番外編 君が笑うから、僕の季節になる
フリスク
一日早い、クリスマスイブ ――恋人になる前の、研究室にて
【前書き】
この回は、リサの看病を経て、その後の映画鑑賞後、二人の心の距離が縮まり、お互いを親しみを込め、名前で呼び合うようになってからの、初めてのクリスマスを迎える回です。
(12月24日より年末休暇のため、12月23日に二人はクリスマスを祝っています。)
Scene 1:エリックのプレゼント選び
12月も中旬に入り、街はクリスマスの装飾で華やかに彩られていた。
エリックは一人、デンバーのショッピングモールを歩いていた。目的は一つ――リサへのクリスマスプレゼントを見つけること。
(でも、何を贈ったらいいんだろう)
書店の前で立ち止まりながら、エリックは困惑していた。
(研究関連の本?それとも、もっと個人的なもの?)
⸻
「友達として贈るのか、それとも…」
エリックは心の中で自問自答を繰り返していた。
映画館でタメ口になってから、二人の関係は確実に変化していた。でも、まだ「恋人」というには曖昧すぎる。
書店に入り、神経科学の専門書を手に取ってみる。
(これは堅すぎるかな)
次に文芸書のコーナーに向かう。
(小説も、趣味がわからないし…)
⸻
ふと、アクセサリーショップが目に入った。
(アクセサリーは…重すぎるよね)
でも、足は自然とそちらに向かっていた。
ショーウィンドウに並ぶアクセサリーを見ていると、一つのブレスレットが目に止まった。
小さな分子構造の形をしたシルバーのチャームが付いたブレスレット。科学者らしいデザインだが、上品で美しい。
「これは…」
店員が近づいてきた。
「お探しですか?」
「あの、このブレスレットは?」
「ああ、これはセロトニンの分子構造をモチーフにしたものです。幸せホルモンと呼ばれる神経伝達物質ですね」
エリックの目が輝いた。
⸻
Scene 2:リサのプレゼント選び
同じ頃、リサも別の場所でプレゼント選びに悩んでいた。
大学近くの本屋とカフェが併設された小さなショップで、彼女は考え込んでいた。
(エリックに何を贈ろう)
研究関連の本は、彼が既に持っているかもしれない。
かといって、あまり個人的すぎるものも…
(私たちって、どういう関係なんだろう)
⸻
リサは店内を見回していた時、手帳のコーナーで足を止めた。
革製の上質な研究ノート。エリックがいつもラボで使っているものよりも、ずっと立派だった。
「でも、これだけだと事務的すぎるかしら」
そんな時、隣の文具コーナーで美しい万年筆を見つけた。
深いブルーの軸に、細やかな装飾が施されている。
「研究にも使えるし、特別感もある…」
⸻
店員に声をかけて、万年筆を手に取らせてもらった。
「こちらは名前を彫刻することもできますが」
「名前…」
リサは少し迷った。名前を入れるのは、友達の範囲を超えているだろうか。
「少し考えさせてください」
⸻
Scene 3:夜の研究室での偶然
12月23日の夜。
エリックは年末の研究データ整理のため、一人で研究室にいた。
机の引き出しには、美しく包装されたブレスレットが入っている。
(明日、渡そうかな)
そんなことを考えながら、データ入力を続けていた。
⸻
午後9時頃、研究室のドアが開いた。
「あ、エリック」
リサが驚いたような顔をして立っていた。手には小さな包みを持っている。
「リサ、お疲れ様。こんな時間にどうしたの?」
「実験器具を片付けに来たの。明日から年末休暇だから」
「ああ、そうだった」
⸻
二人は少し気まずい沈黙に包まれた。
リサの手の包みに、エリックは気づいていた。リサも、エリックの机の上の包みに目を向けている。
「その…」
二人が同時に口を開いて、慌てて黙り込む。
「あ、エリックから」
「いや、リサから」
また同時になって、二人は苦笑いした。
⸻
Scene 4:プレゼント交換
「じゃあ、一緒に?」
エリックが提案した。
「うん」
二人は向かい合って座った。研究室の蛍光灯が、二人を静かに照らしている。
「メリークリスマス、エリック」
「メリークリスマス、リサ」
お互いに包みを差し出した。
⸻
エリックが最初にリサのプレゼントを開けた。
「万年筆…」
