2.春 2-C 豊嶋 希美

昇降口の前に貼り出されたクラス替え掲示板。

 ざわざわと人が集まって、春の空気がむだにうるさい。


(……2-C。あいつ、また同じクラスかよ。)


 紙の前で立ち止まった瞬間、胸の奥がじんわり疲れた。

 ほんと、どれだけ縁あるんだよって話。


「のーぞーみっ!!また同じクラスだなー嬉しい?嬉しいよね!またよろしくーー!」


 でた。うるさいのお出まし。


 振り向く前から誰かわかる。声量だけでわかる。


「……嬉しいわけないでしょ。なんで幼稚園からずっと同じクラスなんだよ、もう」


「いやいやいや、これはもう運命!運・命!なぁ、希美ちょっと言い方きついけどさ、ギャルだし可愛いし俺的には全然ストライクゾーンなんだけど?」


「は?ストライクゾーンって何言ってんの。

 うちはお前がデンジャーゾーンじゃボケ」


「ボケ!?いや待って、それ時間じゃなくて距離!

 100万光年は距離だからね!?俺そんな遠いのーー!?」


 千葉が両手をぶんぶん振って騒ぐ。

 それを見て、周りのクラス候補の子たちが「またやってる……」みたいに笑ってる。


(はいはい。どうせ今日もこいつとこうなるのよ。運命とか知らんわ。)


「にしてもさ!ほら見てみ?」

 千葉が掲示板にぐいっと指を向ける。

「おっ、樹いんじゃーん!こいつめっちゃいいやつよ?希美のタイプかも!」


「……は?樹?誰」


「一年の時はクラス違ったけどさ、体育祭の応援団で一緒だったんだよ。

 あいつマジで頼りになるから仲良くしとけって!」


「あー……なんか、いたような?」


「いたような、って……。ま、樹はいいやつだから仲良くしとけよ!」


 千葉はなぜか誇らしげ。

 別に千葉に紹介されたからって、どうこうなるわけでもない。


(うちは誰が同じクラスでも、卒業まで淡々とやるだけ。

 ……それで十分。)


「てかのぞみ!ずっと同じクラスなんだから、これもうさ、つき合――」


「言ったら殴る」


「ひえっ!?!……けど俺、希美の彼氏になるミッション諦めてないからなーー!」


「黙れ」


 千葉の足を軽く蹴ると、

「いってぇぇ!」と大げさにうずくまるから、周りがまた笑った。


 ほんと、こいつといると騒がしくなる。


 でも。


(まぁ……こういうのが“いつも通り”ってやつなんだろうな。)


 心のどこかで、そんな風に思ってしまう自分がいる。





教室の前の方が、さっきからずっと騒がしい。


 聞き慣れた笑い声が響いたと思ったら、突然——


「……ぶっ!」


「え、なにこれ、やば……!」


「真奈、顔っ……!」


 わぁっと輪が広がり、スマホを掲げる手が何本も上がる。

 まだ席も決まってないのに、その一角だけもう文化祭みたいだ。


(あー……やってんな、あれ絶対やってるわ……)


 ちらっと視線を向けると、真奈って子が両手で顔を覆ってしゃがみこんでいた。

 周りは爆笑と悲鳴の中間みたいな声でもう混沌。


 そこへ——最悪のタイミングで、最悪のやつが飛び込んだ。


「えー何何!? 樹ーー!どうしたの?見せてー!」


 千葉が弾丸みたいに駆け込んで、スマホをひょいっと奪う。

 そして、見た瞬間腹抱えて笑い出す。


「真奈ちゃんどしたのこれー! あはははー!

 えっ、はじめましてだっけ? 真奈ちゃんよろしくねー!

 はい!これ俺のID!いつでも送ってねー!

 可愛い子からの連絡は光速で返すよっ!」


(出たよ……“千葉の初対面チャラ全力モード”。

 初日から飛ばしすぎだろこの男……)


 案の定、麻紀がすぐ食いつく。


「何この人ー! チャラっ!

 ウケるー。私にはくれないのー?

 私は可愛くないからだめ?」


 はいきた、ガヤガヤ開始。


 周りの女子まで「えー見せてー」「送って送ってー」と群がり始め、

 千葉も調子に乗って「はいはい全員並んでー!」とアイドルみたいに手を振ってる。


(新学期初日でこれって、ほんと騒がしいクラスになりそう……)


 真奈は半泣きで麻紀に抱えられてて、

 樹は必死に笑いこらえてるし、

 なんかもうカオス。


 ……で、千葉。

 お前は完全にとどめ刺しにいってる。


「ちょ、樹!これ保存しとこ!やばいってこれ!神写真っ!」


(はぁ~~~~……)


 とうとう我慢できなくなって、声が勝手に出た。


「千葉……! ハウス!!」


 ビタァッと千葉が固まる。


「てめーまたズカズカと人の心潰しに行くな。

 初対面にID配ってんじゃねーよ。犬かお前は」


「犬!? 俺犬なの!? のぞみ、扱いひどくない!?

 しかも“ハウス”って……」


「うるさい。ハウスはハウス。

 てか樹くん笑いすぎ。ちょっと引いてるし」


「え、まじで!? うそだろ樹ーーー!!」


 叫びながら、千葉がその場で本気のハウス(犬小屋ポーズ)を取る。

 教室がさらに爆笑に包まれた。


(……ま、これくらい騒がしいくらいがうちらしいか。)


 希美は小さく鼻で笑い、

 掲示板でもらったクラス名簿をくるっと丸めて手に持った。


 ほんの少し胸が軽くなる。


(……二年。

 まためんどいけど……悪くないかもね。)


樹が一歩前に出て、軽く手を挙げた。


「えっと……希美ちゃんって呼べばいいかな?

 千葉っちと仲良くしてもらってる、高橋 樹っていいます。

 よろしくね。

 ……よく千葉っちから希美ちゃんのこと聞くからさ。

 仲良くしたいなって思ってて、早めに自己紹介しちゃったけど……迷惑だったかな?」


一拍。


千葉が「ほらきた!優男スキル発動!」と後ろで勝手に盛り上がっている。


希美は、そっちを睨みつつ――

樹のほうへ、ほんの少しだけ視線を合わせた。


「……迷惑とかじゃないし。

 ……っていうか、さっき こっちも勢いで樹くん とか言っちゃってたし。

 ……なら、希美でいいよ。

 ……よろしく」


言った瞬間、胸の奥がじわっと熱くなる。


(なにこれ……。

 ただ名前呼ばれただけなのに、心臓が変な跳ね方して……

 うち、どうしたん……?)


視線を外しながら髪を耳にかける仕草が、

自分で思っていたよりも自然じゃなくて、余計に顔が熱くなった。


「おぉーーー!!希美が素直に“よろしく”言ったーー!?

 本日最大の奇跡ーー!!」


千葉の叫び声が、空気を一瞬でぶち壊す。


「千葉……ハウス。二秒で黙れ」


「はいすみませんでしたぁぁぁ!」


樹は小さく笑って、


「じゃあ……改めて、よろしくな。希美ちゃん」


その声に、

希美の心臓はまたひとつ跳ねたのだった。

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