二つの評価軸

Aki Dortu

二つの評価軸

 絵を見に来たのに、人の背中ばかり見てしまう。絵の前にいるのに、視界が人で埋まっている。

 入口の看板に、太い文字が並んでいた。

 「中世絵画の技巧展」

 こういう展覧会は、最初から人の集まる場所が決まっている。

動線の中心に置かれた大作の前で、人が詰まり、詰まったまま、同じ角度で首を傾ける。

「構図が……」

「陰影が……」

「筆致が……」

 言葉まで、きれいに揃う。

 圭祐は人だかりの外側に立った。

絵の前にいるのに、見えてくるのは肩と頭と、誰かの背中の熱だ。

作品よりも先に、空気の密度が来る。


 来たことを少し後悔し始めた。

 数日前、同い年の友人と飲んだ。

「この間、『中世絵画の技巧展』っていう展覧会に行ったんだけど」

「急にどうした? 展覧会なんて」

「最近、スマホ見ても疲れるだけだし、四十代になったから、こういう絵についても会話のネタとして使えたらいいだろ」

「確かに。会話のネタが仕事と愚痴しかない」

「だろ。だから圭祐もネタ作りに行ってみろよ」

 そんな感じで乗せられて、ひとりで来ることになったんだ。

(ここで愚痴を言っても始まらない。会話のネタ作りに、ちゃんと見るか)


 圭祐は展示室の端へ身体をずらした。

中心から外れると、ようやく絵の輪郭が見えてくる。

技術の精度。狙いの明確さ。

やろうとしていることが、きちんと分かる。――「正しさ」が凄い。

たとえば、光がどこから落ちているのかが一度も揺れない。

影が嘘をつかない。絵の中の時間は、ずっと同じ方向に流れている。

そういう「正しさ」だ。


 人だかりの中で展示を見ていくと、通路の先に小さい案内板があった。

「アウトサイダーアート 小展示室 →」

 企画展の隣で常設展として、アウトサイダーアートを展示している。

 矢印の先は、人の流れから少し外れた奥だった。

入ってみると、小展示室は驚くほど静かで、作品数も少ない。

説明も、さっきの技巧展と比べると少ない。

 絵の前に立っても、言葉がうまく出てこない。

上手い下手で片付けたくないのに、じゃあ何だと言われると出てこない。

一枚、二枚と見て、結局、そのまま通り過ぎた。

分からないからではない。

分からないふりをしたほうが楽だから、だ。

そのまま、作品を見て、小展示室を出た。

 

 小展示室を出たところに、壁の説明パネルがあった。

美術館らしい、丁寧で少し硬い文章。

『中世から近代にかけての絵画は、信仰や権威を「正しく」示すための技術として発展してきました。工房で培われた職人技は、形式と秩序を支え、共同制作の体系も生み出します。

一方、近代以降の美術は、外界の再現にとどまらず、内面や感情、思考の表現へと領域を拡張していきます。

本展では、技術と表現の双方の視点から作品をご鑑賞ください。』


(中世は職人技、近代は心。確かに、全然表現方法が異なるもんな)

同じ「絵」でも、観る者の物差しが違う。

ならば、それぞれに合う物差しを用意すればいい。

圭祐はベンチに座り、カバンから小さなメモ帳を取り出した。

紙をめくり、ページ上部の左側に「作品名」、中央に「技術点」、右側に「心の反応点」を書き、それぞれを分ける線を引いた。

(技術点には、絵の難易度、構成、素材の扱い、仕上げの精度など、俺自身がすごいと思った技術を書く。

心の反応点には、「楽しさ」「悲しさ」といった、絵を見て感じた感情。

あとは、圭祐の心に残るか、息が詰まるといった身体の反応も。

それをこのメモに書いていく。

適当に、それぞれ十点満点で点数を付けてみる。

よし、もう一回見に行ってみるか)


 圭祐は立ち上がり、メモ帳を持って、また技巧展に戻った。

さっきよりも人が増えていた。人の肩越しに、絵の輪郭だけ拾う。

メモ帳を開き、まずは作品名を書く。そして技術点。

(やっぱり陰影の描き方が上手い。

 明暗をきっちり描き分けているし、この肖像画の顔も、心なしかカッコいい感じがする。

 説明パネルでは「正しく」と書いてあったが、顔は絶対、威厳とか権威を持たせるために加工しているよな。そう考えると、スマホの写真加工アプリのアナログ版って感じか。今も昔も、みんな考えることは同じだよな)

