第2話 欠陥聖女
王都の地下深く。
湿った冷気と、罪人の絶望がこびりついた最下層の独房。そこに、彼女はいた。
痩せ細り、汚れにまみれた白い修道服。かつて「聖女候補」として称えられた面影はなく、ただ怯えた獣のように膝を抱えている。
「……誰、ですか……?」
格子の向こうから差し込んだ灯りに、少女――エルナが顔を上げた。
俺は、看守からひったくった鍵を回しながら、彼女の頭上に浮かぶ【鑑定結果】を凝視する。
【鑑定対象:エルナ(現在)】 評価: 欠陥聖女(魔力制御不能) 余命: 三日(衰弱、および魔力暴走による自壊) 真実: 彼女の魔力は「癒やし」に使うにはあまりに純度が高すぎ、高密度すぎる。出力先を「破壊」に変えるだけで、一撃で城壁を消し飛ばす人類史上最高の魔導師に覚醒する。
(よし、血染めの記録帳に書いてあった通りだ。こいつは将来、俺を処刑場に送った王子軍の主力艦隊を一瞬で蒸発させた化け物……いや、頼もしい『最強の矛』だ)
「エルナ。君を、私の領地に買い取りに来た」
「買い……取り……? でも、私は、人を救えない無能で……魔法を使うと、周りを傷つけてしまうから……」
「それは教会の計測器がボロだっただけだ。君は、太陽をスプーンで掬おうとして火傷していた。なら、スプーンを捨てて大砲に変えればいい」
俺は独房の扉を開け、ためらう彼女の細い手を取った。
その瞬間、彼女の魔力が俺に触れて火花を散らす。普通の人間なら腕が焼ける衝撃だが、俺は記録帳から得た「未来の護身術」で魔力をいなす。
「ひっ……! ごめんなさい、私……!」
「謝るな。この程度の輝き、俺の未来には必要不可欠だ。……行くぞ、ここにはもう、君の居場所も俺の未練もない」
俺は、あえて「悪徳領主」らしく傲岸不遜に言い放ち、彼女を連れて地下牢を後にした。
†
王都の門を出る際、俺は一台の馬車と数名の従者、そして莫大な「備蓄」を連れていた。
周囲の貴族たちは、遠巻きに彼を見て嘲笑っている。
「見ろよ、あの悪徳領主。あんなボロ布をまとった小娘を連れて、死に地へ逃げていくぞ」
「最後に欲をかいて荒野を領地にするとは。数ヶ月後には行き倒れの死体だな」
だが、俺の視界は違う。
俺が「税」として没収し、馬車に詰め込んだ山のような樽の中身は、鑑定スキルで見抜いた「数年後には宝石より価値が出る超高栄養の保存食」だ。
そして、俺が選んだ数名の従者。
【鑑定対象:御者の老人】 正体: 引退した伝説の暗殺者。
【鑑定対象:荷運びの少年】 正体: 鑑定眼にしか映らない「古代英雄の加護」持ち。
(ふふふ……笑ってろ。数年後、飢えと内乱でボロボロになったお前らが、俺の領地の門前で『パンを一口ください』と泣きついてくるのが楽しみだぜ!)
馬車は揺られ、数日の旅を経て、ついに目的地へと到着した。
そこは、ひび割れた大地が果てしなく続く「クラムヘイム荒野」。
「……ひどい場所ですね、ライド様」
エルナが不安げに呟く。
だが、俺は馬車を降り、乾いた地面に手を突いた。
「いや、エルナ。ここは地獄じゃない。――宝箱だ」
俺の眼には、地表から数百メートル下に流れる「純魔力の水脈」と、さらにその奥に眠る「古代文明の工房跡」が、はっきりと青白く輝いて見えていた。
「まずは水だ。エルナ、さっき教えた術式で、あそこの岩盤をぶち抜いてくれ。加減はいらない――全力だ!」
「はいっ……! やってみます!」
少女が放った「癒やし」ではない「純粋な破壊」の光柱が、荒野の空を真っ二つに引き裂いた。
地響きと共に、地下から巨大な水柱が噴き上がる。
それは、後に世界最強の魔導都市と呼ばれることになる「アルカード領」の、産声だった。
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