徴のナーニャ

鳩のまーりぃ

第1話

 朝。僕がカーテンを開けると爽やかな朝日が差し込み、ベッドに眠る愛らしい少女の無防備な寝顔を照らした。


 朝日に照らされた少女は明るさに顔をしかめ、一度は布団を被って光から逃れようとしたが、それでもまだ明るかったのか眠る事を諦め、モゾモゾとその上体を起こした。


 この愛らしくも愛くるしい少女の名はナーニャ。エルフの少女だ。


見ての通り美しい銀髪はふわふわとしたエアウェーブで、手触りは水のように滑らか。肌は白く透き通っていて頬だけは少しだけ赤く、目は少し吊り目がちだけど大きな銀色の瞳がまた愛らしい。耳は小さいながらも立派にとんがっていて、小さな鼻、少しぷっくりとしていて薄い色の艶々した唇によって構成された顔は絵画に残して人類の終わりまで宝として残されるべきだろう。全体的に華奢な体付きをしていて身長は僕の胸あたりまでしかなくて、胸や体重は──


『マナアロー』


「いたぁい!」


 上体を起こした後、暫くじっと僕の事を見ていたナーニャだったが、突然魔法による小さな弾を指先に生成して僕の顔に向けて飛ばしてきた。弾は僕の顔面に直撃。強い衝撃を受け、僕は窓枠に後頭部をぶつけてしまった。


「あらごめんなさいね。なんだか無性に止めないといけないような気がしたの。痛かったかしら?」


「ふふ、ナーニャにされる事が痛いわけないよね……」


 まだ眠たいのだろう、朝日に目を細めて眩しそうにしながら欠伸をして、目を指で拭っている。その愛らしい見た目にそぐわぬクールな声と口調は寝起きでも健在だ。


「それはそれとして、おはようナーニャ! 今朝もこうして君の可愛らしい名前を呼ぶ事ができる! 僕の唇はその感動に打ちひしがれているよ!」


「あらそう。私の耳はその気持ち悪い口説き文句でとんがってしまってるけど」


「それは元々だねぇ!」

 

 ベッドから降りて、「冗談よ」と目を細めて大人びた笑顔を送ってくるナーニャに、朝から心を掻き乱されてしまう。


 もうなんとなくお分かりだと思うけど、僕──サグは、ナーニャの事が大好きだ。愛していると言ってもいい。もちろんそんな事は恥ずかしくて口に出せないけれど。


 僕は各地を渡り歩いてその地域に巣食う魔獣を討伐し、その報酬を得る事で生活をする、ハンターと呼ばれる存在だ。


 ナーニャは僕の相棒の魔法使いで、父親を探しながら僕と一緒にハンターとして旅をしている。


 ナーニャの父親は、人間がまだ魔族と戦争していた時代に人間に手を貸していたエルフの1人であり、魔族との戦争に人間が勝利した少し後に行方をくらましてしまったらしい。名前をゴルドーという。僕のお義父さんになるお方だから、一刻も早く見つけ出してご挨拶させていただきたいと思っている。


 そんな訳で、僕達は今、王都サンスヒアードを目指している。まだまだ王都は遠く時間がかかるだろうが、魔族との戦争で前線を張っていた魔法使いであればゴルドーの事を知っている人もいると思っているからだ。


 王都に移動するまでの食料をはじめとした物資を集める為にも、今日も魔獣を狩ってお金を稼がなければならない。


「さ、ナーニャ。これに着替えて。お湯も飲んで。早く村長に魔獣の被害を聞きに行こう」


 懐で温めていたナーニャの服と飲みやすい温度に温めたお湯が入った木製のコップを渡し、僕は一度部屋を出る。できれば着替えを手伝ってあげたいのだが、以前それを提案したところ虫を見るような目で断られてしまった。そのうちまた挑戦したい。


 壁に背を預けて待っていると、ドアノブが動き、扉が開いた。その美しい銀髪の上には小さなティアラが載せられ、身体はクリスタルの装飾が入った青いローブに包まれ、チラリと見える足首がとても可愛い。歩く度にその髪の毛がふわふわと揺れて思わず目を向けてしまう。