 メモ帳に「陰影◎/顔、凛々しい:8.5点」と書いた。


 次に、心の反応点。

(あんまり心には残らないが、見入ってしまうだけのパワーは感じるよな。

 それ以外は、そこそこかな)

 メモ帳に「パワー○:3点」と書いた。

 何点か同じように見て回り、メモ帳の半分が埋まってきた。


 次の作品の点数を付けている最中に、横で声がした。

「……それ、点数ですか?」


 反射で、メモ帳を閉じてしまった。

 同時に、手元がもつれてボールペンが床に落ちた。

コツン、と軽い音。周囲の視線が一瞬だけ寄る。

しゃがんで拾い上げるが、動きがぎこちなくなる。

横を見ると、声の主は六十代くらいの女性だった。上品なコートに細い眼鏡。

悪意というより、好奇心をのぞかせた顔をしている。こういうのが一番困る。

「すみません、驚かせました?」

「いえ……大丈夫です」

「数字とメモ書きが見えて、それが気になったので声をかけさせてもらいました」

「これは鑑賞メモです。気になった点をメモして、点数を付けていて」

「鑑賞用のメモですか……。

 数字が二つ書かれているように見えましたが、どうしてですか」

「技巧(技術)用と、心の反応用。二つの軸で点数を付けています。

 隣のブースでアウトサイダーアート展をやっていたんですが、技巧で判断するのは違う気がして。

 だから、心の反応用の点数も付けているんです」

「面白い見方ですね。では、同じ作品を別視点でそれぞれ鑑賞するような感じですか?」

「……それに近いです。見る角度が全然違うので」

「そちら、少し見せていただいてもよろしいですか」

「すみません。これ、本当に自分のためのメモで、人に見せるつもりはなくて」

「いえいえ、こちらこそすみませんでした。私も同じようにやってみようかしら」

「面白いので、ぜひやってみてください。……私はこれで失礼します」

「いえいえ、私こそお声かけしてしまいすみませんでした。

 色々とお話させていただいて、ありがとうございました」


 圭祐は軽く会釈をして、そこから足早に立ち去った。


(ふー、ちょっとびっくりした。

 こうやって見回すと、俺みたいにメモしている人いないもんな。

 今度は、アウトサイダーアートの方に行ってみるか)


 圭祐は小展示室へ移動した。さっき見た絵を、また同じように見てみる。


(さっき見たときは言葉がうまく出てこなかったが、今回はどうだろうか。

 まずは技術点から。結構崩れている。

 崩れているけど、ちゃんと人の顔だって分かる。

 これって、わざと崩しているのか?

 改めて見ると子どもの落書きっぽくも見えるが、それでもこっちは何が描いてあるかは分かる。

 うちの子の絵も、何描いてあるか分からなくて外したら、よく子どもに怒られたもんな。

 それに比べれば、何描いてあるかは分かるし、そういうところはいいよな)

 メモ帳に「崩し方○(何が描いてあるかは分かる):4点」と書いた。

(次は心の反応点。

 これは、うまく言葉にはできないけど、すごく強い怒りのエネルギーを感じる。

 だからなのか、心にもザラっとした感情が残る感覚がある)

 メモ帳に「怒りの感情/心にザラつき:9点」と書いた。


(意外と、技巧展よりアウトサイダーアート展のほうが俺は好きなのか。

 それにしても、同じ絵なのに、こんなにも感想が違うのも面白いな。物差しを二つで見ているからかもしれない。

 これをどっちか一方の物差しで見ていたら、どっちも楽しむのは難しかっただろうな。

 でも、なかなか両極端の物差しって持ちにくいんだよね。

 まあでも、俺の見方が増えたし、この展示会に来てよかったかな。教えてくれたあいつには感謝しないとな)


 圭祐は残りの展示を見て回り、メモ帳をカバンにしまって出口に向かった。

スマホを取り出し、LINEの送信が画面で止まる。

『こないだ行ってた展覧会行ってきた。

 結構良かった、ありがとう。』――まだ送らずに、しまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二つの評価軸 Aki Dortu @aki_1020_fjm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画