私説;竹取物語
蒼花河馬寸
追放。
「承服しかねます!!」
月面。盛上がった塚の頂で、二種の声が激突していた。
「議会で出した結論だ。変更は出来ん。」
「しかし!!姫様が蒼き星の野蛮な人民に生命を狙われぬとも限りませんぞ!!」
「諄い。姫の横暴こそ事の発端だ……が、貴公にも落ち度が有った。其れだけだ。」
「……むうぅ。」
轟々しく発言していた片方の影が、押し黙る。
「願わくば、善き連れ合いに巡り会えれば良いのだが。」
岩に腰掛けたもう片方の影が、そう呟く。そして、其の視線の先には、透明状な無彩色の粘液が、冷たい月の光に晒されてぬらぬらと光っていた。
やがて粘液は球状の容器へと流れ込むと、周囲に岩石が生成されていく。
「うむ。突入に問題は無さそうだな。」
「姫様!!此の爺、必ず御迎えに上がりまするぞ!!」
猛々しい決意の声を出発の宣言とし、月面を離れ、岩石塊は無情な宇宙空間へと舞い上がった。そして地球へと降下するのだった。
群青色と黄昏色が混ざり合う空の彼方に、尾を引く火球が見えた。やがて其の尾は、灰色の煙へと変わる。
其れは、何かの始まりを知らせる狼煙だった。しかし、其れを気に留める人々は、誰一人として存在しないだろう。
*********
『京』の都より東方に位置する山里の小さな集落。其の外れの竹林を管理する老夫妻が居た。夫の名は
讃岐は下級貴族として生まれ、外官としての経験を長く積んだ人間であった。嘗ては尾張国の郡司補佐も務め、其の頃の同僚は今でも敬意を払うという。
されど家を伸ばせぬ下級貴族に先は無い。本人の資質や器量に因らず、気が付けば貴族社会からは追われていた。
木久代が平民としての生活に慣れ、季節の移ろいに喜びを見出す頃には、二人が山野暮らしとは縁遠い身分であった事など、集落の住民は思いもしなかった。
讃岐はやがて集落の住民達からは竹取の翁と呼ばれる様に成った。竹を様々な用途に合わせ、加工し、売る商いは二人の生活を支える程度には充足を齎していた。
「貴方、竹林の様子が。」
不安そうな木久代の言葉に、讃岐は作業の手を止め、夕闇に沈みゆく竹林へと視線を投げた。風も無いのに、笹の葉が騒めく音は誰かを呼んでいるかの様だった。
「……案ずるな、木久代。夜鳥が騒いでいるだけかもしれん。」
「そうだと良いのだけど……」
「……私が様子を見に行こう。」
讃岐は自身を言い聞かせる様に告げると、手桶と鉈を持ち、立ち上がった。そして木久代の心配を振り切る様に、足早に竹林へと向かって行く。
二人が暮らす庵の全方に広がるのは、手入れの行き届いた竹林である。だが、何かが決定的に違う。
讃岐は一歩、また一歩と違和感が強まる場所へと確実に足を運ぶ。最早、竹林の静寂は平穏の印ではない。耳を突き刺す様な鋭い沈黙が、讃岐の精神を疲弊させていった。
そして讃岐は、異常の源泉へと辿り着く。
「……何だ、此れは。」
讃岐の口から漏れた言葉は、湿った夜気に吸い込まれて消えていく。 讃岐の視界の先には、一本の竹が、周囲の闇を鮮烈に拒絶するが如く発光していた。
――暖かな光。そして熱。生命の鼓動が光へ乗り、讃岐へと感じさせる。
讃岐は、震える手で鉈を構えた。理性が関わるべきではないと警鐘を鳴らす一方で、霊魂の深奥に在る好奇心が其の足を一歩前へと進ませる。
刃が竹の皮に触れた瞬間、まるで熟した果実が自ら弾ける様に、硬質な筈の竹は滑らかに左右へと割れた。
一層強い光が讃岐を包み込む。同時に笹の葉が織り成す音はさらさらと穏やかな旋律へと変わった。
眩い奔流から解放された讃岐の眼球には、周囲の竹が祝福する様に花を咲かせている光景が浮かんでいた。
あまりの変化に讃岐は周囲を見渡すが、やがて思い出したかの様に急いで視線を、割れた竹へと戻す。
「……何という事だ。」
讃岐の口から乾き切った声が零れる。竹の内部で讃岐を呼んでいたのは、不定形の粘液だったのだ。
濁りなど一切存在しない塊は確かに脈動していた。其れは複数の心臓が集まって呼吸をしているかの如く、膨脹と収縮を繰り返し、強い生命力を世界に誇示していた。
「生きておるのか……此の様な姿で?」
讃岐が手を伸ばすが、粘液は拒絶も行わずに波打ちながら震えている。触れずとも伝わるのは、人肌に似た、しかし決定的に純度の高い温もり。
「私を呼んでいたのだろう?守ってやろう。家へおいで。」
本来なら、得体の知れぬ怪異妖魔と出くわしたとして逃げ出すべき場面であろう。
だが讃岐は確かに此の粘液から親を求める幼子の如き無垢な『渇望』を感じ取っていた。
老人の背筋は凍っていた。精神を恐怖が覆いかけていた。其れでも、泣いている
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