世界を変えるにはこの人を好きになること

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愛の理解

恋愛の仕方を知らない。

 学生時代、おそらく高校生くらいに誰かを好きになって自然と恋愛の仕方を知る。私はそこをすっぽかした。落ちこぼれだ。だからと言って飢えてるわけでもなく私に必要かと言われたらノーとすぐ答えられる自信がある。わかってる、強がってるだけだ。そんな愚痴を今、目の前で一緒に呑んでいる佐々木さんにこぼしていた。

 カフェのウェイターの佐々木さんは黒髪ショートの小柄可愛らしい見た目をしている。もちろんツラも綺麗な黒目に通った鼻筋、女の私から見てもいい女だ。そんな佐々木さんとは専門学校で知り合い、私は保育士、彼女は中退してウェイターなのになぜ彼女のほうが輝いて見えるのか。辛くなるから考えるのはやめよう。「伊東さん、聞いてる?」「なんだっけ?」「だから、最近誰かにつけられてる気がするの」ストーカーというものだ。かわいい女性の天敵である。全くもって許し難い者だ。「それで私にどうしろと?」「調べて欲しいの」「私は保育士であって探偵ではないのだが」「頼れる人が伊東さんしかいないの、助けてよー」今にも泣きそうなうるうるした目で見られたら断ることなどできるわけはない。厄介なことを引き受けたものだ。

 ここ数日、佐々木さんのボディガードみたいなことが始まっている。完全にボランティア活動なので無賃金で行なっている。「何やってるんだろうー」ぼやきながら仕事終わりに鞭打ってカフェ・black whiteで仕事終わりの佐々木さんを待ちながらアイスコーヒーを流し込む。店内はおしゃれな雰囲気でまったりした洋楽のBGMが流れている。お客さんは私とおじさんと若い高校生くらいの人がいた。まったり飲んでいると後ろから「お待たせ」佐々木さんの声がする。振り返ると知らない男の人と立っていた。柳川さんと言うらしい。さらっと紹介されたがキラキラ輝いていていわゆるイケメンというものに遭遇した。

 なぜが三人で佐々木さんの家に向かっている。ひたすらイケメンと話しをする佐々木。その半歩後ろを歩く伊東。「私はお姫様の付き人か」小さな声でつぶやく。するとイケメンが「クスッ」と笑った。「どうしたの?」「いや、なんでもないよ」そう言ってイケメンが私の顔をチラッと見てきた。目が合い、ドキッとした。やられた。これがイケメンのパワーというのか破壊力抜群だ。

 家に辿り着き、佐々木さんを中まで見送り今日の業務には終了。気が抜けて「うーーん」と両手を上に伸ばした。「お疲れ様」ハッと我にかえり一人ではないことを再認識した。イケメン、柳川さんがいることに。「家まで送るよ」優しいプラス十点。「悪いよ。大通りまでで大丈夫だよ。そこから家、近いし」「女性の夜道は危ないよ。佐々木さんもストーカーで悩んでたみたいだし伊東さんも綺麗な女性なんだから気をつけないと」こいつ言い慣れてやがる。こんな優しいイケメンには裏があると思ってしまう。なぜならこんな売れ残りの愛のかけらもない私に綺麗だなんて、言われたことない言葉を投げかけるのだから。「じゃあ途中まで一緒にいこう」そう言って私の左手を握り歩き出した。

 昨晩のことは覚えていない。あえていうなら温かい右手の感触だけだ。「私、気持ち悪い」そんなことを思いながらぼーっとしていると「やばい、もう仕事に行く時間だ」忙しいで支度する。私の職場は小規模保育園である。子どもの数は全体で二十人である。先生は私と園長先生、看護の先生、パートの先生数名でまわしている。ゆったりした雰囲気が大好きである。唯一困っているといえばパートの原田さんがお節介焼きという感じで「いい人はいないの?まだ若いんだから遊ばないと」正直、ハラスメントを感じながら受け流している。それ以外はパーフェクトな職場なのに。

 今日も副業のボディガードの時間だ。カフェに行くとそこにはすでに柳川さんが座ってコーヒーを飲んでいた。こちらに気づき手を振ってきた。恥ずかしながら小さく振り返した。近づいていくと甘い香りが漂ってきておそらく柳川さんの香水だろう。「いつも大変だね、仕事終わりに」優しい言葉をかけてきた。さすがイケメンである。「いえ、友達のためなので」「献身的なんだね。伊東さんって優しくて魅力的だよ」こいつはなにをほざいているのかこいつになんのメリットがあるのかこんな生き遅れの女性をつかまえて。なんてネガティブなことを考えながら仕事終わりの佐々木が近づいてくる。「さぁ帰ろう」佐々木がそう言っていつものように三人で歩いていく。

 疑問に思うことがあり、ボディガードを続けて2週間ほど経過したが一度もストーカーらしきものに遭遇していない。警戒しているのか、こちらも動かなければ進展することはないのだろうかと考えたりもしている。とはいえどうするべきなのかなど案があるわけではない。いつものように佐々木さんを家まで送り、私たちも一緒に帰るのが当たり前のようになってきた。少しずつこのイケメンにも慣れてきたのか普通に話せるようになってきた。進歩だ。「伊東さんは休みの日はなにしてるんですか?」私の休日なんて家でゲームしたりネット見たりダラダラな休日だ。「えっとー映画見たり友達とお出かけしたりかな」嘘は言ってない。「そんなんだ。今度よかったら一緒に映画でもどうですか?」急なお誘いに目が点。「いいですよ」なにも考えず答えてしまった。「やったー。ありがとうございます。今度の休みに行きましょう」「分かりました」「楽しみにしてます。それではまた、おやすみなさい」「おやすみなさい」不意にイケメンとデートする約束をしてしまった。