「お待たせ。行こうか、サグ」


「全然待ってないよ。突然目の前に天使が現れたからちょっとびっくりしてるけどね」


「毎日天使に会えて嬉しそうね」


「それはもう最高さ」


 僕達は宿を出て、村の村長の家に赴くのだった。


  ***


 僕達は、村長の話から魔獣被害の話を聞き、村から次の町へ続く街道に来ていた。街道といっても、石畳等で道が整備されている訳ではなく、馬車が通る動線として木の柵が立てられ、少し地面が踏み固めてある程度である。


 辺りは見通しが良い平野で、遠くには山が見える。馬車で通ったら長閑で気持ちが良い場所だが、最近ここに魔獣が現れ、食料を村に運ぶ馬車を襲ってしまうという。


 馬車を襲っているのは猪のような魔獣で、気を付けていてもいつの間にか近くにいて、馬車の横っ腹に突っ込んできて馬車の荷台を倒してしまうそうだ。


「警戒してても急に現れて横に突っ込んでくる猪、ねぇ。ナーニャは、どの魔物か見当はついてる?」


「モールボアでしょ? いつも土の中に隠れている小物ね」


「ご明察。僕もそう思ってるよ。そうすると、近くに地中に出入りしてる穴があるはずなんだけど……この中から探すのは面倒くさいな」


 モールボアとは猪の前足にモグラの爪を足した感じの魔獣で、普段は土の中に潜んでいる。獲物が近くを通ると地上に出てそれに突進して襲いかかる。今回は、偶然街道沿いに穴を掘ってしまったものだからこうやって人間の馬車を襲うようになったのだろう。


 モールボアを倒す為にはその穴を探すか、獲物とみなされて誘い出す必要があるのだが……場所が広いものだから、パッと見渡しただけだとその穴が見つからない。


「簡単よ。要は地上に出てきてくれればいいんでしょ?」


 ナーニャが魔本を開くと、その本のページを一枚千切り、空に掲げた。


『水よ、集え』


 その透き通った声が空に響くと、千切られた魔本のページが淡い水色の光を放ち、空にどこからか水が集められていく。集められた水は球となってだんだんと大きくなり、視界が水でいっぱいになる頃に動きを止めた。


 ナーニャの手がゆっくりと下される。すると、水球は僕達に向かって落下を始めた。よく見るとナーニャは、自分の周りに結界を張っている。


「じゃあ、あとはお願いね。サグ」


 ああ、僕の天使はかくも綺麗な笑顔を見せてくださる……。


 水が落ち、辺り一帯に洪水のように広がる。僕はその水流に飲み込まれ、大きな水の力に押し流された。木の柵に掴まり、どうにか遠くに流されないように耐える。幸い、木の柵は水が引くまで耐えてくれた。


 流れる水から解放され、木の柵に掴まってどうにか立ち上がる。すると、同時に視界の端で動く影があった。


 それは地中からバタバタと大焦りで大きな爪のついた前脚を出し、やっとの思いで顔を出すとちょうど僕と目が合い、睨んできた。やはりモールボアである。そしてどう見ても怒っている。


 モールボアは穴から脱出すると、3度ほど地面を蹴ってから僕の方に向かって突進してきた。こちらに来てくれるなら好都合である。


 僕は背負っている両手剣を抜き、大上段に構えて真正面からモールボアを見据える。息を整えると、モールボアの動きが段々と遅く見えてくる。


 走る衝撃で体を少し浮かせながら遅い動きで突っ込んでくるモールボアは、もはや大きめの肉の塊でしかない。その頭目掛けて手に持った両手剣を振り下ろしてやるだけで終わるのだ。


「墜閃!」


 振り下ろされた両手剣はモールボアを真っ二つに両断し、地面にめり込むと凄まじい衝撃が走り、大地に亀裂を走らせた。ナーニャが見てる手前、少し格好をつけようと力が入ってしまったようだ。


 2つになってしまったモールボアの後ろ脚を掴み、魔獣の死骸を入れる為の皮袋に頭部のみを放り込む。そうしているうちに、隣にナーニャがやってきた。

 

「お疲れ様、サグ。やっぱりモールボア程度じゃ相手にならないわね」


「そりゃあね。モールボアなんて戦闘能力自体は普通の猪とあまり変わらないし。とりあえず、村に帰ろうか」


 僕達は、王都へ向けて進む。


 その先に、世界を揺るがす大きな運命があるなどとは知らないままに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

徴のナーニャ 鳩のまーりぃ @minuteparticle

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