美しいブルーの万年筆を手に取る。軸の部分に、小さく「E.C.」と彫刻されている。
「名前まで…」
「研究ノートを書く時に使ってもらえたらって」
リサが少し恥ずかしそうに言った。
「ありがとう。とても素敵だ」
⸻
次にリサがエリックのプレゼントを開けた。
「これは…」
セロトニン分子のアクセサリーが現れた。
「分子構造のアクセサリーなんて、初めて見た」
「セロトニンの構造なんだ。リサが好きな神経伝達物質の形かな?って」
エリックが照れながら説明すると、リサの頬が少し赤くなった。
「とても素敵。ありがとう」
⸻
Scene 5:静かな時間
プレゼント交換の後、二人は並んで座っていた。
研究室の外では、雪が静かに降り始めている。
「今年も、色々あったね」
エリックが窓の外を見ながら呟いた。
「そうね。出会いから始まって…」
「テニスに、植物園に、映画館…」
「喧嘩もしたし、仲直りもした」
二人は今年を振り返っていた。
⸻
「来年は、どんな年になるかな」
リサが静かに言った。
「きっと、今年よりももっと…」
エリックが言いかけて、言葉を濁した。
(もっと近い関係になりたい)
そう思ったが、まだ言葉にする勇気がなかった。
⸻
「この万年筆、大切に使わせてもらう」
エリックが万年筆を見つめながら言った。
「私も、このブレスレット、とても気に入った。つけてみてもいい?」
「もちろん」
⸻
Scene 6:特別な瞬間
リサがブレスレットを手首にかけようとしたが、留め具が上手くいかない。
「手伝おうか?」
「お願いします」
リサが左手首をエリックに差し出す。
エリックは緊張しながら、慎重にブレスレットを留めた。
⸻
近い距離で、リサの髪の香りが漂ってくる。
エリックの手が震えそうになった。
「できた」
「ありがとう」
エリックが顔を上げると、二人の顔が近い距離にあった。
⸻
一瞬、時が止まったような感覚。
でも、エリックは一歩下がった。
(まだ、早すぎる)
「似合ってる」
「本当?」
「うん。とても綺麗だ」
リサが嬉しそうに微笑んだ。
⸻
Scene 7:帰り道の約束
「そろそろ帰ろうか」
エリックが時計を見ながら言った。
「そうね。もう遅いし」
二人は荷物をまとめ始めた。
「年末年始は、実家に帰るの?」
「うん。リサは?」
「私も。父と久しぶりにゆっくり過ごす予定」
⸻
研究室を出る時、リサが振り返った。
「今日は、ありがとう。素敵なクリスマスになった」
「僕もです。来年もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
⸻
外に出ると、雪はさっきよりも強くなっていた。
街灯の光を受けて、白い粒が静かに舞っている。
「気をつけて帰ってね」
リサが言う。
「リサも」
それだけの会話だった。
二人は、それぞれの帰路についた。
数歩進んでから、エリックはふと立ち止まり、振り返る。
少し遅れて、リサも足を止めていた。
視線が合い、どちらともなく小さく手を振る。
それだけで、胸の奥が温かくなった。
リサは歩き出しながら、手首のブレスレットを眺めていた。
冷たい金属の感触が、確かにそこにある。
エリックはコートの胸ポケットに手を入れ、
万年筆の硬い感触を確かめるように、軽く握った。
同じ夜、同じ雪。
けれど、それぞれの帰り道には、少しだけ違う鼓動があった。
それでも――
この夜が、ただの「友人としてのクリスマス」ではなかったことを、
二人とも、もう知っていた。
雪の中で交わされた小さな贈り物は、
まだ名前のつかない関係を、静かに前へと進めていた。
【後書き】
お読みいただき、ありがとうございます!
このエピソードは、友人以上恋人未満の、エリックとリサの初めてのクリスマス回となります。
ささやかに、静かなプレゼント交換のみですが、今日の日に投稿できて、良かったです!!
ちょっとしたエピソードは、こちらから投稿したいと思います。
良いクリスマス&年末を、迎えてくださいね⭐︎
次の更新予定
毎週 水曜日 20:00 予定は変更される可能性があります
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