 私の人生で今が一番絶頂期なのかも知れない。緊張しながらいつも以上に念入りにメイクしていく。服装も一軍の華やかな黄色のワンピースを取り出した。準備を整えて駅前の映画館に向かっていく。

 約束の場所に着くと柳川さんの姿がすでに見えていた。「お待たせしてすみません」深々と頭を下げて申し訳ないアピールをする。「大丈夫ですよ。ぼくも先ほど来たばかりですからそんなに待ってません」完璧な答え、さすがイケメン。そんな優しさに安心しながら映画館の中に入っていく。

 面白かった。恋愛映画でベタではあるが愛しい人を亡くしてしまった主人公が前を向いていく人間模様がリアルに描かれていて良かった。余韻に浸りながら横を見るとニヤニヤ柳川さんがこちらを見ていた。「なっんですか?何か顔についてますか?」「いや、楽しそうな伊東さんの顔が見れてぼくも楽しいなって」顔が赤くなってないか心配なほど甘い言葉をかけられた。不可避だ。知らぬ間に柳川さんに惹かれていることに気づいてしまった。

 映画館を出るとポツポツ雨が降っていた。予報では晴れだったのに。不覚にも傘を忘れてしまった。「すみません、傘を忘れてしまいました」申し訳なさそうに謝られた。「いえ、こちらこそすみません」二人で謝り合い、顔を見合わせてクスッと笑う。「ちょっと待っててください」そう言って柳川さんはどこかへ行ってしまった。しばらく待ってると温かいコーヒーを持って帰ってきた。「ブラックでよかったですか?」私の手にそっと渡されたコーヒーはとてもあったかくて柳川さんの気持ちに包まれているようだった。「ありがとうございます」少しすると雨も止み、いつの間にか自然と手を握りながら帰り道につく。

 人を好きになることを知った20代半ばの浮かれ具合といったら半端なかった。仕事を早く終えて会いたいという気持ちが大きくなっていく。時間と睨めっこして終業チンで「お疲れ様でした」

急足でいつものようにカフェに向かう。しかしそこに柳川さんはいなかった。「そういう日もあるだろう」そう思いながらコーヒーを流し込む。「お待たせ」佐々木さんの声がして今日は二人で帰ることにした。せっかくなので柳川さんといい感じであることを話してみた。「やったじゃん。やっぱり柳川さん、伊東さんに興味あると思ったのよ」「どうして?」「前にカフェに柳川さんが来てた時、伊東さんと同じコーヒー頼んでるしいつもソワソワしてたし、もしかしたらって思ったの」「そうなんだ..」あまり深く考えず運命な的なものなのかと柄にもなくロマンチックなことを考えていた。

 いつもの帰り道、「伊東さん」「気づいてるよ」私も後ろに視線を感じている。ついにストーカーがやってきた。警戒しながらこちらは気づいてないように振る舞った。「あまり不自然な行動しないようにね」佐々木さんに伝えて、普段通り雑談しながら帰っていた。無事に佐々木さんを家に送り、私は、スマホを構えてパッと後ろを振り向き相手に向かって走り出す。すると相手も慌て出したのか逃げ去ろうとする。それを必死で追いかけて何度か道を曲がり行き止まりのところまで追い詰める。ゆっくり顔が見えてきて私は驚いた。なぜならそれはよくカフェにいたおじさんだった。「ゆ、許してください。気の迷いだったんだ」前からカフェに可愛い子がいると狙っていたようだ。一応、警察に電話して説明をして身柄を渡した。これで一件落着。長かったボディガードも終わりと思うと寂しささえ感じた。そして、佐々木さんに解決したことを電話するが何回も呼び出すが繋がらなかった。

 気づいてないだけかも知れないが気になるので佐々木さんの家に向かう。玄関が開いていた。恐る恐る入っていく。そこには柳川さんの姿があった。「なんでここにいるの?」「なんで帰ってきたの?」

 どういう状況なのかわからない。「ぼく、カフェで偶然見かけて伊東さんのこと好きになったんだ。でも声かける勇気なくてずっと眺めてた。最初はそれで満足だったけど次第にもっと近くにいたくなった」「なにを言ってるの?」「だ、か、らー佐々木さんのストーカーを装って伊東さんとお近づきなったんだ。きっかけづくりとしてね」

「素直に私に言ってくれれば良かったのに私、柳川さんのこと好きになってたんだよ」「それはぼくの努力だよ。好きになってもらうために頑張った。伊東さんにとってぼくが一番じゃなきゃいけない、そう思うようになった」「一番になってるよ」「いーやー違う。君には佐々木さんがいる。女性友達さえも嫉ましい。今日も仲良く帰ってたね」「見てたの?」「もちろん君の全てはぼくのものだよ」鳥肌が立った。その場を立ち去ることも考えた。しかし、「君が居なくなれば佐々木さんはどうなるかな?」脅してきた。「どういうこと?」「君がぼくのものになればなにもしないさ。ぼくのものになればね」「分かった。佐々木さんには手を出さないで」歪んだ愛。一度彼に惚れてしまった私も悪い。佐々木さんや柳川さん、私の世界を守るには私がこの人のことを好きになるしかなかった。

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