その翡翠き彷徨い【第85話 変わらないもの】
七海ポルカ
第1話
「おっ」
「?」
「うーん」
「どうしました?」
「いや。何か出そうな気がしてたんだが、出たなあ」
「魔物ですか?」
「不死者だな。不届きにも【天界セフィラ】に出現する
「まぁ確かに。他に出るところなかったのかなとは思いますが」
「そうだろ? こうなるとどっちかというと向こうさんにとって罰ゲームじゃないのかな」
「……あまり気配が分かりませんね。どのくらい出ました?」
「ん~~~~5……いや6だな!」
「また随分出ましたね。あの……目が見えないので辺りの警戒を全部お任せして申し訳ないとは思いますが、もう少し早く気づいていただければ助かるんですが」
「うん 俺もそう思う。聞いてんのか赤いの! お前なに人の帽子の中で油断してんだ。
お前をぬいぐるみとして連れて来てんじゃないんだぞこっちは。
集中して薬草探してんだから周囲ちゃんと見とけよ。
お前絶対寝てただろ」
ギリギリと歯ぎしりが聞こえた。
「ここは結界の側だから闇の領域に近い。メリクに捉えにくいのはそのせいだろうな」
「もうかなり近くにいますか?」
「そうだなあ」
魔術師ラムセスは両腕を組んだ。
「――さて。敵は来ている。お前からは把握がまだ出来ていない。
お前ならどう対処する?
ちなみにこのやる気十分出してる赤蝙蝠をけしかけるってのは無しだ」
「そうですか。赤蝙蝠君に敵の方向を案内してもらおうかと思ったのですが、その方法は使えないということですね」
「うん。そゆこと!」
メリクは数秒押し黙ったが、後ろへ下げていた術衣の帽子をあげて被り直した。
「【
広げた両腕は魔術形成のイメージ。
前方に壁のように横に広がった氷壁が出現した。
すぐにメリクの右手の指が宙に呪印を描く。
そして続いて、左手が別の呪印を。
魔力に呼び寄せられた精霊が、大きく渦を巻くように動く気配。
赤蝙蝠がラムセスの肩に留まって、キラキラ光る空を青い瞳で見上げている。
髑髏兵が氷壁を突破しようと攻撃を仕掛けて来る。
「【
メリクは丁度、氷壁をなぞるように腕を振るい、自らが形成した氷壁を爆炎で薙ぎ払った。
その攻撃を受けて消滅した敵もいるが、敵の侵入を防ぐ壁にするならば、これ以外にも方法はある。
優れた魔術師は二度手間などはしないものだ。
つまりメリクが最初に氷の魔法を行使し、そこに炎の魔法を合わせたことに意味がある。
精霊同士にはある一定の、魔術を形成するほどの密度に集った時、互いの属性同士を近づけると決まった反射行動を行う。
それは属性により異なり、それが特徴となる。
魔術は行使する精霊の種類、組み合わせで大方の形が決まる。
呪文は魔言により、召喚する精霊の順と、規模と、流れを決めるというようなものだ。
氷と炎の精霊は、普通打ち消し合うが【
大魔法ともなるとその効力は広範囲長時間に及ぶが、上級魔法なら一定時間という所だ。
炎の精霊の支配下では氷の花は咲かないが、
氷の精霊が形成する枠組みの中で炎の魔法を行使すると、
一定時間互いにそこに留まり、反発をし合うという特性がある。
この特性は別の反射魔法形成の基本的な算術となっていて、要するに奇抜な発想ではなく、精霊法に則った正しい応用だ。
まるでカーテンのように広がった、特別な魔域が構築された。
これは目の見えないメリクが全て把握出来るもので、髑髏兵は土の属性を持つため、この領域に侵入して来ると精霊が反発し、その動き、位置をすぐさま感じ取れることが出来る。
そして。
メリクがすでに詠唱を始めていた雷の魔法は、氷の精霊が広がる領域に放つと、直線的な動きを好む精霊たちが反発し、四方に広がる変化を見せるもの。
放たれた雷の魔法は氷の領域となった床を絨毯のように広がり、髑髏兵の群れを飲み込んだ。
この魔物に対して雷の魔法が有効だというのは、魔術学院なら初等に習うような基礎知識に過ぎないが――、
ラムセスは残っていた強い光の浮遊霊が攻撃の光を帯びたと同時に、メリクが最後の魔法を放つのを見届けた。
この緑の光の浮遊霊は雷以外の属性に対して高い抵抗力がある。
だから雷の魔法は髑髏兵同様有効だ。
したがってメリクの選ぶ呪文は、最初から一つでも別に構わないのである。
だがその時彼が左手で切った呪印は別の魔法を紡ぐものだ。
ここにメリクという青年の魔術師としての真価が見える。
