追放された付与術師、自分自身を『神』へと強化する。~捨てられた俺、実は万能チート。美少女と無双する間に、元仲間は全滅しているようですが?~

@tamacco

第1話 「地味で役立たず」と言われて、Sランク迷宮に置き去りにされました。

「レント、お前はクビだ」


その言葉は、まるで冷たい刃物のように俺の胸に突き刺さった。

じめじめとした湿気と、腐臭が混じり合う洞窟の中。

俺たちがいるのは、大陸でも屈指の難易度を誇るSランク迷宮『奈落の顎(アギト)』の深層、第九十階層だ。


松明の明かりが、俺を見下ろすかつての仲間たちの顔を照らし出している。

Sランクパーティ『栄光の剣』。

若くして王国の筆頭戦力と謳われ、富と名声をほしいままにしている英雄たち。

そのリーダーである剣聖ヴァルスが、鬱陶しそうに金髪をかき上げながら、俺に宣告を突きつけていた。


「ク、クビって……どういうことだよヴァルス。こんな場所で冗談はやめてくれ」

「冗談? 俺がいつ冗談を言った?」


ヴァルスは鼻で笑う。

その隣で、天才魔導師のエリナが呆れたようにため息をついた。


「あのねえ、レント。ヴァルスは本気なの。いい加減、察しなさいよ」

「そうですよ、レントさん。貴方の能力は、もう僕たちのレベルについてこれないんです」


盗賊のジャミルが、ニヤニヤと嘲笑を浮かべながらナイフをもてあそんでいる。

俺は視線を彷徨わせ、最後に、幼馴染でもある聖女アリアを見た。

彼女なら、庇ってくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。


しかし、アリアは俺と目を合わせようともしなかった。

俯き、気まずそうに視線を逸らす。それが、彼女の答えだった。


「……嘘だろ、アリア」

「ごめんね、レント。でも、これからの『栄光の剣』には、もっと強い支援職が必要なの」


アリアの言葉が、トドメだった。


俺の職業は『付与術師(エンチャンター)』。

剣や鎧に魔力を込め、切れ味を増したり、防御力を上げたりする裏方職だ。

だが、俺の付与は地味だった。

派手な爆発魔法も使えなければ、瞬時に傷を治すヒールも使えない。

ただひたすら、仲間の武器が錆びないように、少しでも硬くなるように、地道な魔力操作を続けるだけの仕事。


「お前の付与魔法はゴミだ」


ヴァルスが吐き捨てるように言った。


「攻撃力上昇と言っても精々が一割増し。防御強化も気休め程度。そんなもん、高価なポーションや使い捨てのアーティファクトで代用できるんだよ」

「でも、俺の付与は持続時間が長いし、装備の耐久度も回復できる! 長期探索には絶対に必要なはずだ!」

「それが要らないって言ってんのよ」


魔導師のエリナが口を挟む。


「私たち、もう十分にお金持ちでしょう? 装備なんて使い潰して、新しいのを買えばいいじゃない。あんたみたいにチマチマと剣を研ぐような人間、Sランクパーティには相応しくないの」


なんて言い草だ。

俺がどんな思いで、毎晩彼らが眠っている間に装備のメンテナンスをしていたと思っているんだ。

ヴァルスが振るう剛剣も、エリナの杖も、俺の調整があったからこそ、この深層でも折れずに機能しているのに。


「それにな、もう代わりは見つけてあるんだ」


ヴァルスが背後を指差す。

そこには、見知らぬ男が立っていた。

煌びやかなローブを身に纏い、いかにも高位の術師といった風情だ。


「彼は『賢者』の称号を持つガイルだ。全体強化魔法(フィールドバフ)を使える。お前のように一人一人ちまちま掛けるのと違って、パーティ全員の能力を一度に三割も底上げできるそうだ」

「……三割」

「そうだ。一割しか上げられないお前とは格が違う。これでわかったろ? お前はもう、ただのお荷物なんだよ」


お荷物。役立たず。

五年間、泥水をすするようにして一緒にここまで這い上がってきた仲間に対する言葉が、これか。


「わかった……抜けるよ。街に戻ったら、ギルドで脱退の手続きをする」

「は? 街に戻る?」


ヴァルスがきょとんとした顔をし、それから腹を抱えて笑い出した。

他のメンバーも、まるで面白いジョークを聞いたかのように笑っている。


「おいおい、何を勘違いしてるんだ? お前を『ここで』追放するって言ってるんだよ」

「……え?」

「街まで連れて帰る手間なんて、誰がかけるかよ。お前の分の食料も水も、もうないんだ」

「なっ……ここは九十階層だぞ!? ソロで、しかも支援職の俺が帰れるわけないだろ!」

「だから、死ねって言ってるんだよ」


ヴァルスの瞳には、一片の慈悲もなかった。

殺意すら浮かんでいない。ただ、道端の石ころを蹴飛ばすような、無関心な残酷さだけがあった。


「ちょうどいい囮(デコイ)が必要だったんだ。この先には階層主(ボス)の部屋がある。お前がここで魔物の血の匂いを撒き散らしてくれれば、俺たちは安全にボス部屋までルートを確保できるし、帰り道も楽になる」

