旅路のこと

死人

旅路

 可能性は無限大。若い時くらい馬鹿をやれ。

 これはどこかで聞いた言葉だった。偽善じみた薄っぺらい言葉だと感じた。今の時代、若くても馬鹿をやっていれば有意義な未来は遠のいてしまう。でもそんな自分にも許される馬鹿こそ、三船は「旅」だと感じていた。

 三船は一人旅が好きだ。常日頃から様々なことに気をつかってしまうので、旅程を立てる必要もなく誰かの機嫌を気にしなくてもいい一人旅が好きだ。三船は二十四歳のフリーターである。特にやりたいこともなくズルズルと日々を過ごしていたらいつのまにか大学を卒業してしまっていた。しかし、生きていかねばならないので大学時代のアルバイトをそのまま続けて細々とゲーム実況とやらに手を出している。今の時代、誰しもネットで配信ができる。お金にもならないが、毎回来てくれる物好き達と喋るのは楽しかった。昨今はアルバイトにも有給というものが存在するのでそれを消化するという名目の下、今年の夏も旅に出ることにした。行き先と行く手段、宿のみを決めればいい一人旅。今年の夏はどうしようか。

 三船は二、三日迷った後に、ドがつくほどの田舎に行くことにした。理由は単純で、人に会いたくなかったから。某民泊専門サイトから一軒家を選択し電車とバスの経路を調べた。口コミも悪くないし公共交通機関で行けないこともない。バスが一日四本であることと周りにスーパーマーケットやコンビニエンスストアがないことを除けば最適の宿である。旅の目的を考えれば、これくらいの不便は許容範囲である。こうして四泊五日の旅が確定したわけだ。

旅初日の朝、三船はバスに乗れるか乗れないかの瀬戸際だった。いつもの癖が出てしまった。仕事では絶対に遅れたりしないのに自分の用事や友達との用事になると急に気が緩んでギリギリにならないと焦らなくなってしまう。結果五分から三十分の微妙な遅刻をしてしまう。これを微妙という時点で人間として終わってるかもしれない。こういう時に限って三船は運のいい人間なので、いつも乗り物が遅延していたりギリギリ間に合ったりする。実際にこの癖が原因で遅れる確率は十%にも満たない。今回も、なんだかんだ運の良さでその日中に宿へたどり着くことができた。着いて見ると、案の定想像していた宿とは微妙に違った。しょうがない。結局自分の中にしか自分の理想というやつはないのだから。しかし、外を見渡すことができる大きな障子と風情溢れる畳の部屋はあったので大満足である。

 翌日、ギリギリのバス旅をしたせいで食料を買い忘れたことに気づいた。泣く泣く町に出ると定食屋があったのでご飯大盛りの卵カツとじ定食を頼む。ふわふわの卵と弾力のあるカツに舌鼓を打つ。店のおばあちゃんがすごく話しかけてくれるので暇しない。どこから来たのか。普段は何をしているのか。将来的には何がしたいのか。そこでふと趣味程度にやっているゲーム実況の話になった。

「そのゲーム…実況とやらは楽しいの?」

「そうですね。元々ゲームは好きだったので」

「あれだね。それを仕事にできたらいいのにね」

「仕事…」

「うん仕事。やりたいことがないって言ってたけどソレについて話しとる兄ちゃんは楽しそうだよ」

 仕事?ゲーム実況が?そんなわけないだろう、と心の中でせせら笑う自分がいる一方で、同時にそれを切望している自分もいた。後者の自分に気づいたときにストンと胸に何かが落ちた。そうだ!そうだ!そうだ!なぜ忘れていたのだろうか。やりたいことがなかったんじゃない。心のどこかで諦めていたんだ。それは周りの人間から喜ばれたり祝福されたりするものではないから。親の期待に、教授の期待に応えたくて。周りが就職という道を選ぶから、右向け右と倣ってしまった。友達にも影で笑われることを恐れて。常日頃から気をつかって周りからの印象を優先するから。でもどこか諦めきれない自分もいて。気づけば就活期間が終わっていた。本気になれば内定はとれたはずだった。でもどの会社にも自分が働く姿を思い描くことができなかった。

 可能性は無限大。若い時くらい馬鹿をやれ。

いいのだろうか、馬鹿をやっても。足をとめることを、目をそらすことを、やめてもいいのだろうか。

人生は短く長い、いつ終わるかも分からない「旅」だ。ならばこの旅路に一瞬の花を添えたって誰も怒らないだろう。

 さぁ、馬鹿をやろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

旅路のこと 死人 @shibito1021

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る