第2話

「母ちゃんがサレ妻かあ……」

 風呂を済ませ、自室のベッドに寝転びながら母と父のことに思いを馳せる。

 サレ妻、つまり「浮気されてる妻」。


 母は美人で優しいのに、父は母の何が不満なのだろう。

 いや、不満なんて無くても、飽きたとかそういうくだらない理由で不倫ってやってしまうものなのかも。

 つくづく男って分からないな……。女でも不貞を働く人は居るから、一概に男を批判しても仕方ないけどさ。



 翌日。父が出勤した後、すぐさま母に話し掛けた。 

「母ちゃん、離婚するつもりは無いの?」


 少し驚いた表情の母に、私は笑顔で捲し立てる。湿っぽい空気にはしたくない。

 

「離婚することになっても私は大丈夫だから。

 母ちゃんは被害者なんだから、加害者の非をしっかり主張すべきだよ。

 応援してるし協力もする!」


 母は苦笑気味に口を開いた。

 

「実はこれが初めてじゃないのよね。智さんの不倫」

「は!?」

「日和子が高校受験の時だったから驚かせちゃいけないと思って黙ってたんだけど、女の人と腕を組んで歩いてるところに遭遇してね。

 その時スッと愛情が冷めたから嫉妬心すら湧いてこなくて、追及せずに放っておいたんだけど」


 両親がそんな前に夫婦としては「終わってた」だなんて……。

 何も知らずに家族運に恵まれてると思ってた私って本当に馬鹿みたいだ。

 もっと早く教えてよ母ちゃん、とも思ったけど、被害者の母を責めるのは駄目だよな。

 それに不倫はあくまでも夫婦間の問題であって、母の判断にけちを付けるのは子どもの私であっても不可能だ。


 しかし……。


「何で私の受験と親父の不倫が重なるの!? どういうジンクス!?」

「さあ。日和子も私も忙しくなるから、こそこそ悪いことするチャンスが出来たと思うんじゃない?」


 ここまで聞いてきて、ふと疑問が浮かんだ。


「親父の悪癖って、治療が必要なものなのかな。性依存みたいな……」


 だったら対応も変わってくる。情状酌量の余地がなくもない……かも。


 すると母は、軽くかぶりを振ってから言った。


「私と智さんの共通のお友達が、鬱で闘病していた時に教えてくれたの。

 メンタルクリニックっていうのは辛い想いをしている人が、治したい、助けてほしいって主観的な判断で頼るものなんだって。

 客観的に見て病的な人が居たとしても、本人が生きづらさを訴えないなら、お医者さんに出来ることは無いの。

 智さんもそのことは知っている筈なんだけどね……」


「そうか……親父に治療の意志が無いってことは、私達への申し訳なさを感じてないってことか……」


 やっぱり、母の人生から父を放逐するしか道は無い。


「正直……そろそろ別れたいわね……」

 聴けた、母の本音。

 

 でも、ただ両親が別れるだけなんてつまらない。

 証拠をしっかり掴んで、父が悪と周知徹底させた上で離婚するところを見届けたい。

 

「仕向けてあげる、ざまぁ展開」

「ざまぁ……?」

 ネットスラングに疎い母が鸚鵡返しする。


「ざまぁみろってこと! 作戦を練ってあげる、私に任せて!」




 

 その日の夜。

 不倫がバレたとは露知らず、ソファで父が剥き身のスマホを弄っている。


 ソファの後ろにあるテーブルでお茶を飲みながら、私は父の手元を凝視した。


 文章そのものは細かすぎて見えない。

 しかし、フリック入力する指の動きから内容を読み取ることは出来る!

 読唇術ならぬ「読フリック術」だ!


 なになに……「あずさの写真セクシーだよ」……「Eカップもあるんだね」……「こないだのホテルは良かったね」……。

 やばい、キモすぎてお茶吹きそう。

 私へのメールより絵文字いっぱい使ってるの、何かムカつくな。

 

 とりあえず、読み取った内容を私のスマホにメモしておく。

 直接的な証拠にはならないけど、ざまぁのためには保全しておいた方が面白かろう。




 次の日、学校に着くなりイヤホンで音楽を聴きながら勉強していると、机に手が乗ってきた。

 見上げると、一人の男子生徒がにこにこしながら立っていた。

 彼はクラスメイトの古川翼だ。


「古川。おはよう」

 イヤホンを外し、とりあえず挨拶しておく。


「おはよう、今田。今日は何聴いてんの」

「これ」

 私がプレーヤーに表示されたジャケ写を見せると、古川は噛み締めるように頷いた。


「プログレとは渋いねー」

「古川は何聴いてたの」

「今日の俺はファンクの気分なのだ」

「おお、そうか」


 古川とは音楽の趣味が合うので、よく話す。

 イケメンの部類に入るのだから一軍女子と絡めば良いのに、音楽の趣味が古くさいのが原因で私なんかと仲良くなってしまった哀れな男だ。


「なんか疲れてる?」

「あー、まーね……」

 私は曖昧に返事した。

 ただでさえ受験生なのに父が不倫してて心労が重なってるなんて、恥ずかしくて言えるか。


「勉強熱心なのは良いけど、息抜きもしろよ」

 爽やかに言ってから、彼は自分の席に着いた。


 古川はスマホを取り出すと、さっとパスワードを入力してロックを解除する。

 どうでもいいけどそのパスワード、古川の誕生日なんだよなあ。単純すぎてそのうちハッキングの被害にでも遭わないか心配。

 

 

 機械音痴な父のスマホのパスワードも、どうせ誕生日なのでは? じゃあ勝手にロック解除して証拠保全すれば終わりじゃん。

 いや、待てよ……。


 嫌な予感に駆られ、私はネットで「スマホ 勝手に見る 犯罪」と調べた。

 やっぱり、勝手にスマホのロックを解除するのは犯罪になっちゃうらしい。



 じゃあ私はどうすべきか……。

 ああ、冗談抜きに息抜きが必要かもしれない、私……。

 息抜き……。


 古川の言葉がきっかけで、ぱっと作戦を思い付いた。

 ありがとう古川!


「勉強の息抜きにカフェに寄ってきます。塾の時間までには帰る」

 母にそうメールしてから、放課後真っ先にカフェに向かい、安くて映えるスイーツを注文した。

 食べる前に、スイーツの写真を撮る。角度を変えて撮る。撮りまくる。

 ついでに、帰り道で出会った野良猫の写真も撮りまくった。

 

 見てろ親父、これがざまぁの序章だ!

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