「ふざけるな! 俺を殺す気か!」

「うるさいな。……おい、やれ」


ヴァルスの合図で、盗賊のジャミルが動いた。

素早い動きで俺の背後に回り込み、足払いをかける。

ドサッ、と硬い岩肌に倒れ込んだ俺の背中に、ジャミルのブーツが食い込んだ。


「ぐあっ……!」

「悪いですねえ、レントさん。抵抗しないでくださいよ」


ジャミルは笑いながら、俺の腰につけていたマジックバッグを奪い取った。

そこには、俺の全財産と、予備の武器、食料が入っている。


「あ、それは!」

「退職金代わりに頂いておきますね。中に入ってる魔石、結構いい値で売れそうですし」

「返せ! それがないと……!」

「武器も没収だ。どうせお前じゃ扱えないだろ」


ヴァルスが俺の帯剣していたショートソードを蹴り飛ばした。

剣はカランカランと音を立てて、暗闇の底にある崖下へと落ちていった。


「さて、仕上げだ」


魔導師エリナが杖を振るう。

彼女が詠唱したのは、魔物を呼び寄せる『誘引の香(アトラクト・パフューム)』だった。

甘ったるい、しかしどこか生臭い香りが俺の体にまとわりつく。

これでは、この階層中の魔物が俺を餌だと思って群がってくるだろう。


「じゃあな、レント。地獄で元気にな」

「さようなら、レント。……貴方のことは忘れないわ、たぶん」


アリアが最後に冷たい目を向ける。

そして、彼らは『転移結晶』を取り出した。

街へ戻るのではない。この階層の安全地帯(セーフティエリア)か、あるいは次の階層への入り口へ飛ぶつもりなのだろう。


「待て! 置いていかないでくれ! 頼む!」


俺の絶叫は虚しく響いた。

光が溢れ、空間が歪む。

次の瞬間、洞窟内には俺一人だけが残されていた。


静寂。

いや、違う。

遠くから聞こえてくる、複数の足音。

重低音の唸り声。

『誘引の香』につられて、魔物たちが集まってきているのだ。


「……くそッ、くそぉぉぉッ!」


俺は拳を地面に叩きつけた。

怒りで体が震える。

悲しみよりも、悔しさよりも、理不尽な暴力への激しい怒りがこみ上げてくる。


俺が何をした?

あいつらが装備の手入れをサボるから、俺が寝る間も惜しんで整備した。

あいつらが無茶な突撃をするから、俺が必死に防御バフを重ねがけした。

俺がいなければ、あいつらはとっくの昔に全滅していたはずなんだ。

それを、たかが数値上の攻撃力アップ量が低いというだけで。


「ガアアァァァッ!」


すぐ近くで咆哮が上がった。

暗闇からヌラリと現れたのは、巨大な影。

『アビス・ハウンド』。

Sランク迷宮の深層に生息する、地獄の番犬だ。

鋼鉄さえ噛み砕く牙と、魔法を弾く毛皮を持つ化け物。

それが三体。

涎を垂らしながら、赤い瞳で俺を睨んでいる。


武器はない。

防具は薄汚れたローブ一枚。

魔法は、攻撃力皆無の『付与』のみ。


「……死ぬのか」


死にたくない。

まだ何も成していない。

こんな暗い場所で、誰にも知られずに、あいつらに笑われながら死ぬなんて御免だ。


ハウンドの一体が地面を蹴った。

速い。

死の予感が背筋を駆け上がる。


逃げろ。

いや、無理だ。俺の脚力じゃ逃げきれない。

戦え。

素手で? バカな、勝てるわけがない。


思考が極限まで加速する。

走馬灯のように、これまでの人生が巡る。

修行時代。師匠に言われた言葉。


『レントよ。付与術の本質はなんだと思う?』

『対象の潜在能力を引き出すことですか?』

『違う。付与とは、"理(ことわり)"の書き換えだ。硬くないものを硬いと世界に誤認させ、鈍いものを鋭いと定義し直す。それは一種の"嘘"であり、"願い"だ』


理の書き換え。

世界を騙す嘘。


迫りくるハウンドの牙が、スローモーションに見える。

俺の手には何もない。

付与する対象(武器)がない。


「……いや」


あるじゃないか。

ここに。


俺は無意識に、自分自身の胸に手を当てていた。

これまで、付与術師の常識として『自分自身への付与』はタブーとされていた。

生物の体内には複雑な魔力回路があり、外部からの魔力干渉を拒絶するからだ。

無理に行えば、魔力暴走を起こして廃人になる。

だから、誰もやらなかった。俺もやらなかった。


だが、どうせ死ぬんだ。

魔物に食われて死ぬのと、魔力暴走で死ぬの、どっちがマシだ?

どっちも御免だが、あいつらに一矢報いる可能性が0.1ミリでもあるなら――!


