第4話

結城のマンションはファミリー向けの作りだった。リビングはまぁまぁ広い。部屋は寝室にもう一部屋、そして和室。和室いいなぁと目を輝かせながらうろうろした。

「あんまりじろじろ見ないでよ〜」

 と笑いながら結城は言った。

 俺は我に返り焦った。

「ご!ごめん!人の家って行くことほとんどないからつい楽しくてさ。綺麗に片付けてるんだね、意外に。」

 あ、しまった!余計なこと言ってしまったと後悔したがもう遅い。

「善斗が来るから片づけたんだよ。いつもはばっちぃぞ」

 クククと冗談ぽく笑う結城を見て少し安心すると同時にあ!と思い出す。

「これ!」

 俺は菓子折りを結城に差し出す。一人暮らしだからそんなにお菓子は食べないだろうと思い、数枚のクッキーにした。休憩時間や昼休みにクッキーを食べているのをよく目にしていたからだ。

「なーんか、こーいうのお前らしいな。気を遣わなくていいのに。でも気持ちが嬉しいから受け取るよ。後で一緒に食べようか。」

 菓子折りを受け取り俺に微笑みかける結城の笑顔があまりにも優しくて、だから女子にモテるんだなと納得する自分がいた。

 夕飯はピザを取ることにした。マルゲリータとポテマヨのLにした。後コーラを一本。ネットで頼んだ。

 結城の家にあったビールを進められたが、俺はお酒はあまり好きではない。

 また気まずい空気が流れだしていた。な、なにか話題……えーと……気まずいと思っていたのは俺だけのようで、結城は気にしている様子はなかった。

「先に飲んでもいい?」

 こくりと俺は頷き、結城が笑顔で乾杯といって俺の首に当ててきたので、「ひっ!」と情けない声を出してしまった。

 ケタケタ笑う結城を少し睨んでから、後でコーラでお返ししてやると誓った。

 まもなくしてピザが届いた。

「混んでなかったんだね。すぐ届いてよかったよ。」

 蓋を開け、久しぶりのピザに嬉しくなる俺。

一人暮らしで友達のいない俺は日頃焼き鳥もピザもほとんど食べない。

「善斗って自炊してんの?」

「忙しくないときはね。でもカレーとかおでんが多いよ。何日間か食べられるしね。結城は?」

「俺は全然しない〜」

 ヘラヘラ笑う結城を見ながら

「そっか。彼女が作りにきてくれたりするんだろ?いいよな〜」

 と自然に言葉がでてしまいはっと焦りだす善斗。結城の顔をちらっとみると真顔になっていた。やばい!怒ったのかな?と焦っていると

「彼女とは別れようと思ってるんだ」

「……え?そうなの?」

 俺は怒っていないことに安堵して、何も考えずマルゲリータに手を伸ばした。

 結城は一瞬だけ視線を伏せ、それから缶をテーブルに置いた。

「うん。もう潮時かなってさ。嫌いになったわけじゃないけど、なんか……疲れちゃって」

 そう言って肩をすくめる。その言い方が妙に軽くて、でも軽すぎる分、逆に本音なんだろうなと思った。

「そっか……」

 俺はそれ以上、何を言えばいいかわからず、黙ってピザをかじった。チーズが少し伸びて、慌てて口に押し込む。

 沈黙が落ちる。でも、さっきまでの気まずさとは少し違った。

「善斗はさ」

 不意に名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。

「一人でいるの、平気なタイプ?」

「え?」

 咀嚼を終えてから答える。

「……平気っていうか、慣れてるだけ。別に好きではないかな」

「ふーん」

 結城はそう言って、ビールを一口飲んだ。缶の縁に唇をつける横顔を、俺はなんとなく直視できず、ポテマヨに逃げる。

「俺さ」

 また、結城が口を開く。

「一人になるの、ちょっと怖いんだよね」

 その言葉に、今度は俺の方が黙った。

 さっきまでへらへら笑っていた男が、こんなことを言うなんて思っていなかった。

 結城は俺の反応を待つでもなく、淡々と続ける。

「だから誰かと一緒にいるのが楽でさ。でも、それって相手に失礼かなって思う時もあって」

 俺はコーラの缶を握りしめる。

 なぜか胸の奥が、きゅっと縮んだ。

「……難しいな」

 やっと出た言葉は、それだけだった。

「だろ?」

 結城は少しだけ笑った。その笑顔は、いつもより弱く見えた。

 その瞬間、俺は思ってしまった。

 ——この人は、思っているほど強くないのかもしれない、と。

「善斗って休日何してんの?」

 休日?俺何してるだろう。

 少し考えてから

「寝てることが多いかな。後は本読んだりするかな。」

「……いいね。一人の時間を楽しんでる感じでさ。飲み会もほとんど来ないもんな。」

「関わりたくないから。自分のこともあまり話したくないし……」

「俺は知りたいけどな〜善斗のこと」

 また優しく微笑まられ、照れくさくなり視線を逸らせながらポテマヨを咀嚼する。

「……前も思ったけどさ、よく食うなお前」

 もぐもぐしながら結城を見る。

「結城はあんまり食べないね。」

「まぁ飲んでるから、ゆっくり食べるよ。」

 そう言って結城は、テーブルに肘をついて俺を見る。

 視線に気づいて、思わず口の中のポテマヨを急いで飲み込んだ。

「なに?」

「いや、ほんと遠慮しないよなって思ってさ」

「……うるさいな」

 そう返すと、結城はくすっと笑った。

「そういうとこ、嫌いじゃないよ」

 軽い口調なのに、なぜか胸に引っかかった。

 俺は返事をせず、コーラを一口飲む。炭酸が喉にしみた。

 しばらく、咀嚼の音とテレビのない部屋の静けさだけが続く。

 結城は空になりかけた缶を指で転がしながら、ぽつりと言った。

「善斗ってさ、壁作るよな」

「……そう?」

「うん。近づけそうで、一定以上は絶対入れてくれない感じ」

 図星すぎて、何も言えなかった。

 無意識に膝の上で手を握りしめる。

「別に責めてるわけじゃないよ。ただ……」

 結城は言葉を探すように一度止まり、それから続けた。

「もうちょい知れたらいいなって思うだけ」

 その言い方が、あまりにも自然で。

 期待も強制も含んでいなくて。

 だからこそ、逃げ場がなかった。

「……俺、つまんないよ」

 絞り出すように言う。

「話も上手くないし、面白いことも言えないし」

「知ってる」

 即答されて、顔を上げた。

「でもさ」

 結城は少し身を乗り出して、俺の目を見た。

「一緒にいて落ち着く。俺、それ結構大事」

 心臓が、どくんと音を立てた。

 何か言わなきゃと思うのに、言葉が出てこない。

 結城はそれ以上踏み込まず、ふっと笑って体を戻す。

「ほら、ピザ冷めるぞ。ほとんどお前の分だけど」

「……食うよ」

 そう言ってピザを取ると、結城は満足そうに頷いた。

 その夜、

 俺はまだ気づいていなかった。

 この人との距離が、もう少しで“戻れないところ”まで近づいていることに。

 

 

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恋なんて知らない @konareo

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