になった。


 僕は、ただの人間として生きている。


 時々、夢を見る。


 白いワンピースの少女が、遠くで手を振っている夢。声は聞こえない。近づくことも出来ない。


 でも――

 確かに、温かい。


「……生きてていいんだよな」


 空を見上げる。

 答えは返ってこない。

 それでいい。


 ―最後のモノローグ―


 かつて、世界を救うために、神になろうとした少年がいた。


 でも彼は、誰かを愛した瞬間、神であることをやめた。


 それは敗北ではない。

 それが、人間の勝利だった。


 そして、僕は君に会う。丘の上の病院で。仕組まれた運命。君のことまだ何も知らないけれど、思い出せないけれど。奇跡は起こるよ、何度でも。


 病室から出て、デイルームで。

 夕日の射すそこで


「あの、前にお会いしましたか?」

「私も同じこと考えてました」


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君の為の僕らのSF 空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~ @Arkasha

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