「あがけ! 俺の才能!」


俺は、ありったけの魔力を練り上げた。

血管が焼き切れるほど熱い。

心臓が早鐘を打つ。


イメージしろ。

鋼鉄よりも硬く。

疾風よりも速く。

ドラゴンよりも強く。


対象は、俺自身(レント)。


「【身体強化(フィジカル・エンチャント)】ォォォッ!!」


叫びと共に、膨大な魔力が俺の細胞一つ一つに染み渡る。

バリバリッ! と音を立てて、俺の周囲の空間が歪んだ。

拒絶反応? ない。

むしろ、乾いたスポンジが水を吸うように、俺の体は魔力を飲み干していく。


かつて師匠は言った。

俺の魔力は「無色透明すぎて、他者への影響力が弱い」と。

だが、自分自身に対してはどうだ?

最も相性がいいのは、他人の作った剣じゃない。自分自身の肉体だったんだ。


ドォォォォォン!!


衝撃波が発生し、飛びかかってきたハウンドが空中で弾き飛ばされた。

壁に激突し、悲鳴を上げて崩れ落ちる。


「……は?」


俺は自分の手を見た。

光っている。

淡い金色のオーラが、全身を包み込んでいる。


ステータスプレートを呼び出すまでもない。感覚でわかる。

力が溢れてくるなんてもんじゃない。

世界が、羽毛のように軽い。


「グルルル……ッ」


残りの二体のハウンドが、怯えながらも連携して襲いかかってきた。

左右からの同時攻撃。

今までなら、目で追うことさえ不可能だった速度。


だが、今の俺には「止まって」見えた。


「遅い」


俺は左手を軽く振った。

ただそれだけの動作。

なのに、強烈な風圧が発生し、左側のハウンドの首がねじ切れ、胴体が吹き飛んだ。


「ギャンッ!?」


右側のハウンドが空中で急ブレーキをかけようとするが、もう遅い。

俺は一歩踏み込み――地面がクレーターのように陥没する――右拳を突き出した。


触れてすらいない。

拳の先から放たれた衝撃波(ソニックブーム)だけで、ハウンドの上半身が消し飛んだ。

血飛沫さえ、俺の体に触れる前にオーラによって蒸発していく。


「……なんだ、これ」


静寂が戻った洞窟で、俺は呆然と立ち尽くした。

三匹のSランク魔物が、瞬殺。

しかも、魔法を使ったわけでも、剣技を使ったわけでもない。

ただの「デコピン」と「素振り」でこれだ。


俺は震える手で、ステータスウィンドウを開いた。


【名前】レント

【職業】付与術師

【状態】自己超越(トランセンデンス)

【筋力】99999+(限界突破)

【耐久】99999+(限界突破)

【敏捷】99999+(限界突破)

【魔力】99999+(限界突破)

【スキル】

・付与魔法(神域):対象の制限解除。生物、無機物、概念への永続付与が可能。

・自己再生(神域):即死以外、瞬時に完治。


数値がバグっていた。

カンストなんてレベルじゃない。

桁が、おかしい。


「はは……なんだよ、これ」


笑いがこみ上げてきた。

俺はずっと、自分が無能だと信じ込まされていた。

パーティの足手まといにならないように、必死でサポートに徹してきた。

だが、違ったんだ。

俺の才能は「サポート」なんて枠に収まるものじゃなかった。

自分自身を最強の兵器に作り変える、禁断の力だったんだ。


俺は、足元に転がっていた手頃な石ころを拾い上げた。

ただの石だ。

だが、今の俺の魔力を流し込めばどうなる?


「【硬化付与】【鋭利化付与】【追尾付与】……【神殺し付与】」


思いつく限りのバフを、その石ころに叩き込む。

石は眩い光を放ち、脈動し始めた。

軽く指で弾いてみる。


ヒュンッ!


石は閃光となり、洞窟の壁を貫通した。

それだけではない。

ズズズズズ……と地響きがし、貫通した先の岩盤が数百メートルにわたって崩落していく音が聞こえた。

たぶん、このまま迷宮の外壁まで突き抜けたんじゃないか?


「あいつらの持っていた聖剣より、この石ころの方が強いな」


俺は確信した。

今の俺は、強い。

ヴァルス? Sランクパーティ? 魔王?

今の俺なら、指先一つでひねり潰せる。


「……ふふ、あはははは!」


暗い洞窟に、俺の高笑いが響いた。

恐怖はもうない。あるのは、全能感と、そして――復讐心だ。


ヴァルス、エリナ、ジャミル、アリア。

お前たちは、最大のミスを犯した。

最強の装備係(おれ)を捨てたことで、お前たちの装備は遠からずガラクタになるだろう。

そして何より、お前たちは「魔王」よりも恐ろしい敵を、自分たちの手で生み出してしまったんだ。


「待ってろよ、『栄光の剣』。地獄を見るのは、お前たちのほうだ」


俺は歩き出した。

出口の方角ではない。

さらに奥、深層の最深部へ。


どうせなら、この迷宮の主(ボス)に挨拶してから帰ろう。

新しい力のテスト相手には、ちょうどいいはずだ。

俺の、本当の冒険はここから始まる。


これは、底辺だと思われていた付与術師が、自分自身に【神レベル】のバフをかけ、世界を蹂躙する物語の幕開けだ。

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