観測の限界〜廃病配信院で起きた、説明できないこと〜

フリスク

プロローグ&1話 廃病院探索・Live配信開始

廃墟探索系配信者『explore ruins channe』

(霧切悠人視点)


僕たちは、記録することで、

世界を理解しようとする。


カメラで撮影し、

データとして残し、

後から検証する。


でも、全てを記録できるわけじゃない。


機材には限界がある。

人間の認識にも限界がある。


そして……


記録できないものは、

証明のしようがない。


これは、その限界に触れた、

ある一夜の記録です


——


【第一話】


観測開始「最初の夜〜受付から診察室へ〜」


霧切悠人がその廃病院に到着したのは、日が落ちて間もない頃だった。


山道を抜けた先に、

三階建ての建物が静かに佇んでいる。


かつては地域の中核を担っていた私立病院。

閉鎖から十数年が経ち、今では立ち入り禁止の看板だけが残っていた。しかし、管理者からの許可は取っている。


車を降り、機材を確認する。


GoPro。

ヘッドライト。

予備バッテリー。


問題ない。


(今日の探索は、初めて来た中規模廃病院だ。バズれば良いけど……まあ、そんな簡単には無理だよな……準備OK、始めるか)


霧切は淡々と撮影準備を始めた。


「こんばんは。

explore ruins channelの霧切です」


配信を開始すると、画面の隅に数字が浮かぶ。


【視聴中:41人】


多くはないが、いつもの顔ぶれだ。


『こんばんは!』

『今日も見に来た!』

『今日はどこ?』

『病院って聞いた』


「今回は、廃病院の探索です。規模は中くらい。

今日は生配信なので、出来る限り探索していきます」


あえて、詳しい説明はしない。



正面玄関は、板で塞がれていた。

だが脇の職員用入口は、半開きのままだ。


中に入ると、

ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。


「受付ですね」


ライトに照らされ、

カウンターと待合室の椅子が浮かび上がる。


床には埃が積もっているが、

ところどころ、薄い。


「……最近、人が入ってますね」


『人いるの?』 


『心霊じゃないやつ?』


『初見ですが、人怖とか?』


霧切は軽く首を振る。


「心霊かどうかは分かりません。

ただ、人の出入りはあります」


診察室を一つずつ確認していく。


埃被ったカルテ棚、棚から落ちたと思われる、カルテや診療情報提供書などの書類や、医学本。

古びたシーツの架けてある処置台。

倒れた点滴スタンド。タイルの剥がれた床……

閉院してから長らく立っている形跡が見られた。


「ここは外来用ですね。

特に変わったものは――」


その時、

遠くで、乾いた音がした。


――カチ。


霧切は足を止めた。


「……今、聞こえました?」


霧切の呼びかけに、コメントが流れる。


『何か鳴った』


『誰かいるのか?』


『気のせいでは?』


『初見だけど、このチャンネル雰囲気いいね!』


霧切は流れるコメントをチラリと見るが、特に彼からはコメントせずにその場で立ち止まり、周囲にライトを向ける。


「金属音かもしれませんね。この建物、機材が多いので。ただ、どこからの音なのか、はっきりしない」


説明しながらも、

すぐに歩き出さない。


――カチ。


今度は、少し近い。


「……おそらく、反響音でしょう。もう少し、進んでみます」


そう言って、

処置室の方へ向かう。


そこには、古い輸液ポンプが残されていた。

電源は入っていない。


「こういう機械が、

温度差や風で鳴ることがあります」


『なるほど』


『普通に怖い』


『心霊じゃないの逆に嫌』


【視聴中 : 67人】


霧切は小さく笑った。


「廃墟は、

だいたいそんな感じです」



一階の奥まで確認し、

階段の前で立ち止まる。


上へ続く暗い階段。


「今夜は、01:00くらいまでの生配信ですので、出来る限りこの病院の探索を進めていきたいと思います。もしかすると、僕も途中で逃げ帰るかもしれませんけどね」


霧切は、イタズラっぽい笑顔を浮かべる。


コメントが少しだけざわつく。


『やっぱこれからだよな!』

『まだ1階だけしか見てねぇしwww』

『人怖とかない?大丈夫?』

『気をつけて!』

『目指せ!フォロワー100人www』


霧切は、コメント欄を見ながら、視聴者に伝える。


「今の所は、物音しかありませんが、その発生源がはっきりしませんね。反響音なのは確かですが……とりあえず、これから2階へ行こうかと思います」


『人怖には注意して!』

『まだ2階は他の配信者も行ってたしw』

『フォロワー数50とか草』

『終わるまで、付き合うぜ!』

『しかし、単独で配信とか大丈夫なのか?』

『ここから、バズって銀盾ゲットしようぜwww』

『照明大丈夫?足元気をつけて下さい!』

『まあ、途中で逃げ帰るだろwww』


【視聴中 : 89人】


様々なコメントが流れる中、霧切は特にコメントはせずに、2階への階段をゆっくりと上がっていった。


ーーーカチ、……カチ

金属音はどこからも分からず、不規則に音を連ねていた。


階段を上がりきる直前、

霧切は一瞬、足を止めた。


(……こんな音、前も聞いたことあったか?)


記憶を辿ろうとするが、

なぜか、思い出せない。


「……気のせいですね」


そう言って、彼はカメラを構え直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る