浮遊霊は、実体を持たない代わりに自らの存在の形成を、魔力と、大気中の精霊を取り込むことに大半を依存している。
彼らの放って来る魔力も魔術も故に強力なものであり、力のない魔術師は最も相対するのに危険な存在だった。
しかしその強力な魔力は、放つときに自らの周囲にある精霊をも巻き込んで放って来るため、浮遊霊が呪文を放った直後、その周囲の魔力の守りが消えるという特徴があった。
つまり、攻撃と守りを同時には出来ない魔物なのである。
白い光を放ち、攻撃の魔力を放って来た。
――【
【
刹那的にありとあらゆる魔法を反射する、鏡のような壁を形成するものだ。
この魔法は結界魔法の分類にあるだけあって、形成するにはある程度時間が掛かる。
しかしその形成する基礎的な精霊法が、氷と炎の算術にある。
すでにその領域を形成していたメリクには、詠唱の土台の大半を省略できる状況が整っていた。
通常では考えられない一瞬の号令で、メリクは放たれた魔法に対して反射攻撃を行った。
浮遊霊の周囲の魔力の守りは、自動的に解除されている。
精霊法の規則に則った、当然の倣いとして。
自らの放った強い魔力に飲み込まれ、浮遊霊が三匹、弾け飛んで消滅した。
まだそこに、彼の魔域は広がっている。
残りの敵は一体。
目で見えるかのように、その存在を今は把握できるメリクにとって、薙ぎ払うには容易いことだったが、彼は隣に悠然と腕を組んで見守っていたラムセスの方を見た。
「あなたなら、どのように」
「目が見えなかったからか? やりようはたくさんあるけどな」
ラムセスの声が笑う。メリクの感じとる魔力。楽し気に光のように瞬く。
「けど、お前の魔術の操り方は好きだぞ。
なんか見た目にも綺麗だな。
俺は一時魔術を使って奇術師みたいなこともして金を稼いでいたから、不細工な魔法の見せ方をする奴だけは好きになれん」
「魔術学院の生徒が小遣い稼ぎに魔術を見せものに使ってたら、俺の時代じゃ退学決定だし、思想が問題視されて異端審問にもかけられそうですね」
ラムセスが今度は声を出して笑った。
「時代も変わったな」
彼はメリクよりも一歩、前に踏み出した。
「だが、世界の理があるだろう。
自然というものだ。
鳥に翼があるように、
花も理論なんて必要なく、美しく咲く。
魔術が精霊法に基づいて形成されるのならば、
生み出される魔術も、見た目は美しいはずだ」
メリクはふと、側にいるラムセスがもし自分の時代魔術学院にいたとしたら、その講義を聞いてみたかったと思っていた。
ラムセスはメリクを助手と呼ぶようになってから、色んな所に彼を連れ出した。
主に魔術研究に使う薬草や魔石などの採取が目的だ。
当然、こうして魔物に遭遇することもある。
そういった時、必ずメリクにどう対処する? と尋ねて来て、
彼にとっては後世の魔術師になる、メリクの使う魔術の様子を楽しんでいるようなのだ。
ラムセス自身はあまり魔術で戦うことはない。
彼の魔力はさほど高くはない。
合理的な思考を重んじる人物像なので、
自らは研究者で、戦う魔術師ではないと割り切っているのかもしれない。
――だとしても、不死者一匹葬るなどは容易いだろう。
彼は元々不死者研究の第一人者だったのだから。
ラムセスの魔法をまだあまり見ていないと思い、彼が魔法を使う気配に、メリクは素直に好奇心を抱いた。
サンゴール王国において【創始の魔術師】とも謳われる賢者ラムセス・バトー。
目が見えなくても、魔術の形成の仕方や精霊の動かし方は感じ取れる。
どんな魔法の使い方を見せてくれるのかと思った瞬間。
「色々やりようはあるけどな! 今は急いでる。
なんてったってこの手に入れた【虹の瞳】の魔力はすぐ封じないと十時間以内に単なる石になってしまうしな。
よって、やり方とか関係ない。――瞬殺だ!」
――カッ!
賢者ラムセスの魔術が見れると密かに心躍らせたメリクの刹那の失望を、
一瞬の凄まじい光が飲み込んだ。
「⁉」
ドオン! 前方で大きな爆炎が上がった。
キィキィ! と赤蝙蝠のはしゃいだような声が聞こえる。
白い光の中に傷跡のように鋭く走った、
一瞬の、もっと深い、光。
(あれは……)
「さ~! 早く研究室に帰ろうぜ~!」
呆気にとられた顔をしているメリクの手首を取り、ラムセスははしゃいだ足取りで歩き出したのだった。
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